王様の耳は驢馬の耳 | 王様の耳はロバの耳

王様の耳はロバの耳

普段口には、しないで
済んでいることを
こっそりと、呟いて…

人は、誰もが
愚かしくも、
あまりにも、簡単に

与えられ具えていた、
徳や尊厳を自ら失くし
迷ってしまうことを
私が忘れぬ為に書く
普段は口にしないこと。


人と云う生き物は、
誰もが、皆
簡単に、傲り、
油断してしまう。  

油断大敵
 
うっかり、
油断して、
傲ってしまっては

自身の尺度で
新たなモノを
測ってしまう。
 
自身が
慣れ親しんでいる
尺度を引き合いに

ありのままの
現実を捉えきれず
自身の世界を
広げられずに

自身が
慣れ親しんで来たモノ
みたいだ。と
思ってしまう。

〇〇みたいだ。
〇〇みたいだ。と
口する者だけは

自分自身が
慣れ親しんで来たモノを
自分は、
よく知っているから…

だから…自分は、
あれを見て
〇〇みたいだ。と
思ったんだ。

自分自身の世界に
閉じ籠もったまま

自身が、常日頃
何に慣れ親しんで
過ごしている者であるか

常日頃の
自分自身の有り様を
自らが、無意識に
主張する。

懸命に、懸命に

今、そのようなモノに
慣れ親しんでいる
自分が、ここに居るよ。と

ただ、そのような有り様の
今の自己を誇示するに留まる。

引き込むように
誘うように
関心を集めようとするように

自分自身が、今
何に慣れ
何に親しみ
何を知っているかを
主張する。

あれは、
〇〇みたいだ。と
言えば、

誰かが
それは何か?と
自分の方を見て
自分の話を聞いてくれると

小学生の子供のような
有り様を
自らが呈していることに

まったく無自覚
無意識に、
油断大敵

無責任な真似を
自らが、今
自分自身にさせて

大人の情けを
求める子供のような
有り様と成り果てる。

小さな
お山の大将うちは

やれやれ、
そうかそうかと

お前はもう
このお山のことを
よく知っているんだね。と

認めてくれる人も
居るだろう。

だけれども
歳を重ねてゆくと

誰かが、話題している
何かの話を聞いて
〇〇みたいだ。と
ウッカリ主張してしまえば

自らの狭量さを露呈させ
自らが恥をかく機会が
増えてゆく。

油断大敵
ウッカリ、傲り
油断して

狭量さを晒す
隙を作り

己自らが
恥をかいた時

恥辱、屈辱
覚えながら
自己責任をとり
自身の世界を広げれるか

恥辱、屈辱に
耐えきれず
現実から目を背け
責任転嫁し

自分自身こそが
〇〇みたいだ。と
誰かや何かのことを
嗤っている立場で、

自分に
〇〇みたいだ。と
言われて
恥をかかない方が
おかしいんだ。と

この現実世界で
主張してしまうと

今、自分自身の尊厳すら
護れぬどころか

自分自身を、さらに
自身の狭量な世界へと
自ら、押し込んで

懸命に、懸命に
狭量さを
主張する。

今、自分は
何に慣れ親しみ、
何のことを
よく知っている。と
主張しているのか

まるで、
独り、狭き暗闇に落ち
手探りで
出口を探すように

狭量な世界に留まり
閉じ籠もり
閉じ込められ
囚われてしまうと

自身が
何をどう見ているかを
主張しては

誰かが
何かをそう見る
自分に関心を
示してくれることを 
求めてしまう。

自分自身が
狭き世界に
留まっているから

広き世界では
誰かが
何をどう見ているかなんて

イチイチ
気にすることもない。

目の前に在る
同じモノを
隣同士で見ていようと

一人一人が其々に
違うように
見ていることが当たり前。

自分自身、
狭量のまま
留まろうとすれば

自分自身と
同じように捉える人を
探し求め続けてしまう。

今、自分自身が
この現実世界で
どのように生きているか

無自覚、無意識
無責任に生きていると
いつの間にか
狭量な世界に囚われて

垣根、柵を越えれず
己の殻も破れずに

折角、
大きく育てることが
出来た筈の
自分自身の尊厳を
自分自身が挫くなってゆく。

誰のせいにも
出来ない。
自分自身の人生。

責任転嫁する程に
自分自身が
どんどん
狭量な人間へと
落ちぶれてしまう。

油断大敵

誰もが
それぞれに
気をつけて

自覚をもって
目を覚まして
生きてゆくしかない。