山本太郎の原点を知る | 名もなきブログ

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いつの間にか陰謀めいた事を発信するようになってしまった跡地です。

 

 

山本太郎の原点

テレビでこれを喋り干された

今も変わらない信念

 

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僕も昨日これを始めて見た。

 

太郎。

思ってた以上に、すごいこと言っていた。

 

 

そして、これで干されたってことは・・

そういうことだろう。

 

 

小倉はおそらく言いたくても言えない立場だったのだろう。

小倉だけではなく、芸能界の多くがそういう感じ。

「もしかしたら」とか「隠されていることがあるのかもしれないけど」みたいな。

まあ家族もあるだろうし、生活もあるだろうし。

 

いろいろ知った今観れば、小倉が「言えない」ってことがわかる言い回し。

そして加藤もまるで他人事のようだが、小倉と加藤の主張に若干整合性がとれてない部分もあり、おそらく何かを隠したがっているという印象はある。

 

 

おそらくだが、さまざまな観点から見て考えるに、全員が直接契約を交わされているわけではないとは感じる。

何かに気づいた人、番組的にかかわった人は知ってしまう可能性もあったり、何も知らずにNGワードだけ聞かされて、深く考えないでテレビに出演しているだけって人もいるんじゃないかと思う。

 

ただ太郎もずっと訴えてきたが、テレビでは「言えないことがある」という主張から、少なくともNGワードは確実に存在していたはず。

 

出演者のどれだけが、世界の構造を知っていたのか。

また政治の裏側、支配構造なども。

統ー教会をはじめ、テレビ側のスポンサーの意向、意思がどういった方向に関与しているのか。

 

 

太郎が芸能界を辞め、政治に足を踏み込んだ理由が原発事故。

 

僕も太郎のストーカーではないので、現時点で知っているかぎりのことしか書けないが、そもそも太郎がなぜ放射能に対して、あそこまで懸念しているのかという点。

 

多くの人は太郎は普通の一般人とは違う勇気がある人間と思っているかもしれないが、僕の印象ではむしろ一般人の中でも臆病な側の人間だったと思っている。

だから原発が爆発したとき、普通の人よりも恐怖したのだろう。

 

僕も当時はびびりまくっていたし、平和な日常が亡くなってしまう可能性にかなり怯えていたわけだが、少なくとも当時の僕は無知で政治はもちろんこと、原発などにも興味などなくて全部人任せだった。

同じ日本人が日本の中で日本の経済に関わる仕事として、分担してやっているなかで、政治は政治家に手を挙げた人が、原発関連もその事業に手を挙げた人が、日本のためにやってくれているんだと思って、安心して任せきっていたわけだが。

 

 

だから原発の構造なんて知らなかったし、爆発したあの日

はじめて原発というものについてのすこし理解が進んだのだが

 

無知だったそれまでの僕ですら、原発というものがうっすらと「怖い」というイメージもあったし、

放射能というものが目に見えず、さまざまある放射性物質のうちのいくつかは、人体に対して超絶に有毒だということをなんとなく知っていた。

 

 

おそらく太郎もそんな感じだったのではないかと思う。

僕が太郎を観察している限りでは、太郎は根は相当臆病な人間だと予想している。

 

ただ芸能界を辞めてからの15年で、おそらく覚悟が決まって臆病ではなくなったのだとも思っている。

 

 

上記の動画。

2011年10月のBSスカパーによる生放送だったらしい。

 

生放送だったから、太郎の暴走をテレビ側も止めれなくて、あとからスポンサーに怒られ、太郎が干されたって感じだろうか。

もうこの時点で、僕は太郎の覚悟が決まっていたのではないかと感じている。

 

話し方や仕草を見ていれば、なんとなく感じ取れるが、

このときの太郎は、かなり怯えている感じがある。

 

たぶん、これが山本太郎が権力に盾突いた一歩目だったのではなかろうか?

 

 

上記動画の文字起こし

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小倉「どこまでが事実なのかって…分からない部分もかなりあるじゃないですか? まあ隠されている部分もあるのかもわからないけど」

太郎「まあ…でも、ほとんどが隠されていると思っていいんじゃないですか? 地上波に関しては。(唾を飲んで)だって…あの…なんていうか…」

加藤「ん? 地上波に関してはってどういうこと?」

太郎「だっておそらく…この家?(聞き取れなかった)はご覧になってないんですか?」

加藤「僕はまだ観てない」

太郎「おそらくキー局でやられてる、あのみなさんの〇〇様?(聞き取れなかった)に頼られている番組では…おそらく…あの…おそらく局側がブレーキかけていると思いますよ」

小倉「いや…局側がブレーキかけてるってことよりも、手元に入ってくるデータってのが、東電の発表であったり、政府の発表であったりでしかないわけですよね?」

太郎「でも、それをただ流すだけだったら、報道機関としてどうなのかって話ですよね? オリジナルの取材はしているのかって話ですよ。どこまでいってるのか、たとえば…こんにゃくゼリー、ユッケってことに関しては、ものすごく叩くけども、どうだこの問題にかんしては、これだけ放射能をまき散らして、いろいろなところに迷惑がかかって、この先の健康被害まで考えられるのに、そのことに関して追求しているのかってことですよね。それをもって公平な報道って言えるのか? もしかしたら…って部分に踏み込んでるかってことですよね」

加藤「いや…踏み込んでる取材もなかなかスタッフも人数がいなくてできない部分もあるんだけど、やってることはやってる」

太郎「あ…」

(太郎が何か言おうとしたが、加藤が抑制して言葉を続ける)

加藤「でも! ただ…それは…もしかして違うことは言えないんだよ…」

小倉「うん…言えない…」

加藤「もしかして違う可能性があることは言えないの!」

(小倉がウンウンと頷いている)

太郎「だから、それは例えとして届けるべき。それが報道の使命じゃないですか? ひょっとしてこういう角度もありますよってことを、やっぱりセットで流さないと。ただ国が、電力が垂れ流すって情報のみを世の中に伝えるんだったら、それはもうあれですよ…御用曲ですよ」

(この間、小倉か加藤が、いや…とか隙間で何か言いたそうにつぶやいている。そして加藤が何か言おうとするが、今度は太郎が静止して言葉を続ける)

太郎「違う、じゃなくて、いや…そうじゃなくて。もちろん現場のテレビマンはがんばってますよ。で、その中でこう良心の呵責と戦いながら、本当はここまで流したいけれども、やっぱりそこはブレーキかかってる分、やっぱりここまでしか流せないってところと戦っていると思います。でも実際には…」

(ここで加藤が太郎の続きの言葉を止めて話始める)

加藤「じゃあ俺らの知らないところで、そういうことがあるのかな?」(←めっちゃ言葉が弱々しいというか、なんか知ってそう)

(誰かが「あるんじゃないすか…?」といっている)

小倉「山本くん?(よく聞き取れない)たちが考えているってことは、十分あるってことなんだろうね。我々もそういう話は聞くけども、一方的にその話だけを流せないってのはあるんじゃないですか」

加藤「当然そうですよ」

小倉「だから、こう…どうしても僕らがいけないところなのかもわかんないけど、バランスってことを考えてしまうんだよね」

太郎「ただ、そのバランスのために、今たくさんの人々がその汚染地帯の中に住まわされているんですよね。で…」

(ここで動画は切れている)

 

 

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ちなみに太郎が出演した映画が2013年に公開されている。

 

2013年公開の映画『朝日のあたる家』。

福島第一原発事故をモチーフに、原発事故で離散する家族を描いた太田隆文監督の作品。

 

 

僕はもともと太郎に興味もなかったので、当時はこの作品も知らなかったが、コロナ禍になり、政治への不信感を覚え、太郎を知り、太郎に興味を持ち、そしてれいわ支持者となり、この映画も観た。

 

 

 

上記の会話の中で「汚染地域」というワードも出てきている。

おそらく放射能に関しての話題では、山本太郎という人物は被災地である福島県において賛否が両極端である。

太郎に感謝している福島県民もいれば、これ以上ないくらい憎んでいる福島県民もいる。

 

ただし、これは僕ははっきり断言できるが、人間的に僕が仲良くしたいと感じるのは太郎に感謝した福島県民のほう。

これは、太郎に感謝しているから、れいわ支持者として仲良くしたいとかではなくて、人間的な話。精神論とか、あとは人間性的な部分の話。

 

 

結局は今の戦争ビジネスにおける統ー教会関係やその手下みたいなカネの亡者どもが仕掛けている詐欺によるプロパガンダにも直結する部分はあるのだが、この原発放射能問題における山本太郎の当時からの思考というか「なぜ太郎はああいった言動をとり続けてきたのか」という側面を、多くの国民が知り、理解できなければ、おそらく日本は遅かれ早かれ、カネの亡者に好き放題コントロールされ、破壊される。

 

どの道、今の問題に関してもそうだが、この「分かっている人にとってはあたりまえの認識」というのが、いまだ多くの人に供給されていないのが問題である。

 

 

この社会には、右と左的な思想に分かれているように見えるが、実際には違う。

厳密には、事実として右と左の思想に分かれて対立しているように見えるが、実際には資本、宗教、そしてカネの亡者などが、ビジネスのために入り込んで利用しているのが保守という界隈。

 

こういったビジネス的な要素が入っていなければ、単に一般市民の人間性の違いによる右左の議論はあってあたりまえだが、今の経済社会の構造というのは、一般人だけで成り立っているわけではなく、世界各国が国同士の付き合いをしていることから、その国のトップとして外交などをしたり、国民の生活をルールなどに応じてコントロ―ルしているのがいわゆる権力というやつで、この権力というのは「イコールその国ではない」が、それでも各国の交渉などには、それぞれの国のトップなどが会談などをしてその方針を決めたりする形になっていることから、それぞれの国の社会に対して、権力というものが一般市民のうえに存在してしまっているという構図になっている。

(実際には、太郎が言っているとおり、そもそも権力は国民の代弁者でしかないはずなので、国民の言うことを聞かなければならないのだが、今の政府、権力というのは、国民の声を無視して、自分たちの勝手な都合を国民に押し付けているという構図になっている)

 

そして権力が右と左に傾くとき、それが少なからず国民側の対立に影響してくるわけだが、このときカネの力で政治介入している輩が存在していることから、実際には国民の総意が権力の右左に影響しているのではなく、ビジネスをしているカネの亡者の意向が、権力の右左に影響してしまっているのが今の状態である。

そして、それを国民の意思と勘違いしている国民、さらには保守などという耳障りのいい看板を、都合の良い右翼的な界隈と親和性の高い思想につけて、逆に左翼という言葉に「反日や売国」といったイメージを植え付けてきたのがこれまでの流れだと推測できる。

 

 

実際に、これまでさまざま調べてきたかぎり、僕が認識しているのは、「右=権力側、左=国民側」というのがデフォルトの右左の思想の基本である。

 

ただし、かならずしも国家が悪いというわけではないことから、もちろん国家が国民に付くし、国民も大勢が満足して幸せな生活を送っている国においては、左の思想の存在意義が薄れているわけだから、こういう状態のときは「右に国民の正義はある」と考えていいと思う。

 

だが逆に、国が国民を騙し、欺き、仕舞いには外国に魂を売り、自分たちのカネなどのために国や国民に危害を加えるような権力の場合、「国民にとっての正義は左側」ということになる。

 

 

そして今は、国民にとっての正義は左である。

 

 

「左翼=反日、売国」という翻訳であるなら、そもそも「右翼=国家主義」とはならない。
 
たぶん「右翼=国家主義」ってのは合ってる。意味が捻じれてもいない。
右翼という思想の根幹は、国家というものを崇拝するための思想であり、「国=自分」という思考回路にも見てとれる。
まさに今の自称愛国をかかげる、似非保守の思考そのものである。
 
「右翼=国家主義であるならば、左翼は何だ???」と考えるわけだが、僕の中での左翼は「国民主義」のことだと今は捉えている。
 
いわゆる「愛国」という言葉に関して、今の社会においては、さも当然のように自称保守が専売特許のように愛国者を自称しており、今の国家に対する不満を口にするものを「反日左翼」と罵って、しまいには「外国人」だの「外国のス〇イ」扱いしているが、そもそもの今の国内にいる日本人の大半の一般市民は、太郎も言っていたが「この国で暮らしていくしかない人々」であり、愛国という意味では、それはなにも今の似非保守だけの専売特許ではなく、日本人であれば大半が愛国者であることは間違いないわけである。
 
今、「戦争反対」というあたりまえの主張が飛び交っているが、それは実際に戦争ビジネスを仕掛けている輩がいて、その輩にいいように騙されて戦争ビジネスに加担している自称愛国者がいることから、事実として戦争に向かおうとしているからである。
 
そして同じように、愛国という言葉も、本来であればその国に住む多くの人にとっては、あたりまえの主張のはずである。
 
 
仮にこの「愛国」が当てはまらない人間がいるとするならば、それはカネを持った資本や宗教。たとえば神谷〇平のようなアメリカに土地を買って持っているとかいう人間は、日本以外に逃げ道があることから、たとえば「カネをいくら積まれても日本は失いたくない」と思うのなら外国に土地を持っていても裏切者にはならないが、カネの亡者である人間は平気でカネで日本を外国に売り渡し、ビジネスのいけにえにする。
 
そして本当の愛国者は、ふつう外国に土地なんか買わない。
日本が好きで、日本に住んでるんだから、外国に土地なんて買う必要ないわけだからな。
もちろんカネがありすぎて、有り余ってるから気まぐれで外国の土地を買う…みたいなことをする人間もいるかもしれないが、そもそも「そこまでカネが有り余るほど、どうやってそのカネを手に入れたのか」という側面から、胡散臭いことには変わりない。
 
 
話を戻すが。
右翼=国家主義。
右翼や今の似非保守っていう界隈の人間は、この「国家」というのを、愛国の国として観ている。
 
そして左翼=国民主義。
こっちは、国民の「国」が、愛国の「国」となっている。
 
そのため右と左の論点は、「国家を大事にするか、国民を大事にするか」という違いである。
 
ちなみに「国家」とは権力のことであり、政府のことである。
たとえば、これまでの自民党政権による統治に感謝して、今も高市政権における拝米行動および、イスにも首を垂れて忠誠を誓うという従属性、さらには中国などに対しては無駄にケンカを売り、イランへの攻撃的な姿勢をとって原油を自ら手放し、国民の生活を破壊する行為に対して「よくやった!」とかマヌケなことを言っているのが、いわゆる「国家主義」である。
 
 
もちろん、石破は自民の総理にしてはがんばっていた。
国内の食糧生産自給率を上げると主張し、さらに日米地位協定についても言及した総理である。
このような国家に対して、もちろんほかにも山積みの問題はあるわけだが、今の日本に対して、未来に国民がよりよい生活ができるように努力してくれていると判断できる政府であったときに、その政府=国家に感謝するのもまた当然で、そういう時は僕は右翼的な思想はむしろ正義だと思っている。
 
たしか石破は、もともと改憲派で、防衛力は持つべきだと言っていたはずである。
いわゆるタカ派というものだが、総理になっていた時代では、護憲側の立場を主張していた。
それは、宗教の存在による国家支配と、さらに世界大戦を視野に入れた戦争ビジネスを企んでいることを知ったからだろう。
 
 
つまりは、宗教や企業による戦争ビジネスなるものがない状況では、おそらく石破はタカ派であり、防衛能力を持つべきだという考えなのだと思っている。
ただ、今の政治界隈が危うい状況で、カネの亡者の詐欺師だらけになっていることから、少なくとも今は改憲して下手に核武装とか主張するタイミングではないと認識したのだろう。
ぶっちゃけ石破は有能だと感じた。
 
 
話を戻すが。
国家というものを国民が受け入れるかどうかってのは、国家が国民のために機能しているかどうかによって変わってくるわけで、国民のために機能している国家であるならば、僕は右翼的な主張は問題ないと感じるわけである。
だが国家が暴走したとき、それに気づいた国民が声をあげるから、そのとき世の中に「左翼」なるものが出現する…というのが、おそらく今の経済社会の構造である。
 
たぶん国家が正常に機能しているとき、それでも国に対して批判している左翼というのは、ガチの極左と言われるイカれた人間しかおらず、精力的にもごく少数だと考えられる。
同様に右翼側も、極右みたいなイカれたのが存在しており、今の保守界隈が危ういのは、この極右にあたる存在がおそらく宗教、統ー教会的な思想を以て、日本を戦争できる国にして、戦争ビジネスに巻き込もうとしていて、多くのライト層の右翼がこれにそそのかされてイカれた自称愛国者みたいになってしまっている状態と言えるんじゃないだろうか。
 

 

 

もう一度まとめるが。
 
右翼=国家主義。
右翼や保守のなかでの「愛国」という定義は、「『国』家」そのものを「国」として考えている。

いっぽう左翼=国民主義。

こっちは「『国』民」を、愛国の「国」と考えている。
 
国家を大事にするか、国民を大事にするか。
 

この考えの対立が、右と左の議論の争点であるが、この議論が成立するのは、すべての人間が平等であり、すべての国民が民主的にものごとを決定できる状況にある場合のみである。

 

そうでない場合(不正によって票を改ざんする者が現れたりして、結果が不透明になったりする場合)は、もはや右と左の議論は意味をなさない。

 

上か下かの戦いになるわけだが、なぜ上か下になるのかといえば、本来は国民のほうが上なわけだが、社会の構造上、権力が強引にものごとを進めることもできてしまうから、国民が許可せずとも、国家が勝手に暴走することがあるためである。

これは国家が、自分たちの計画を進めやすいように、国民側の右左の対決のどちらかに潜り込み、逆のほうを売国や反逆者的な認識として国民に植え付けて、自分たちを有利に政治を運んでいると考えられる。

もちろん現時点で、それをしているのが「保守」と呼ばれる界隈である。

 

あたりまえだが、人間は誰もが「自分は保守でありたい」と思うだろう。特に何の権力もカネもない、日本に住む好かない日本人にとっては、日本を守りたいと思うのである。

そのやり方として対立しているのが右と左だが、それを利用して自分たちの計画を遂行しようとしているのが宗教や企業、もっといえばさらにその背後にいる資本であり、それを実行にしているのがその手先である政治屋である。今はもちろん保守と自称しているところがそう。

 

だから、右と左の議論をしたいのであれば、まずは上を引きずりおろさなければならない。

なぜなら上にいるのは我が国の権力者ではなく、アホの保守層をそそのかしてコントロールし、上手い具合に権力を騙しとった詐欺師だからである。

 

 

まずは、この右と左の構造を多くの人がもうすこし冷静に分析して認識すべきである。

本当の敵はどこにいるのかという話。

 

 

 

ちょっと動画と内容がズレてしまったが、上記動画の山本太郎を見れば、彼の覚悟が再確認できるだろう。

 

なぜこのとき、小倉と加藤は、この太郎の発言をもって反旗を翻すタイミングとしなかったのだろうか。

同じ日本に住む日本人であれば、このときがまさに日本人として反旗を翻すための、もっともベストなタイミングだったと思うんだが、やはり失敗したときに今後の生活が立ち行かなくなる恐怖などがあったのだろうか。

 

日本の庶民の多くは、下手をすると仕事を失って、収入もなくなり、しまいには生活保護に手を付ける・・・みたいな人も多いと聞く。

芸能人は大金が手に入るし、そのセレブ生活を捨てたくないってのは多いのだろうが、最悪は1銭も手に入らないような人生になる覚悟で権力に噛みつく芸能人も現れてほしかったと思う。(実際には現れていたのかもしれないが)

 

たとえば三浦〇馬や竹内〇子なども不審ではあるし、今となってはHI〇Eとかもどうだったんだろう…と思ってしまうし。

 

 

たとえば、現在では元芸能人というか、そこそこ有名な人がSNSで国民側について発信してくれているのを見かけるが、やはり時代も変わって発信しやすくなったのかもしれない。

あるいはコロナ禍など、時代と、あと年齢も含めて、吹っ切れたのかもしれないし。

 

ただ心ある人間は、芸能人でも正しい発信をしているように感じる。

 

 

 

ちなみにビジウヨの見分け方だが。

対象が統ー教会と関与しているかどうかを調べれば一目瞭然である。

統ー教会と言っても、一枚岩じゃないので、当然だが別のワードでも調べる。

まあ、こんなのはよっぽどマヌケでないかぎり、ふつうは知っていると思うが。

 

統ー教会のほか、日本〇議、勝〇連合、サンク〇ュアリ、勝〇会、新しい歴史教科書をつくる会など。

この界隈は、隠れ蓑みたいにアホみたいに大量の団体を作って、あちこちに分散して所属しているが、だいたいが「われわれは統ー教会とは関係ありません」みたいなこと言っているが、ほとんどが同じ思想であり、裏では全部つながっていると推測できる。

 

 

最後に一つ言っておくと、政治界隈でよく言われていたプロレスの話。

実際に右と左が机の下で手を結んでいて、茶番劇を行っているというヤツ。

 

実際に、よくリベラルを悪として叩くためのネタに使われる「弱者ビジネス」だが、あれもおそらく独立したリベラリストが悪人でそういう悪さをしているというよりも、目立ってるのは右翼保守界隈に潜り込んでいるビジウヨと呼ばれるカネの亡者が、自分たちの潜り込んでいる保守という界隈を国民が支持するように、よりリベラル的な思想は悪いヤツしかいないという洗脳のために、そちら側にも入り込んでいるという図式である。

これもいわゆるプロレス。

 

たとえば痴呆のバイデンをトップに君臨させ、悪事を働かせて、人々に批判をさせて、共和党のトランプがそれを倒して、英雄として人々を守ったみたいなストーリー。

これはすべて計画されたもので、そもそもバイデンは何もわからず、ただそこに置かれていただけである。

 

この時点で分かると思うが、そもそも民主党のトップを誰にするかコントロールしている側も、結局は共和党のトランプを押し上げる計画だったと考えられ、おそらく共和党と民主党は裏で同じ勢力が操っていると考えるべきである…ということである。

 

「トランプを世界中に人間が支持する英雄のようにしてアメリカ大統領にしたいから、そのために悪役としてバイデンを民主党のトップに添えて、コロナにおける問題で国民や世界の人々から批判をうける立場として潰し、さらに民主党へも批判を向けさせる」みたいな計画。

 

さらに、トランプが政権に君臨した直後、真っ先にやったUSAID解体。

あれもたぶんリベラルが悪という報道で、『世界中に「人助け」や「人のため」という思考が悪』という認識を植え付けるためのパフォーマンスにすぎなかったと見ている。やっていたのもリベラリストではなく、おそらくすでにカネの亡者が、USAIDに潜り込んでいたのではないかと僕は考えているが。

 

この「人助け」や「他人のため」というような認識に否定的な人を増やすのがおそらく目的で、それはコロナ禍でもやられていた。

みんなよく知っている「思いやりクワチン」である。あれも今思えば、おそらくリベラル思想を破壊するための罠であったと考えられる。

やっていたのは、おそらく統ー教会関連の勢力。そこに加担している手下みたいなのだと推測している。

 

さらに動画広告で、そのあたりから「反共主義」とか「反リベラル」みたいな書籍販売ビジネスも横行していた。

これらもすべて統ー教会と思想がつながっている。

また、こういった書籍販売ビジネスを広告でやっているのは、だいたいが今の自称愛国界隈。つまりは右翼、保守と呼ばれている側のビジウヨどもだろう。

そしてそっち界隈に騙されて支持している支持者が、そういう本を買うわけだが、そういうのが応援しているような人間が書籍販売をしているわけだ。

たとえば川添〇子だとか三橋〇明だとか藤〇聡だとか藤井〇喜だとか。

こいつらみんな統ー教会に関与しているわけだが、自称愛国者は知っていただろうかね?

たとえば藤〇聡、日本〇議とか、三橋〇明、勝〇会とか。そうやって検索するとだいたいヒットする。

 

 

ともかく、誰が茶番ではないかを、国民全員が見極めなければならない。

僕はあえて山本太郎アンチに対しては、山本太郎しかいないとは言わない。

せめて自分で、もっと俯瞰して調べてくれと。

 

たとえば僕は共産党や社民党なら、ある程度信用してもいいと思っているわけだから、どうしても太郎がダメなら、そういうところを視野に入れてもいいだろう。

 

 

太郎のアンチでもない人間は、自分が自称愛国者のデマに騙されてないか、すこし冷静に調べてみてほしいと感じるわけだが。

太郎は調べればわかるが、現状ではこれといった致命的な証拠がほぼ出てこない。

 

たとえば、かなり狡猾な酸性党の神谷などでも、やはりすぐにバレて、さまざまな確定情報が出回ってしまっているので、それを考えるとここまでクロい証拠が出てこない時点で、僕は太郎は本物だと思っている。

 

まだ、れいわ、太郎をよく知らない人は、是非ともこの機会に、太郎とれいわについてもう少し丁寧に調べて、そして考えてほしいと思う。