誰かに対して
憤りを覚えることは
誰にでもある。
誰かに対して憤り
義憤や我慢を
抱き続けてしまうことを
情けのない行い。と
基本に忠実に
添って生きようと
努力を怠らぬ人は
背くことなく
自己責任をもって
断って生きることが
出来る人。
基本に背き
義憤や我慢を
自ら抱え、
誰かや何かが
自分に義憤や我慢を
強いてきたんだ。
思ってしまっただけでも
人は、今生に迷ってしまう。
自らが、
誰かや何かに
義憤や我慢を
覚えることは
己の不徳と、
基本に添って
自己責任をもって
断って生きれた人とは
同じ世界に
生まれながらも
自らが、今生に
出会う人の有り様が
まったく違って
観えてくる。
自業自得
因果応報
鏡に映った自分を
どのように観て
どのように思う人なのか。
同じ世界に
生まれながら、
自分とは違う人と
対峙して
ソコに何を見出すのか
自己責任をもって
我やエゴや欲を
断って生きれる人は
誰もが、皆
儚く脆くも
貴き人の姿を映し
基本に添えず
我やエゴや欲に
呑まれてしまった人は
鏡に映った自分を
どのように観て
どのように思い
己の弱さに加担して
優しさ称して
自分が、
そのような立場なら
どのように
して貰いたかったかを
独りよがりに
想像しては
喜怒哀楽
自分と同じ
価値観の者との
出会いを喜んだり
楽しんだり
自分の突かれたくない
罪の意識や抱える悔い
弱さを突かれ憤り
涙する。
堪えきれずに
我儘に
手前勝手な
主義主張を主張して
自ら、断つこと
適わずに、
誰かや何かが
自分に
どうこう思わせたから…
自分の周囲に在るモノが
誰かの周囲に在るモノと
同じだったならば
自分だって…と
自己責任を持たぬまま
何処へ向かって
ゆこうとするのか
ソコに至る迄に
自らが堪え
積めて来たことを
覆し
次は初歩からと
気付くこともなく
己が、今まで
積んで来たことの
上に立とうとしても
足場は、先より脆弱で
次の機会が
訪れれば
断つこと適わず
我、エゴ、欲の
赴くまま
自らが、今生に
義憤、我慢を赦した者は
前よりも
踏ん張りきれずに
自らの我、エゴ、欲に
呑まれてしまっては
どんどん
人としての在り方が
基本から逸れて
どんどん
どのあたりで
どのような思いを抱え
挫折して
自らの我、エゴ、欲に
呑まれていたったのか
繕う程に、
脆弱さが映えて映る。
ムカつく。
吐き気がする。
イライラする。
気持ち悪い。などなど
自己責任
自己管理
責任転嫁するだけ
見苦しく
醜く、不細工に
観えて来る。
この世界で
醜く、不細工で
狡く、脆弱なモノと
出会った貴方が
相手のことを
今、どのように観るのかに、
常日頃から、
貴方自身が力を注ぎ
選んだ足跡が
映し出される。
揶揄われることさえ
馬鹿にされ
舐められているように
感じて
自らのエゴ、我、欲
恥辱、汚辱、屈辱が想いに、
呑まれて
義憤や我慢を
抱えるなんて
どれだけ
我儘に幸せに
生きて来たんだか
知れないけれど
そんな幸せに
足りることもなく
断つことに
いつまでも
エゴ、我、欲が為に
我慢を覚えることを
自分自身に赦しては
この世界に
自らが、
何かを我慢して
エゴ、我、欲を拗らせ
誰かや何かを
怨み憎む者を
見出してしまう。
後一歩のところで
一度でも
逸れた分だけ
背負うモノは大きく
のしかかり
次の機会に
その分、
おぶさって
人一倍に
踏ん張れずには
自ら業を深めて
この世界に
迷ってしまう
人の業とは侮れず
同情するは
エゴ、我、欲を育み
自業自得
因果応報
己を縛る。
どのような選択を
選んでいようとも
逸れた分だけ
過酷な道
安易、安直
不用意に
入口は広いのに
出口は狭い酷な道。
自己責任を
背負わずに
生きれる人など
どこにも居ない。
この世界で
彷徨う者は
己の業に罪の報いの
因果に抗って
的外れな諸行に
必死になって
何を疎かにすれば
そのように成るのだ。と
他者に告げるように
存在しては
その有り様で
他者を救っては
人並みに
祀られるように
成るような
道を示しているようだ。