室内楽の時は兎も角、ソロとか協奏曲の時には、基本的に会場には車で向かう。 だから、田園ひかりクリニック でのリサイタルのために、今日もこれから車を運転する訳んだけど、ウチの母親ってば過度な心配性っていうか、毎度毎度、それはもう儀式のように

 

 

車・・・大丈夫かしら・・・

高速が渋滞して動かなくなったら・・・

事故に巻き込まれちゃうんじゃないかしら・・・


 

って言いながらオロオロしまくる。 もはや、儀式ですからあせる笑。 心配してるんだろうけど、かえって不安になる爆弾 結局車で行く事になるんだから、普通にしてくれれば良いのに。  因みに、母が「危険かどうか」心配するかしないか基準は、遠いか遠くないかじゃなくて、『自分が運転して行った事の有る所か否か』って点みたい。笑

今日は、久し振りに「N響アワー」を見たんだけど、放送されてたプレヴィンのモーツァルトは本っ当にビックリマーク素晴らしかった。 「『典雅な響き』ってのは、こういう演奏の事を言うんだろうな」って感じ。 最近は、古楽奏法を取り入れたバロックとか古典派の作品の演奏がブームみたいになってるけど、ヘンテコな古楽奏法も多いように見えるんだよね。



現代楽器によるオケなのに、ティンパニだけ皮のだったり、現代のヴァイオリンなのに弓だけバロック弓だったり。 そんな、楽器のテンションがグチャグチャなオケを聴いてると、楽しむどころか居心地の悪さだけ残って、「何でこんなのがブームなのー!?」 って思うんだけど。 ノン・ヴィヴラート奏法だって、ソコにこだわるんだったら、オケの楽器全部を当時の楽器にするところから徹底しないと変じゃない? 情報化社会の中で、好みが細分化するのは当然にして、そういう演奏をする人が居るのは良いとしても、それだけが正しいんだみたいになっちゃうと、「えー!」 ・・・って思っちゃう。



作曲された当時の演奏法を研究するのは大事な事だけど、折角現代の素晴らしい楽器で演奏するなら、現代の素晴らしい奏法で弾けば良いって思うんだけどね。 人の好みは其々だから、そういう人の事を否定するつもりは毛頭無いけど。 それにしても、プレヴィン最高ビックリマーク

1時間半の睡眠時間で、仕事(打ち合わせ)をした後で向ったのは鶯谷。 東京に向かう電車の中で少しだけ眠る事が出来た・・・とは言っても、普段の睡眠から見たら全然足りないわけで、やーっぱり脳みそ働いてなかったみたい。鶯谷駅から台東区の某ホールを目指して歩き始めたまでは良かったけど、全然違う方向にズンズカ歩きまくって、15分で着く予定だったのが40分近く歩き回ってしまったのは、ほとんど罠ですガーン笑 途中で何人もの人に道を尋ねたんだけど、その度に違う道を進んだけど(やっぱり罠だ)

 


或る先生の門下生発表会を聴くためだったんだけど、「発表会」って言っても、小さな子供の発表会じゃ全然なくて、大人達・・・というか、「新人演奏家」達の演奏会。 プログラムもピアノ史の中で重要な名作のオンパレード。 色々予定が詰まってたから、最初の方と最後の方は聴けなかったけど、それでも刺激は充分。 なんか、自分と近い世代の子達の演奏をドッサリ聴くと、練習しなきゃビックリマークってウズウズくるねえにひひ