内心、何を
どのように
考えていようとも
自由に
生きていけるのは、
自身の言動に
責任をもって
生きれる人だけ。
内心、自身が
何をどのように
考えていようとも
不自由のない
日々を送るための
手法は、提示されている。
手本に忠実に
生きているつもりでも
油断していると、
突如、
針の筵に晒される。
自身の言動に
責任をもって
生きれる人ならば
なんてことはない
世の実情。
自らが、
選んだ道に向かって
手本に習い
油断せずに、生きるだけ。
なんてことは
ないことを
狡く、臆病な者は
大袈裟に
自分本位、
自己中心的
自意識過剰、
自己主体に、空回り、
自己の言動に
自己責任を持って
生きていなかったことを
自らが晒け出す。
針の筵のように
浴びる視線に
気付かぬ内は
平気な顔を
していたのに、
気付いてからは
途端に、
今の自分が
どう見られているかが
気にかかり、
自分が、あの時、
こうしたから、
こう見られて
いるんじゃないか?
…じゃないか?
…じゃないか?と
独りよがりに考える。
内心、どのように
考えていようと
個々の、自由だけれども、
…じゃないか?
…じゃないか?と
独りよがりに考えて
自分には
こんな想いや気持ちが有り、
こんな都合、
事情が有ったのに…と
己の主義主張を
己が内で噛み締めて
自ら、ゼロから
己の身を
立ててゆける者も
居る中で、
自分には
こんな想いや気持ちが有り
こんな都合
事情が有ったのだ。と
己が主義主張を
貴方にゲロし
浴びせかけ、
貴方が、内心、
何を、どのように
考えていることを
あーでもない
こーでもない。と
縛り付ける
狡い人。
貴方が、内心、
そう思うに至ったのは、
自分の責任でもあるし、
致し方ないことだ。と
肩に腕を回し
引き摺り込もうと
してゆく者さえ現れる。
どのような者が
現れようとも
貴方が、内心
何をどのように
思おうとも
貴方が、
貴方自身の言動に
自己責任をもって
自由。
どのような者が
現れて
貴方が
どのような道を
選んだとしても
貴方が、
貴方自身の言動に
自己責任をもって
自由。
貴方が、
貴方自身の言動に
自己責任を持たずに
生きているように
思われるのは
子供の内だけ。
子供の時分でさえも
貴方の選んだ
言動の内にある
貴方の抱えていた
想いや気持ち
都合事情を
貴方が選んだ行動の
後に、なって、
誰に、向かって
主張しようと
聴く者は皆、
残念無念と思うだけ。
貴方がソコで、
誰かや何かに
救われたように
内心、どのように
感じることがあろうとも
それは誰かの
犠牲の上にある。
貴方が、人生、
貴方が、何に責任を感じ
どのように果たし
生きていくかも
貴方が、自己の言動に
自己責任をもって自由。
針の筵の傷みを知らぬ
徳が具わる者も
甘やかされている内に
いつか
油断していたことに成り
この世の実情
悪意、邪念に晒される。
徳が具わる者が
周囲にあれば
救われることもあるけれど
中には
徳ある者に
嫉妬して
穢し貶め
針の筵を纏わせようと
試みてしまっては
相手も堕ちて来て
くれることで
どうにか己の体面を
繕えたように感じようとも
素直な心の具わる内は
束の間の平穏を
味合う暇もなく。
自ら、再び
岐路に立つ。
岐路に立っては
新たな出会い。
貴方の人生の
その時々に
貴方が内心
どのように落ちぶれ
どのように穢れようとも
徳あるモノを尊び
徳あるモノを眩しく思い
徳あるモノがために
徳あるモノの徳を守ろうと
尽くすことを
惜しまずに
施せたことを
有り難く
他力本願成就を
共に喜べる者と成り
他者を縛りつけ
他者の自由を
奪うような真似をせずに
今を生きれることを
貴方の歓びと
生きれることが適えば
徳に繋がり
輪廻、再誕を
知ることに繋がり、
無垢なるモノが
ただ尊く
ただ眩しく
ただ危うく見えた日々が
遠く懐かしく偲ばれて
新たなる徳を得て人は
己が人生の恥部を知る。
己が恥部を知り
針の筵に晒されて
求不得苦に
苦悶することは
貴方が言動に
無責任であったことの
報い。
誰の肩に手を回そうとも
並び立つことは
容易ではない。
並び立つことは
容易ではない。と
理解も出来ずに、
今、さながら餓鬼のように
求めてしまうは
己の徒。己の業。
自分とは違う存在が
今、背負っているモノが
自分の背負っているモノより
軽いと思い込んでいる
駄馬のような有り様を
晒すことに繋がる。
貴方が、何に
どのような責任を背負い
どのように果たし
生きていようとも
貴方とは、違う人間は
貴方のことを
時に、どのように思ったり
時に、どのように考えたり
貴方とは違う人間が
貴方のことを今ソコで、
どのように見ている。と
気付いた貴方が、
針の筵を被ってしまうのは
常日頃から
己の言動に
無責任だった貴方の油断。
誰のせいにも
出来ないことを
誰かのせいだ。と
思ってしまった者に限って
自分以外の誰かが
他の誰かに、
何かしらを
責任転嫁しようと
しているんじゃないか?と
考える。
内心、どのように
思おうとも
自らが、言動に
自己責任をもって
自由。
不自由になって
しまう者は
自らの言動に自己責任を
今とれていない者だけ。
我儘な程に不自由に
自らが、
待たせていることを
自らが、悪い。と
背負えぬ者程不自由に
良く思われようと
独りよがりに望む程
不自由に
なってゆくのが
世の実状