その後、義父は小康状態ではありましたが、体力は確実に失われて行きました。
腫瘍がいたるところにでき、特に左脚は通常の倍以上に大きくなっていました。
ですから、寝返りを打つことも難しく、背中の向きを帰るのも、必ず重たい左側を下にした状態でしか動くことができません。
当然立てませんし、歩けませんので寝たきり状態となりました。
腎臓や膀胱の近くにも腫瘍ができていたため、排尿も管を入れて行うようになっていました。
一度、尿道からの感染症で発熱しましたが、その時は弱い熱程度で済んだようです。
沈痛治療に入り、動けなくなってからは、本人はしきりに「家に帰りたい」と言っていたそうです。
医師も「熱が下がれば帰れる」ということで、帰宅準備のため、車椅子や介護用ベッドの手配、また、要介護者の申請等を行いました。
義父の症状が落ち着いて、そろそろ帰宅できると思っていたある日のことです。
義父の知人で、同じ悪性リンパ腫の治療を受けて回復した方が、たまたま義父の見舞いにご自分の診断書と経過報告書を持って来て、義父に頑張れば治るというお話をしていた時だそうです。
急に義父の容体が変わり、特に苦しむことなくそのまま心臓停止したそうです。
その場には、義父の友人、義母、伯母と看護婦さんがいたそうですが、心拍停止したため医師が駆けつけました。
そして、義母の確認で、午前11時30分に死亡確認されました。
当時は、私は会社、嫁さんは子供の用事で留守にしており、連絡を受け、子供を迎えに行って病院に着いた時には、すでに亡くなった後でした。
医師からは、状況説明を受け、悪性リンパ腫が直接の死因ではなく、腫瘍による圧迫、もしくは血栓により血管が閉塞し、血流が断たれたことが原因であろうという主旨の話がありました。
死因を特定するのであれば、開腹施術を行い、血管の閉塞箇所を調べなければならないそうです。
親族としては、抗がん治療で苦しんだ義父の身体をこれ以上傷つけたくないし、一秒でも早く自宅に連れて帰りたい思いで、死因詳細の特定はお断りさせていただきました。
亡くなった後に何を騒いでも、何もなりませんし、助からない覚悟はできていました。
子供達、特に息子は精神的にショックがあったようです。
当然、集まった親族も悲しみに沈んでいました。
そして、他の親族に連絡を取るべく電話をかけていました。
私は、親族に比べ冷静に出来事を受け止めていたように思います。
すぐに、義父の後輩にあたる葬儀社に連絡し、義父を連れ帰る準備を手配しました。
義母も伯母もしっかりした人なので、すぐに義父を連れて帰る準備に入り、身の回りの整理に取り掛かかりました。
私は、取りまとめた荷物を車に積み、葬儀社に連絡した時間までに霊安室に移動するように義母に伝えて、家の準備に帰りました。
モルヒネによる鎮痛治療に切り替わってからは、痛みは感じなくなったようですが、本人曰く、「目の前に水が流れていたり、歪んだ絵が浮かんでいたりする」ように、幻覚のようなものを感じていたようです。
医師は、幻覚症状が出るような量は投与していないということでしたが、個人差があるのかもしれません。
沈痛治療に入ってからは、薬を入れる点滴もほとんどが外され、診断装置の端子もほとんど外れました。
本人も早くから、外そうとしてひっぱたりしていましたので、望み通りになったわけですが・・・。
沈痛治療に入った(もう時間の問題であること)を本人には告知していませんが、抗がん剤を入れなくなったことは分かっていますので、精神的な支えが途切れたようでした。
以前より、弱っていく速度が速まったような気がします。
私は、プライドの高かった義父が、私に弱っていく姿をあまり見せたくないだろうと思い、必要最低限の面会しか行きませんでした。(義母、叔母、嫁さんがきちんと看病していましたので)
そして、私の実父に事情を話し、お見舞いに行ってもらうように言いました。(義父より、私の実父には、まだ面会に来ないように言っておいてほしい(治って退院するつもりだったので、心配をかけたくないと思っていたようです)と言われていました。)
義父は実父と話して、実父の手を握って、「後のことは頼む」と言ったそうです。
実父は、面会から帰ってから「もう長くはもたないよ」と言ってました。
最近同じ病気で知人を亡くした経験があったので、そう思ったようです。
私は、医師からは、「悪性リンパ腫で急に亡くなるような状況ではないが、心臓もしくは脳の病歴があるので、そちらが原因で突然亡くなる可能性はある」と説明を受けていましたので、「今年いっぱいは大丈夫だろう」と考えていました。
沈痛治療に入って、1週間くらいたった時、義父は精神錯乱のような状況になりました。
献身的に看病していた義母を、敵視するような目で見たり、言動をするようになりました。
義母のことは認識したうえで、昔の出来事を思い出したように、義母を責めるような言葉を口にしていたようです。
義父の生に対する切羽詰まった意識の混乱だとは思いますが、自分の健康を後回しにして看病していた義母のほうは、精神的ショックで取り乱してしまいました。
病院からは、義父の精神的ケアのみならず、義母の精神的ケアのため、精神科のカウンセラーの手配や、義母が常時看病に着くのではなく、義父が落ち着くまで自宅で休養を取るように勧められました。
義母は、2日だけ自宅に帰って、休養しましたが、義父の状況がある程度落ち着いたことを確認したら、すぐに病院に戻りました。
本当に、義父と義母は深く結びついていると感じました。
他の入院患者さんでも、ここまでしっかりと看病をする奥さまはほとんどいないそうです。