今昔物語を読んだ(年代: @平安時代、作者: 不明)。
仏教逸話を中心に、今でいう昔話がいっぱい書かれていた。
これは”大型版、やさしい古典”とされているA4サイズの本で、
文字は大きく、絵もあって、一作品ごとが短く、とにかく読みやすい。
このシリーズには、
『枕草子』
『徒然草』
『方丈記』
などなど、ほかにもおもしろそうなものがいっぱいある。
いつか歴史の教科書で題名を知った”書物”らを読みたいと思っていた。
だから、読めて「こういうものだったのか!」と知れたことがまず嬉しかった。
でも、ビジネス書・自己啓発書ばかり読んでいる私が
なぜか図書館でこれを今借りることになって、不思議な出会いなのだが。
「仏の道の母と子」という作品では、思わず泣いてしまった。
「武士の父と子」という作品は、一緒に借りた『武士道』の本にも紹介されており、
あとでじっくり”武士道”についても学んでみるつもり。
「葦刈り(あしかり)」という作品がなぜか気になった。
内容は、
懸命に働けど一向に裕福にならない夫婦の話。
前世の報いかと別れることで人生を好転させようとした二人。
だが、妻は金持の後妻となりさまざまな面で豊かな人生を歩み、
夫は都落ちさらに貧しい農夫に身落ちし、そこで再開する二人。
なぜこう人生が分かれたのか。
物語でも、自己啓発書的な見方をしてしまったのだが、
そこにクローズアップされた書かれ方はしていなかったが、
私は、作中の途中途中で、なんだかよくわかる気がした。
妻は、貧しいときから一切の不平不満を言っていなかったようだ。
そして、前向きに夫をはげまし付いていっていた。
一方、夫は、・・・。
夫に関し、妻と頑張っている頃に関しこんな記載があった。
そして別れた後の妻にはこんな記載があった。
******** 夫 ***************************
「俺は、こんなにがんばっていきようとしているのに・・・。
俺の人生は、ちっとも芽が出ない。
なんで、ここまで不幸に見舞われにゃならんのだ・・・」
と毎日こう思い詰めて、肩を落としてため息をつくばかりであった。
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********* 妻 ****************************
最愛の男とはなれて独りで生きることになった彼女は、
もうこの世に何の望みもなかった。
ただ「いつかまた男と出会える日が来るまで生きていよう」
とそれだけの思いであったから、
少しの贅沢も求めず、
どんな辛い仕事をいいつけられても不平の色を見せず、
ただ黙々と懸命に働くだけであった。
主人に「よく働く感心な働き者じゃ」と目にかけられるのを
先輩女中にねたまれきつい仕事を一人押し付けられても
不満そうな顔一つせず、ただ懸命に働いた。
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妻と再開した時に互いに交わした和歌で夫は、
「・・は悪いことでしかなく、・・・後悔しています。・・・なんと辛いことか。」
の歌を妻に返事していた。
だから、奥さんと差がでてしまったような気がした。
こういうことって往々にある。
自分が何か辛くなった時、
この旦那さんのような言葉を使っていないか・・・
振り返って生きていこう!
今日の「たった一つでいい」は、
この『葦刈り』の妻のように生きる、
だ。