王様の耳は驢馬の耳 | 王様の耳はロバの耳

王様の耳はロバの耳

普段口には、しないで
済んでいることを
こっそりと、呟いて…

人は、誰もが
愚かしくも、
あまりにも、簡単に

与えられ具えていた、
徳や尊厳を自ら失くし
迷ってしまうことを
私が忘れぬ為に書く
普段は口にしないこと。


人間は
コミュニケーション能力が
他の動物よりも
優れているという。

一人が得た 
経験や知識を
共有することで
 
限りある、時の中

一人の人間が得た
経験や知識を
土台にして

一人の人間が
体験し経験した
時を省いた分、

新たな経験
知識を得ては

新たな一人が得た
経験や知識を
コミュニティ内で
共有することで
 
コミュニティ内に居る
別の者が
他者の得た
経験や知識を土台に

限られた時の中で

一人の人間が
体験、経験した
時を省いて

新たな
経験や知識を
蓄積してゆくことが
出来ること。

年長者や
先生と呼べる人の
話をよく聴けば

小さな子供でも
年長者や
先生と呼べる人の
経験や知識を
蓄積して

自らの
限られた時を
省いて

時には、
年長者や
先生と呼んだ人を、
追い越して

もっと先へと
進むことが
出来ることが、

人間が
他の動物よりも
優れている特性と
言っているのだろうに。

人間は
他の動物よりも
コミュニティ能力が
優れている。と
聞くだけ聞いて

一つの知識を
得たつもりになって

年長者や
先生と呼べる人が
何を体験、経験し
そのように捉えたのか

心を添わせることが
なければ、

他者の得た
経験や知識を
自らの土台にすることは
適わずに
   
時には、中途半端に
聞き齧っていた知識が
ロジックが、
足枷になって

経験や知識を
授けてくれた
年長者や
先生と呼べる人に
追いつくことも
適わなくなるのが

人間という
生き物なのだろう。
 
年齢など
関係なく
限られた時の中で
それぞれが選んだ道で

新たに
何かを掴んで

自らに経験や知識を
授けてくれた人が
たまたま
語ってくれたことにも

語ってくれた人の
ささやかな想いが
ソコにあったことに
自らが、してゆけたなら、
 
些細な縁からも
何かを自らが
汲み得させて貰えることが

一、個の人間の尊厳を
讃え護ることに繋がり

一、個の人間の尊厳を
讃え護り尊重
出来たことが

自らと云う、
一、個の人間の尊厳をも
救済し

年長者や
先生と呼べる人を礎に

また自らと云う
些末な人間さえも
どこかの他の誰かの
礎の砂の一粒くらいに
成ると気付き

どこかの誰かの礎の
砂の一粒くらいに
成っていると
気付けた時には

太古から未来を
自ら駆け抜け

人と云う生き物の
生涯で味わうとされる
生老病死に四苦八苦の

苦に縛られることも
囚われることもなくなる

自分ばかりか
他者が味わうだろう

苦を畏れてしまう分
無駄に苦痛が長引いて
苦を避けようとする分
苦に縛られ囚われ
追われ急かされ苦しくて

いろんな言葉で
先駆者たちが
どんな体験、経験を積んでか 
示してくれていることがある。

耳を心を閉ざしていては
苦を畏れ
苦痛長引き
苦を避けては
苦に縛られ囚われ
追われ急かされ苦しい想いを
味わってしまうこともある。

苦しい最中だろうが
自らが、何かを
土台に這い上がることは
出来るし

用意された土台すら
自らが覆し
自らを苦に
閉じ込めてしまうこともある。

どんなコミュニティに
自らを既存させるかで

道中の景色は
それぞれ違おうとも

より多くの
年長者や
先生と呼べる人の
体験や経験を通して
何かを土台にして
辿り着く場所からの
景色には

重ねた年月や
蓄積してきたものに
関係なく

どれだけ
未来の人間だろうとも
等しき情景を
其の今生に見るのだろう。