貴方の味方だ。と
主張する人は、
本当に
貴方の意に添って
動いてくれる人
なのだろうか?
弁護士など
その関係性に
利害が生じる人ならば
意に添って
動いてくれるだろうし
意に添えぬことや
貴方の知識にはない
アドバイス等
先に貴方に提示して
極力、貴方の意に添い
貴方の味方として
動こうとしてくれる
努力が窺えるだろう。
けれども
自分は貴方の味方だ。と
貴方自身や
貴方が対峙している相手に
主張するような人は
その行動がもう
貴方の意に添うどころか
貴方と
貴方が対峙している相手との
関係性を
それまでとは違うモノへと
変えてゆく人だろう。
それを貴方が望むなら
貴方の意に添う
貴方の味方かも
知れないけれども
それまでとは違う
貴方と相手との関係性が
貴方の望んでいた
新たな関係性なのかは
貴方しか分からない。
貴方が自分のために
貴方の味方だ。と
貴方に寄り添い
動いてくれた人の
想いに応えようとして
何かしらを諦めて、
その先、一人
何かを、抱えながら
生きることになることも
この世の中で
とっくの昔に
形骸化して、
今に、至っては
パターン化している
人の弱さ、優しさとも
言えるだろう。
誰かが、
貴方の味方だ。と
主張しながら、
貴方を庇い
貴方の対峙する人との
間に立とうとも、
相手は、
貴方自身を見つめ
貴方が、選んだ
選択を見るだけで
どこの誰で、
どのような人が
貴方の味方だ。と
間に入り
主張して来ようとも
そうした
名乗りを
この世で上げた
他人等、意に介さずに
貴方自身が、選んだ
意向に添って
貴方と距離を
置いてゆくことだろう。
代理を立てると
云うことは
そうしたことだし。
致し方なく
代理を立てたと
云う人は
代理を立てたことを
謝罪して
直接、自分が対峙する。
手放したくない。と思うのか。
手放しても、諦めれるか。
相手の意思に添わずとも
手放せず、諦めきれない。と
執着を露わにしてしまうのか。
他の誰かを
選ぶくらいなら
自分が…と
思ってしまうのか。
どう思うかに依って
その当人の有り様は
変わる。
板挟みになりながら
自分のことを理解し、
知って、味方して、
庇ってくれる人が
ソコから貴方を、
救い出してくれるのを
待つことにしても
諸行無常の現実
否応なく月日は流れ
日々を生き
優しい夢に
浸り続けること等
適わずに
現実は常に
目の前に広がる。
自分が、
どうすることを選んだ
結果が眼前に。
眼前に広がる現実が
過去の貴方が思い描き
見据えていた情景では
ないことが
過去の貴方が
この世界で
淡く優しい夢を見て
浸り続けようと
していたことを
今の貴方に
報せるだろう。
この世で
誰かのこと悪者に
してしまう人は
他者の意に添い
動くことの出来ない
誰の味方にも成れない
自分主体に動く人。
自分の業を
他者に背負わせることなど
誰にも、出来はしない。
出来るように
考える人は、
誰かの優しさに救われて
生きていることにも
気付けない、
感謝の心を持てない人。
諦めることを
恥のように思う人は、
人が、何かを
諦め手放す時に、
何かしらに、目を瞑り
慈悲慈愛の心を
性根に据えたことを
知れぬ者。
自分が何かを
誰かのために
諦めたのに!と
叫ぶ人は、
己の選んだ道を
自ら、挫きながら
己の弱さを隠そうと
無様にも、強がって
自ら傲り、慢心した体をとる。
何を自らが、今
選んでも
自己責任を果たせずには
過去に思い描いた
未来に立つこと難しく
自ら、この世の
アチコチで
思うことを
増やしてしまうのたろう。
誰かが
気付き、理解し
赦し、庇い
味方して救ってくれる夢を
いつまで見ようと
構わない。
人それぞれが
自らの人生に
自己責任をもって
生きてゆくだけなのだから。