何かにつけて、
否定してくる人の話を
真に受けるのは、
未だ、
社会にスレておらず、
悪意の存在を
認知してない子供だけ。
ヒーローモノでは
悪者は、悪者のらしく
人の皮を、被っていないから
人の皮を、被った悪意の
在り方を、知れずに
純粋で、素直な、
子供らしく、
不平、不満
愚痴を溢し
不機嫌な相手に
同情してしまっては、
慰め、宥め
寄り添い、
歩み寄り
助けようと試みて、
不平、不満
愚痴を溢し
不機嫌な姿を自ら晒す
己弱さに、邪念に
呑まれゆく者の
泣きながら憤るように
甘えながらも、
あたるような、
悪意とも
呼べぬような
他者に自分の
苦痛や傷みを味合わせ
自分の傷みが
分かるところまで
落ちてみろ。と
巻き込み
引き摺り込もうと
するような
人の皮を被った
情けのない者らしい
悪意に対峙して
それが何かを
把握できるまで
まさか目の前の
その人が
そんなモノに冒されるとは
想いもせずに
相手の強さ
善意の心を信じ
戸惑いながら
翻弄されて
無理難題
何かしらにつけて
不平、不満
愚痴を溢し
否定してくる者に
どうにか
伝えようと
試みている内に
己自らが、
己の周囲に在る
他の者達のことを
振り払い
自ら、選び
踏み出した
己の想いに
報いて貰うことを
求めてしまっては
必然的に
自分勝手に
傲ってしまった
己自身が為に
独り傷つくこととなり
自らが、同情した
あの時の相手の
傷みや辛さを
実体験することに成る。
ソコで、相手のように
己が、また
図星しをついて
傷を抉り、塩を塗り
己を慰み者へ落とし
情ない想いを味合わせ
凌辱してくる
無垢で無邪気で無知な
弱き者に、対峙して
初心を思い出し
初志貫徹出来るか
初心を思い出し
初志を体よくすげ替えて
己のエゴ、欲望がまま
己の理性を手放して、
獣のように
本能の赴くまま
周囲に当たるように
成ってしまうか。
周囲にあたるように成り
あれやこれやと
周囲に難癖を
つけることを
自分に許すように
成ってしまえば気付けない。
他ならぬ自分が
自分自身の言動に
自己責任をもってないから
気付けない。
そうしない人と
そうしてしまう自分との
人の有り様についての
認識の違いも気付けずに
我儘に
何かにつけて
難癖つけては
自分の欲求に
応えてくれようと
しないものを掴まえては
鬼の首でも
取ったように
ほら、所詮、あいつなんて
その程度のやつだ。と
捉えることにして、
己自身が
己自身を慰めるように
成っていることにも
気付かない。
何かにつけて
不平、不満、愚痴を溢し
否定ばかりする人の
云うことに翻弄されるのは
まだ、社会にスレていない
純真無垢な
人の皮を被った悪意とは
どうゆうモノかを
認知してない子供だけ。
認知している者は皆
構うことはない。
放って置け。
どうせ、どうしてやろうと
不平、不満
愚痴を溢すばかりで、
感謝するどころか、
否定して来るだけで、
まるで、
人の生き血を吸って
生きる蟻地獄や
食虫植物ならぬ
食人人間のように
関われば、
絡み責める相手を
見つけた。と
誘われ来た獲物に
触手を伸ばし
絡んでくることもある。
そうした他者の意見を
自分に対しての善意や
配慮、思い遣りと
感謝する心を忘れ切れば
どこかで
すまない。と
反省し
生き方を改めることも
適わずに
ただ純粋で
無垢で無邪気で
素直で真っ直ぐだった
若人も
そうした他者の意見
認知を己自らが否定して
我儘に己の欲望を
適えようと進んでは、
夢に破れて
なんで、自分ばっかり。と
この世に唾を吐く人間に
落ちぶれて
自分の要求に
応える人が居なくなっても
他者をクサして
自分自身を慰めながらも
泣きながら憤るような
生き様を晒し続ける。
この現実世界は
こんなにも
自分の望みを
適えてくれているのに。
自分が否定したモノを
自分の世界から締め出して
適えてくれる世界なのに。
自分とは違う者が
自分が否定したことを
チラつかせている。と
自分のことは
棚に上げ
我儘に他の有り様を
否定する真似をして
自分は今
我慢しているのに
なんて、あいつは
これを今、
我慢しようとしないんだ?と
不機嫌に成るような真似を
ただ、独り繰り返す。
心から感謝することを
忘れ怠けてしまえば
自ら、心を、動かし
感動したことさえも
自身の不満に変え
救いようのない者へと
この世の誰だって、
転落してしまう。
自分自身の言動に、
自己責任をもって
生きなければ、
明日は我が身かもね。