物語の悪役が
課程を立てる。
相手に、
嫌がらせを
試みれば
嫌がる相手は
止めて欲しいと
コチラ側に
頭を下げてくるだろう。
悪役の
取り巻きは、
そのとおりだ。と
賛同し
悪役を後ろ盾に
しているつもりで
早速、パシりに
使われる。
幾ら、嫌がらせを
してみても
アテにしていたようには
うまくはいかず
何故に、
嫌がらせをしている
コチラ側に
止めて欲しいと
言わないのか?と
問いかける。
相手も傍目も
不思議に思う。
どうして
嫌がらせを
してくるような相手に
止めてと頼むことが
あるのだろうか。
嫌がらせを
不快に感じたならば
嫌がらせを
してくる相手に
頼むことはなく
嫌がらせの
証拠を集めて
第三者に訴え出て
対応してゆくだけだろう。
一体、どのような
考え方をしたならば
嫌がらせを受けた者が
嫌がらせを
してくる相手に、
嫌がらせを
止めて欲しいと
頼んでくるだろうと
待ち構えてしまうのか。
集団の中で、
誰か一人位は
この方法で
そうするだろうか?と
疑問を口にすることも
あったかも知れないが
集団の狂気と云うのは
いつでも
現実に引き戻す
問いかけを煙に巻き
凶行に及んでしまう。
人間らしく
人間らしい
愚かしさ
どんなに、
こんな物語を
目にてきても
自分とは
関係ない話のように
物語を見ていては
どうして
そのような物語が
この世界に
溢れているのかに
気付くこともなく
自分は
物語の悪役とは違うと
思い込んだまま
独り、煮え湯を飲んでは
自分では、
どうしようも
ないことのように
歯痒い
もどかしさを
他者を前にして
泣くのを堪えるような
憤りを覚えるのだろう。
泣くのを堪える憤りこそ
泣き出したい気持ち。
泣き出したい気持ちを
露わにしながら憤る。
人間らしく
人間らしく
愚かしく
隠しているつもりで
丸裸。
自身の有り様
気付けずには
自身の有り様
定めること難しい
気付けずには
苦しくして
気付けずに
他者に答えを求めては
人間らしく
人間らしく
この世界に
迷ってしまう。