分かりやすい話、
貴方が、
頑張れ。と
直接、声をかけた相手が
翌日、自殺をしました。
無念と云う自責を
背負う人は
多いでしょう。
こうしていれば
ああしていれば…と
自らを責める人も
いるでしょう。
同情、共感し
想い気持ち立場
都合事情を理解し
取り返しのつかない
過去の選択を
赦し認めて
今、自責の念に
かられる人を
貴方は、責任感がある。と
其の有り様に
目を瞑り、弔い
慰めるでしょう。
だけれども、
等しく
頑張れ。と
直接、声をかけた相手に
翌日、自殺され
無念と云う自責を
背負おうとも
涙を流すこともなく
悲嘆に暮れることもなく
背負った無念、自責を
下ろそうともせず
誰に責められても
責めてくる相手に
無念と云う自責に
気圧されて
急き立てられる姿を観て
同情、共感
自らも、等しく、覚える
耐え難き
無念と云う自責を
制し治めて
過去の自分が、
どんな想い、気持ち
立場、都合事情を
抱える中で、
どのように接し
何をしてきたか
主義主張を主張せず
自分のことを
知って貰おうと抗弁せず
過去の自分の
有り様がために
無念と云う自責を
生じさせ背負ったことに
自ら気付いて
建設的に未来を見据え
無念と云う自責
贖罪を背負い
過去の自分が
やって来たことに
執着せずに
ゼロから一から
今の自分に出来ることを
一つ一つ積み始め
縁巡る未来にて
二徹を踏むことなく
自らが其の後を
生きることで
この世で自らが
出会った全ての存在を
犠牲者のままにせず
出会った者の無念を
背負い、支えに
其の後を生かして貰い
自らが、其のおかげで
何かを成しては
他者の残した無念が
少しでも晴れたら善いと
其の後の人生、生涯をかけ
贖罪を背負い続け
供養に努める人が居る。
どのような人に出会って
どのような人を観て
どのような人の有り様に
習いたいと望むかは
人それぞれ。
人それぞれの境遇も
等しき、誰かに、出会っても
其の何を観ていたかも
何に気付いていたかも
違うのだから
自責の念に
気圧されて
今にも折れそうな人程
今にも壊れそうな人程
懸命に必死に
自分がして来たこと
出来ていたことを
確かめる真似している。
身構えずとも
追い打ちをかける者など
いないよ。と
励ましたくても
ソコに至るまでに
幾度となく
傷付き折れそうな相手に
追い打ちをかける者に
出会って来たからこそ
自分が過去に
積んで来たことに
固執して
まるで
孤軍奮闘の
四面楚歌
今、ソコに在る
同情、共感
寄り添い
励ましていた者を前に
無念と云う自責を
背負わしてしまう者も居る。
この現実世界で
何に対峙し生きるのか
この現実世界で
多くのモノに出会いながら
時折、感じる
無念と云う自責の念に
気圧されることなく
急き立てられるがまま
自らが業に罪を
深めてエゴに我欲に
囚われて
苦痛から解放され
救われることを望み
其の後を
無念と云う自責を背負い
ふりだしに戻ったように
マイナスから積み直し
頑是ない幼子をも
先生にし
多くを習い
一つ一つを
積み直させて
貰っていることに
気付いて
苦痛を覚えることなく
無念と云う自責の念を
与え気付かせてくれた存在への
贖罪を抱させて貰えることを
支えに
其の後の人生を
生かして貰おう。
其の後を生きて
何かを果たしては報告し
供養に努めさせて
貰える人生を
送らせて貰えることを
わたしは
この現実世界を
今、生かして貰っている者が
等しく背負う責任に思う