昔から、あの人を
知っている貴方に、
聞きたいことがある。
あの人は、今
このようなことを
しているのだけれど…
昔から、
このようなことを
する人だったのだろうか?
当人に、コチラが訊ねても、
コチラへの
あてつけに
そのような真似を
しているように思うから、
当人には聞けないんだ。と
話をもって来られたら、
先ずは、
あの人が、
ソチラに対し、あてつけに
振る舞うのは
ソチラのことを
少なからず
思っているからだろう。と
伝えるだろう。
それを聞いた人が、
だからって
あのような真似を
されたら、コチラも
しんどいし
あの人だって
傷つくばかりじゃないか。
昔から、あの人を
知っている貴方に、
聞きたいのだけれど、
あの人は
このような真似を
昔から、するような人
だったのか?
その人を昔から
知っている人が
その内容に驚いて
その人は、そんな真似を
するような人ではない。と
思っている人ほど
もし、ソチラの云う通りに
その人が、そんな考えで
そのような真似をするように
成っているのならば…
確かに、尋常じゃない。
ひょっとしたら
こんなことになって
いるんじゃないだろうか?
そんなことになって
いるんじゃないだろうか?と
今、その人のことを
近くで、見て
この人は、こんな考えで
このような真似をする人で
あったのではないか?
と、当人を飛び越えて
わざわざ、
今の、確かな有り様を
直接、知り得ること等、
出来ない立場に
たずねて来た、
今、確かな有り様を
直接、知り得ることが
適う筈の人に、返す。
昔からの
知り合いに
そのように
心配されるような人
だったのか。と
思うような人は、
自らが、描きたいものを
描くのに夢中なのだろう。
昔からの知り合いの
発言を受けて
昔からの知り合いの人も
その人のことを
そのような状態かも
知れない。と
その人が、
そのような状態に
陥っていても、
おかしくないように
考えていることにして
あなたの昔からの
知り合いが
あなたのことを
このように言っていたぞ。と
提示しようとも
相手は、昔からの
知り合いが、
どのように振られて
そのように応じることに
なったかを
昔から、知っている
知り合いだから
容易に、想像もつき、
昔から、知っている
知り合いが
そのように、
そんな奴じゃない。と
そいつが、
そんな真似をすると
したならば…と
唱えてくれる奴で
あることが
少し、ムズ痒く感じる程
嬉しい気持ちに包まれ
快く歓んでいる傍から、
貴方の、昔からの、
知り合いも
こう言っていたんだぞ。
貴方が、違うと云うのなら
貴方の昔からの
知り合いが嘘をついていると
貴方は言いたいのか。
貴方の昔からの
知り合いのせいに
する気なのか。
こちらは、
貴方と、貴方の昔からの
知り合いとの喧嘩に
巻き込まれたようなものだ。
こちらは、
貴方や、貴方の周囲の人に、
こう思わされていたんだ。
だから、
コチラがこうしたのには
理由がある。
コチラの都合事情を
理解してくれる人ならば
当然、コチラがしたことも
赦して仲直りする筈なのに
仲直りしようともせず
コチラの顔を
立てようとも
してくれないなんて
無責任な人。
ねえねえ。
コチラは、
こう思ってるんだけど
どうして、あの人は、
こうしないんだろう?
普通は、こうされたら
こう思って、こうしない?
昔から、あの人のことを
知っている貴方に
聞きたいのだけれど
あの人は、今、
このようなことを
しているのだけれど
昔から、このようなことを
する人だったのかな?
確かに、こちらも
悪いと思うことが
あったのだけれど、
だから、こちらは
こう思って
こうもしたのに、
やっぱり、コチラが
ああしたから
こうしたから
だから、あの人は
怨みに思って
意地になって
あんな真似をするのかな?
ねえ、あの人は
昔から、こんな真似をする
人だったのかな?
あの人のことを
知っているあなたに
聞くのだけれど
ねぇ、あなたはどう思う?
あなたが
どのように物事を捉え
どのように考える人か、
あなたが、
どのような人であるのか
ただ、それだけを
知ることが出来る。
あなたが、誰について
語ろうとも
あなたが、
どのような人であるかしか
感じられない。
また、わたしが
あなたが、どのような人に
感じたかを
別の人に、伝えようとしても
別の人には
わたしが、どのような捉え方をし
どのように考え
生きているかしか
目の前の人には伝わらない。
わたしやあなたが
誰かを、どのように捉え
どのように思っているとしか
伝えることが適わない、
目の前の人が、誘いに乗って
絵本を読み聞かされている時のように
コチラの話を聞きながら
空想を巡らせて
コチラの語るような人物像を
自らが世界に、創造してくれたとしても
全く、同じものを
ソコに見れる訳ではない。
自身が何をソコに見るか。
ソコに自己責任をもっていれば
違いを愉しみ
個々を愉しみ
唯一無二を愉しみ
孤独すらも愉しんで
今、この時、
この一瞬を愉しみ
生きることも出来るだろう。
違うものを
強引に合わそうとすれば
焦れもするし
もどかしさも生じるし
もの哀しさも狂おしさも
ひもじさだって
生じるのだろう。