自己の言動に
責任をもっていれば
語る世界は
控えめにも、美しく
自己の言動に
責任感をもっていると
主張する世界は
業欲が滲み汚れ
少し荒んで映る。
自ら、弁えるだけで
美談は生じ
自ら、弁えれずには
渦中へと落ちて、
己自らが、溺れてゆく。
それでもと
踏み出せる勇気も
素晴らしく
それでもと
自ら、選び
踏み出した、行いの
責任を自らとれずには
どこまでも
欲に、まみれて
汚れ荒み
己に絡まり付く
穢れを
自ら祓うことも
適わずに
どこまでも無責任に
どんな世界を
思い描き続けて
しまうのだろうか。
指摘されても
弁えるどころか
自らの体裁
格好をつけようと
業欲が滲み
荒み汚れた有り様で
他者に何かしらを
求め、欲っして
しまっては
まるで、
美しい世界を描けば
足元掬われ
傷付けられることが
あるかのようで
自業自得
因果応報
今の己の有り様は
全て、自分自身が
日頃から、どのように
何を積んできたか
その生き方が、
現れるだけに思う。
何に浸かり
何に溺れ
どのような夢を
見て生きるのか。
誰かに、
傷つけられることを
畏れるなんて
育った環境も
影響するだろうけれど
抜け出せないのは
自分自身の責任。
誰かや何かに
傷つけられることを畏れ
自分自身を傷付ける
誰かのせいにして
自らが、選ぶ道
自らが、積むべきモノを
無責任にも投げ出せば
自らが成し遂げたならば
途中に出会った
己の道を妨げる
悪鬼や餓鬼をも
正に、観自在菩薩と
その存在のおかげで
今が、在ると
美談に返ることが
自らの責任。
自らの力で
出来るように成り。
ソコに至れば、もう、
どこの誰が、
貴方の世界を
汚そうとしても
ほら、貴方は、
この世界の
ありのままの景色を
知りながらも
優しい夢を
綴れる大人に成れる。
これでもか。
これでもか。と
訴え、叫ぶ、
憐れを誘う荒者がいても
それでもだよ。と
傷付くことも
傷付けられることを
畏れることもなく
相手に泥を
ぶつけられても
相手を憐れに思っても
傷つけられたと
思うこともなく
感化されるように
汚れてしまうことも
ないだろう。
必然的な
自業自得
因果応報
人と云う生き物の
在り方だろう。