どこの誰が
言ったことだろう。
人には
其々の器がある。と。
本当に、
その通りのように思う。
きっと、
老若男女だろうと
其の大きさに
差はないのだろう。
其の器は
渇れることのない
泉のように、
自然に湧いて
潤すこともあれば
一度期に
降りつもり
堪えきれずに
溢れ出ることもある。
自らの器に、納まらず
抑え、堪えが
効かずに溢れ出し
抱えきれなくなった
事柄、事象が
其の人を、
そのように成るまで
追い詰めた原因ではないことは
当事者以外には
直ぐわかる。
人には、其々に
器があるのだから⋯。と
言葉で現せば
不器用で
拙く未熟な
表現だけれど
器に納まりきれぬモノを
懸命に抑え、堪え
抱えようと、
もがき、足掻くモノは
責任感や義務
自身の欲に傲りに
縛られて
目測を
誤っているように映る。
人が一度期に
内に納め、堪え
抱えれることは
知れている。
ソレ以上のモノを
一度期に
納め、堪え
抱えることなど
この世の誰にも
出来はしない。
ただ、それだけのこと
それを自身が
自分は、誰かよりも
何かしらを多く
内に納め、堪え
抱え生きることが
出来るモノであるように
傲り、目測を誤って
自らが、内に納め
堪え、抱えようと試みた
最後の一雫を
受け止めきれずに
まるで、其の一雫が
自身を劫かすモノで
あったかのように捉えては
自らの内を潤す泉から
潤いを絶ち
違うモノを次々に
自らが湧かせ
受け止めれたモノも
受け止められなく
なってゆく。
自分自身の状態に
気付こうともせずに
自身を省みることもなく
其の器に、
納めようと願い
自分ならば
納めれる筈なのにと
其の一雫を納めようと
求め欲し、堪え
抱えようしても
納まり切れずに
溢れ出る。
それでも
それを求めてしまうのは
傲る自分がためだろう。
抱え納めるモノに
優先順位をつけたくない。と
欲を一雫抱えれば
大きさの限られた器に
一度期に納めようと試み足掻く
一度期に納め、堪え
抱えられることなど
知れているのに
一度期に、いったい
どれだけのモノを
一人の其の内に納め堪え
抱えようと試みたのか
最後に納めようとした
最後の一雫のために
堪えきれなくなったのでも
抱えきれずに溢れたのでもない。
目測を誤り
目先のモノに
責任転嫁してしまえば
責任転嫁して
ソレを切ることで
一時は凌げても
自身を省みれずに
傲ったままでは
直ぐにまた
似たような目に
合ってしまうだろう。
一つ一つは別のこと
全てを一時期に
納めようと試みれば
人はブラックホールのような
内に向かう重力に
耐えきれなくなってゆく。
一度期に
納める必要はなく
一つ一つ、
今の自身を省みて
自ず内に湧くモノを
制御しながら
一度期に内に納め
堪え、抱えれるモノを
増やしてゆく。
器を満たす必要もなく
ただ、涸らすことなく
腐らさず
自ずと、内から
湧くモノによって
潤し癒やしつつ
己が人生を
生きてゆけるように
己が、己を
助けてゆくこと。
これを
かなぐり捨てる
有り様は、
正に、傲り猛り狂う者。