土曜日のゴールデンタイムに移動しちゃってから、なかなか『オーラの泉』を見る事が出来なくなっちゃったハートブレイク 今まで通り深夜枠の放送が良かったのにビックリマーク

・・・と言う今回の前振り。 人のオーラに関しては専門外だけど、確かにそういうのは有るんだろうなって事は思う。例えば、指揮者。同じように振る指揮者が居たとしても、オケから出てくる音は全然違うものになるでしょ?(ハジメマシテのリハーサルの状態から) アレって、指揮者の持ってるオーラ=雰囲気が楽団員に伝わってるんだろうな、って思ったりする。


 

楽譜もそう。「譜面面(ふめんづら)」って言うくらいで、版によって、その『顔』に特徴が有る。音符の玉の大きさ、指使いの書体、空白のバランス、紙質 etc. 色々なものが重なって、「雰囲気」が作られてく。そして、同じ音符の並びで、同じフレーズの書き方がされてて・・・って楽譜が幾つか有ったとしても、どの楽譜を目の前に置くかによって、出てくる音のイメーヂが変わる気がする。スコアを見ながら入ってくる音符の羅列以外の情報によって、出てくる音の雰囲気も変わってくるのかなー と。



何年か前までは、楽譜にガツガツ気軽に書きこみが出来るよう、原譜をコピーしたものを使ってた時期が有ったんだけど、不思議な事に、コピー譜を使ってるとインスピレーションが涌き難い気がして、最近はやめちゃった。 やっぱり「フェイク」というか、「似て非なるもの」的な演奏にはなりたくないんだよね。

今回、リサイタルを開催するにあたって、ショパンの楽譜はポーランド・ナショナルエディションを中心に読んでます。ショパンの、ナショナル・エディションってのは最新の研究に基づいた楽譜、興味深い事も沢山有るんだけど、「んんん?」って感じに気になるところもチラホラと。


それはひとまず置いといて、さてマズルカの楽譜を開いてビックリ。 今までの楽譜では、「4つのマズルカ Op.6」、「5つのマズルカ Op.7」・・・って感じだったのが、「5つのマズルカ Op.6」、「4つのマズルカ Op.7」って風になってる。括り方が違うだけかと思うと、そうじゃなくって、Op.7の第1番ってのは今まで通り。 つまり、通し番号で5番と言われてたものは、Op.7-1じゃなくて、今までOp.7の第5番だと思っていたものが、Op.6の第5番になってたりするわけ。 因みに、11月のリサイタルで取り上げたOp.33の「4つのマズルカ」は、「嬰ト短調/ニ長調/ハ長調/ロ短調」って言う並びじゃなくて、「嬰ト短調/ハ長調/ニ長調/ロ短調」・・・ってわけで、パデレフスキ版と比較すると、第2と3曲が入れ替わってる。 フレーズの付け方も違うし、音だって違う。 『ポーランドの威信をかけた国家プロジェクト』ってフレコミだけど、20年後に「ショパンの楽譜」って言った時に、どの版が「スタンダード」になってるんだろねガーン ついていけるかなあ・・・

ショパンの作品って結構弾いてきたし、人前で弾いてなくても、大抵の作品は1度は音にした事が有る。ソナタも、バラードも、スケルツォも、ワルツも、ノクターンも、どれも好きだけど、マズルカは別格に好き。どの曲も短く、大げさに振舞うって事が無くて、ショパンが身近な距離感で描いた「日記」みたいな感じ。



或るアマチュアのピアノ愛好家の人と喋ってたら、師匠にショパンのマズルカをやりたいって言ったら、まだ早すぎるって怒られちゃったんですよ。やっぱりマズルカって難しいんですねって言われた。 そうなの? 簡単とは思わないけど、バラードとかソナタとか、ワルツとかノクターンとか、そういう曲に比べて「特別に難しい」とは思わないんだけど。独特なリズムを持つマズルカって、「スペシャリストじゃないと難しい」ってイメージを持ってる人が多いみたいだけど、でもねえ・・・いつか勉強したいって思ってるなら、早く挑戦してみれば良いんじゃない?って思っちゃった。

ショパンで静かな曲って言うと、「真っ先に思い浮かべるのはノクターン」って人が多い気がするけど、ノクターンは弱音のコントロールは勿論大切だけど、それ以上にレガートのコントロールって気がする。マズルカを弾いてると、『この曲って、ノクターン以上に弱音のコントロールに気を遣ってるよなー』って思ったりして。フォルテでガンガン弾くのも、正直嫌いじゃないんだけどもにひひ やっぱりピアノの醍醐味って、ピアニシモのコントロールだよな、って思う。



楽譜に向ってアレコレ考えるの、めちゃめちゃ楽しいなラブラブ