黒川敦彦
なんか「れいわ、三橋、高市の信者は、これに答えられない」としてケンカを売っていた。
ついに黒川は、既得権益に魂を売ったのか?
まず、そもそもの「れいわ新選組を、三橋や高市といっしょにすんな」って話だが。
三橋はビジネスでやっているので都合で裏切ったりデマを流すと思うし、高市はそもそも積極財政って言葉だけで実際には積極財政ではない。
もう、れいわを三橋や高市と同じかのように発信している時点でアレかな?
根本氏に抜けられて嫉妬してるんかな?
誰もまともな戦力がいなくなってしまって、裏切った根本氏がれいわを支持し始めたから、復讐でも始めたのか?
ともかく。
黒川の質問は以下。
①2035年の日本の責務に対する平均金利と利払いの総額は、いくらだと計算している?
②r(資本収益率)>g(経済成長率)なのに、どうやって積極財政の財源をGDP成長で返済するの?
これまでれいわ以上の積極財政アピールだった黒川が、どういうつもりで積極財政そのものをディスり始めたのか知らんが。
ちなみに。
たしか黒川は月10万のベーシックインカムみたいなことを昔から言っていたよね? 間違っていたらすまん。
だがれいわはベーシックインカムとは言っていない。あくまで毎月ではなく、季節ごとの給付金。つまり3か月に1回。
それも経済が活性化し、国民の生活が安定してきたり、インフレ率が2~3%を目安に考えて、一定の水準まで増えてきたら増税というような、税で経済をコントロールする方法を提案している。
どちらも国債を国民に配るという部分に当ててはいるが、考えもなしに配ろうとしている黒川と比べて、れいわは配るのも季節ごとだし、それも国民の生活が安定するまでで、安定してきたら税で搾り、また経済が怪しくなってきたら配るという、その状況ごとに税を増減してコントロールするという方法なので、黒川ごときが「積極財政のれいわや三橋、高市信者」とか煽ること自体「おまえが言うな」っていう話がまず前提ね。
で。
僕はそもそも、経済学者でも何でもないし、山本太郎や、その他れいわ議員はもちろん、僕よりも頭が良かったり、知識が豊富なれいわ支持者、あるいはれいわ支持ではなくても、学がある人と比べたら無知な人間なので、ぶっちゃけ正確には答えられないというか、「絶対にこうだ」っていう反論はできない。
なので、まあ実際にこの黒川の質問に、どう答えるのかは興味はあるし、逆に論破して欲しいと思うので、個人的には質問してもいいと思っている。
ただ太郎は療養中なので、ほかの議員がどこまで答えられるかだが、長谷川ういこ氏あたりが、答えられそうなら個人的にも誰かが質問するのはいいと思っている。
仮に支持者ではなくてアンチが質問しに行くかもしれないしな。
とはいえ、いちおうこれまでれいわを支持し、太郎の話をよく聞いてきた僕としての考えと価値観をもとに、ある程度調べたうえでの個人的な回答を書いておこうと思う。
まず2035年の日本の責務に対する平均金利と利払いの総額については、僕みたいなド素人はよくわからない。
ただ2026年度の予算案では国債費(利払いと償還費用)は増加傾向にあり、予算全体の中でもかなりの割合を占めているという指摘がある模様。
たとえば2026年度の予算案は122兆円超で、そのうち国債費は前年より3.1兆円増加しているという分析もあるらしい。
この傾向が続けば、2035年には利払いがさらに膨らむ可能性はあるが、具体的な金利や総額の予測は金利動向や経済成長率、インフレ率など多くの変数に左右されるから断定は難しいと考えられる。
続いて「r(資本収益率)>g(経済成長率)」についての意味と反論の余地だが。
この式は経済学者トマ・ピケティが有名にしたもので「資本収益率(r)が経済成長率(g)より高いと、富の集中が進む」という理論らしい。
黒川的にはこの理論で考えると「経済成長で借金を返すのは無理」と言っているということだろうか。
しかし、政府の借金と民間の資本収益は別物である。
rは主に民間の資本収益率を指しているなら、政府の財政運営とは直接リンクしないこともあるのではないか、と。
そして、自国通貨建ての国債なら返済不能にはならないのではないかと考えられる点。
日本のように自国通貨を発行できる国は、理論上、財政破綻しないという現代貨幣理論(MMT)もあるわけだが、個人的に思うのは「敗戦国であり、米の植民地的な立場にされている日本が、果たして自国通貨発行権を自国のために使うということを、米が許すだろうか?」という懸念のほうが気になる。
さらにインフレと税制で調整可能という事実。
太郎がいつも言っているように、インフレが過熱すれば税で吸収するという考え方は、実際に多くの国で採用されている。
積極財政は「間違い」なのか?
黒川の指摘は、金利上昇や将来の税負担増を警戒してのものだと考えられる。
単純に考えれば、これは確かに一理あるというのが事実だろう。
高齢化社会によって社会保障費が増え、財政の持続性が問われている状況では、一般的には黒川が間違えているわけではないとも言えるだろう。
だが「世界中が借金で経済を回している」というのも事実であり、アメリカもEUもコロナ禍で大規模な財政出動をしてきた。
過去からもずっと世界の国々は、どこも財政出動をしまくっていたはずである。
理屈上は日本もそれができる国のひとつという事実もあるわけだが。
だから黒川の主張は「財政規律を重視する立場」という観点で見れば比較的正しいと言えるかもしれんが「経済を活性化させるための積極財政」という視点から見れば、れいわ新選組の考え方にも合理性があると考えられる。
どのリスクを重視するか、どの価値観を優先するかの違い。
そして上記は「今の世界の経済システムにおいて、これまで通りの資本が過剰搾取しているルールをそのまま適用した場合に限ってである」
…というのが、個人的にいちばんしたいツッコミである。
肝心なのは、上記は「これまでの資本が勝手に自分たちに都合よく設定したルールを、これからも守り続けて莫大な税金などを払い続けることが前提での話」であって、仮に「そのルールを変更できるなら、話は変わってくるのではないか?」という話が個人的な経済音痴の回答である。
今の経済構造が資本に有利にできているというのは、多くの経済学者や市民運動家も指摘しているところ。
そして、いまや比較的多くの普通の人すらも世界の支配構造における搾取に気づき始めている。
特に日本では、消費税が逆進的(所得が低い人ほど負担が重くなる)である一方、法人税の実効税率は長年下がってきた。
これは、れいわ新選組が昔から提示し続けてきた、財務省のデータにおけるグラフから、間違いなく穴埋めとして使われてきたと考えていいと僕は思っているわけだが。
また大企業が輸出戻し税などで実質的に消費税を還付されている構造もある。
これが「消費税は庶民にだけ重くのしかかる税」と言われる理由のひとつでもある、と。
だから税制の再設計、たとえば「消費税の減税」と「法人税や富裕層への課税強化」を組み合わせることで、財源を確保しつつ、格差是正や経済の底上げを図るというのは理にかなっているとも言えるはずである。
さらに積極財政を行う際に重要なのは、「何に使うか」と「どのタイミングで引き締めるか」である。
景気が冷え込んでいるときに財政出動して、需要を喚起し、経済が回復してきたら徐々に税で調整する。
これはまさにケインズ経済学の王道であり、いつも太郎が言っていた「インフレ率が一定水準を超えたら税で吸収する」というのも、まさにその考え方に沿っていると言える。
だから「資本の偏りを是正しつつ、状況を見ながら柔軟に財政運営をする」という視点での考えも考慮すれば、積極財政を現実的に成立させるための重要な視点だと考えられると思うが。
実際にこれまでの統ー教会が関与してきた長期自民政権における財政出動は、全部を軍事費用に充ててしまっているのだろう??
アホみたいに国債を刷り、そのほとんどをアメリカ様の武器を買うために貢いでいると認識しているが???
そもそも、その「これまで軍事費に充ててきた大量の国債を、ふつうに国民の生活に充てること」で「今と比べて国民への給付分をすべて余分に追加で国債発行しないといけない」というわけではないだろう。
あくまで「武器とか言うゴミに無駄なカネを払わない」という選択をし、その分を国民の生活の底上げに使う。そして、それに加えて消費税を廃止することで、国民の生活は楽になり、経済は活性化する…というのは理論上事実だと考えられる。
そしてインフレ率の話だが、普段から太郎が話しているように、おそらく2~3%を目安に調整していれば、ハイパーインフレになることはないと僕は考えている。そもそもの、このインフレ率の変動においても、明日とつぜん跳ね上がる…とかではなく、徐々に増減すると考えられることから、比較的余裕をもって僕は調整できる…と、太郎の話を聞いて思っているわけだが。
ただ現状で、黒川の言い分だと、すでにインフレ率が2%くらいになっているんだっけ???
僕はそのあたりを調べてないから知らないが、そもそものインフレと言っても「デマンドプル型」と「コストプッシュ型」があるわけで、この後者の場合はスタグフレーションに移行してしまう恐れがあるが、だからこそ積極財政による調整で、デマンドプル型のインフレを目指す必要があるわけじゃないのだろうか?
そしてインフレ率が2~3%を超えて、ハイパーインフレのリスクが発生してきたら、そこで増税をして調整しながら、国民の生活を安定化させていけば、普通にできるのではないか?
もちろん実際の政策運営には政治的な駆け引きや国際的な信用の問題も絡むが、「今のルールが絶対ではない」という視点を持つことが重要だ考えている。