やっぱり山本太郎はいい | オトシンブログ

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いつの間にか陰謀めいた事を発信するようになってしまった跡地です。

オトシンです。

 

れいわ新選組の動画です。

 

その中のいちシーン。

 

このグラフは初めて見ました。

 

最近はあまりれいわの街宣やおしゃべり会を見ていなかったこともあるんですけど、このグラフって昔は使ってませんでしたよね。

 

ちょうどこの話のきっかけとなった質問は「大企業や宗教がバックにいる政党というのは、どういうことなんでしょうか?」という、れいわ支持していれば耳にタコができるほど聞いている内容なので、僕はもう聞かなくても関係ないなっていうつもりでいたら、ちょっと初めての情報が出てきたので「おお」と思って記事にしている感じです。

 

この手の話って、これまでいつも話していた消費税と法人税の関係性の話とか、企業献金やら組織票などの話からもちろん入っていったんですけど、終盤で上記の画像にあるような話になっていって、僕これは初耳でした。

 

1997から2023までの企業売上高は横ばい。なのに経常利益は4.2倍まで右肩上がり。

山本氏は「おかしくないですか?」と。

さらに配当金が8.4倍以上と…。

 

まあすべてを物語ってるグラフですよね、これ。

 

 

山本氏はこれでも「大企業や宗教は、ルールに則ってやっているだけ」と言っていますが、そもそものそのルール作ったの誰やねんって話と、ルールさえ守っていればどんな手段使ってでもカネを儲けることについて批判されないのかってのは思うんですよね。

 

もちろん山本氏の言うように、そもそものルール上で問題ないわけだし、間違ってないわけですよ。

ただ、その結果として消費者に健康被害を与えたり、だましたり、要はテレビのプロパガンダと同じで、信じ切っている消費者がわざと勘違いするように紛らわしく、かつ、できるだけ気づかれないように、批判されないようにうまいことやるとかね。

まあ医療利権も戦争利権もそうですし、自民、小泉進次郎などのソーラーパネル推し利権などもそうですよ。

何でもかんでも利権で、カネのために大勢多数の何も知らずに生きている人々をだまして危害を加えてカネを奪い取るような行為って、それを「ルールに違反してないから」で済ませていいんか??と僕は思うんですけど。

 

仕事っていうなら、本当はカネよりもまずは社会貢献。人が求めているもの、環境にやさしいもの、地球で人類が文明を築いてこれからも共生していくうえで、ちゃんと自然を破壊せずに需要あるものを提供して、その見返りにカネもらって他人より贅沢な暮らしをすればいいんじゃないのって思うんですよ。

 

なので個人的には、そのあたりはもう少し強くいってもいいとは思いますけど、まあ言っていることはすべて正しいと思います。

 

 

それにしてもわかりやすすぎじゃね…? って思うんですけど。

何なん?配当金8.4倍以上って。

 

もちろん株主にとってはうれしい話なんでしょうけど、僕は過去記事でも株式のシステム自体をぼろくそ批判していて、そもそものほとんどの株主の目的が事業内容じゃなくて、カネもうけだって時点でお察しというかね。

 
こう言うと「カネもうけの何が悪いんだ!?」って言ってくるアホが絶対に沸くんだけど、別にカネもうけが悪いと言ってるわけじゃないんですね。特に今の経済システムじゃお金がすべてみたいなところがあるから、下手をすると「稼げない=死」っていう状況すらあるわけだから、そのくらいカネが支配している世の中でカネもうけはダメなんて言う気はさらさらないんですよ。
 
それからやっぱり株式システムの都合上、投資家っていうかカネを現時点で握っている人間が投資をしないと、大きな仕事をしたい人ができないわけでしょ?
だからシステムそのものが変わらない限りは、カネもうけも悪くはないし、投資も誰かがしなければならないから、行為自体は間違ってないと僕も思ってますからね。
 
 
ただ、カネが先か、社会貢献が先か、っていう価値観とか倫理観の問題だと思いますね。
「仕事って何??」っていう。
 
 
たとえばさ。
今の社会でもいるみたいだけど、いわゆる暗殺者みたいなの。人を殺してカネを稼ぐっていう仕事。
あれらは利権などに寄生している悪い人たちが、都合悪い人を亡き者にするためにカネで解決しようとした結果と、そういう欲望のためにカネを出すゴミがこの世にいるってことを知っている人間が、あえてそういうクズを商売のターゲットにした結果のたまものだろうけど、多くの人はそれを許容したいか?って話。そういうのがまかり通っている社会を放置するべきと?
自分が殺されるわけじゃないから?なぜわかる??
他人なら殺されてもいい?仮にそれが罪がなかろうが、自分が殺されるわけじゃなければいいって思ってるの??
っていう疑問って、僕は↑の話と一緒だと思ってるって話ですかね?
 
もう少しわかりやすい例でいえば、「あなたたちは転売ヤーを『当然の仕事だ』『よく頑張って稼いでるな!』」…って思ってる?
たとえば、何も知らない罪のない人間を騙して1000万円奪い取った詐欺師を「君はよく稼いでいて偉いな!」「1仕事で1000万円も稼ぐとは優秀だな!」っていう??
そういう話だと思ってるってことですね。
 
でも転売ヤーにとっても、詐欺師にとっても、彼らにとってはそれが『仕事』って認識でやってるでしょ。
でもそれって人間社会の多くの人たちにとって有益かどうかって話なんですよ。
 
 
たとえば、あたりまえですけど、原始時代にお金って価値はなかったですよね。
おなかはすくし、人間食べ物は毎日食べるわけだから、自分で作物をつくりたいと。
 
今の仕組みだと土地がない貧しい人は、農業する土地を手に入れることすらできないわけですよ。
作りたい。でも土地がない、と。
 
まあ今の世の中の価値観でいえば、「そこら辺の使ってない畑の持ち主に借りる」とか「補助金制度を使う」とかいろいろあると思うけど、そういうのとは別のベクトルの話です。
今は「カネがないと何もできない世の中にされている」って話ね。
 
もちろんこれも前記事で書いた気がするけど、不法侵入とかいろいろ犯罪もあるから、土地の所有、不法侵入っていう罰則自体を批判するつもりもないんですけど、そもそものカネがなければそんな醜い犯罪は少なくとも今の時代ほど存在していないとも言えるんですよね。
要は犯罪も何もかも、カネが欲しいばかりに生み出された悪であり、すべての現況がカネ絶対支配社会って部分にあると思っているって話。
 
 
かといって僕はジョウモン信者みたいに、科学は悪だとか、カネのない世界が正義・・とまでは言う気もないです。
お金っていうツールは腐らないので、あれば便利ですけど、まあ近年いろいろとはがれてきたメッキというか、その価値の問題ですね。
要は「なぜ今の時代、金の価値が飛躍的に上がってるのか」ってところとつながってますけど、本来の今僕らが使っているお金って価値ないんすよね。
1万円なんてただの紙だから。
 
どこかの支配している側が勝手に刷った1万円って書いてある紙を「はいこれ1万円ね」って言って、1万円分の価値がありそうなモノと等価交換させている状態ですね。
なので価値がなくなったとき、だれもそんなお金なんて欲しがらなくなるって話。だから価値が一定以下にならない金の価値が上がっているってことですね。金ってカネじゃなくてキンね。金属のキン。
 
つまり、この超拝金主義社会ってのは、さいしょからカネが約束されている連中が、自分たちだけ都合がいい社会になるように設定した世界で、僕ら労働者は基本的にタダ働き同然で働かされている状態って言っても過言ではないかもねって話です。
 
まあ、一応それでもね。一般的な会社に勤める正社員は、状況や地域、会社によっては、何の不自由もなく生きられて、土日も休めて、お金は固定給が約束されていて、社会保障も会社が面倒見てくれるって、ある意味で超特権でもある状態でいるので、それを奴隷と思わないならそれでもいい人はいいかもねって思います。
 
実際に僕も、もし例の感染症とか注射の件がなければ、そういう最下層の生活で満足だと思ってましたから。
 
ただ、それらがエスカレートして、世界の人類を虐サツしようとしているみたいな話を聞くようになったり、それが予言とか陰謀論、あるいは歴史書、さらには史実なども含めて、いろいろと不自然な真実があることにも気づいたことから、単純にこのままでいいんかって思うようになった結果、株式システムにも疑問を持つようになったってだけの話です。
 
 
何も気づいてない人からしたら、まあ支配者たちから見たらタダ働きしてくれる体のいい奴隷に見えていても、本人は奴隷扱いされているなんて自覚はないと思うし、それでしあわせならそれでもいいかもねって思うんだけど、そういう人間って例の注射を疑うっていうことすらできずにいるわけだから、もう7回も8回も打っちゃってる人のほうが多いんでしょ??
 
ちなみに「俺様は注射は回避したぜ!」って喜んでる人。仮に何も気づいていないのに、たまたま注射だけ回避して、注射の危険性だけは目に入ってきている状態の人だと、自分は危険を回避したってドヤっている人も多いと思うんだけど、あれって例の注射だけじゃないから。たとえば歯〇者とかって何かあるよねって思うし。
 
 
話がだいぶ脱線しちゃったけど、僕が途中かられいわ新選組の支持ではなくなったのって、ふつうにアンチ化したとか、嫌いになったとか、山本氏が劇団員だと気づいたからとか、そんなロクでもない理由ではなく、単純にれいわ新選組が陰謀論に対してさすがに無視しすぎな部分があって、気づいた時には遅すぎることもあるから、現行でそのあたりの陰謀というか計画に感づいている節がある参政党を支持している側にいるってだけの話です。
 
それでも僕は参政党よりれいわのほうが好きだし、政治家のなかでは山本氏が一番好きなのは変わりません。
 
たとえば、参政党とれいわって、実際にはどちらも「国民がバック」という点では同じなんですよ。
じゃあなんで支持層が違ったり、支持層でケンカ気味なやつらが混じってるのかって、それは価値観の問題ですね。
 
実際にはどちらも似たようなスタンスなんですよ。
国民の生活、健康安全を第一に考えているという面では同じ。
 
れいわは経済政策を特につよくいっていますけど、それは消費税のカラクリや、国債のカラクリなどを考えたとき、今の経済システムだと日本はどこよりも豊かな無税国家で、ベーシックインカムを配布しても全然やっていけるくらいの恵まれた国であるにもかかわらず、それができてないから自民を引きずりおろして、予算としては国債などを利用して、景気によって税金を変動させて国民を豊かにして国を立て直す方針を立てているじゃないですか。
まあ山本氏はベーシックインカムはさすがに非現実的と言っているので、逆にリアリティがあるというか、彼なりの算段はふつうに立てているんだと思いますよ。実際に季節ごとの給付金くらいなら可能って言ってますしね。
 
ただ参政党も、国民の生活が困窮していることを把握しているので、経済対策についてはたとえば消費税減税は掲げていると思うし、ベクトルは一緒だと思います。
 
参政党はどちらかというと教育や、古きよき日本の文化を守るっていうスタンスが強いじゃないですか。
でも、れいわも教育については無償化などをあげてますし、「昔の強い日本をもう一度」って言っているわけで、ふつうに教育の改善や日本の文化を守るというスタンスは同じはずなんですよね。
 
 
じゃあ、なんで互いに罵り合う馬鹿な党員どもがどちらにもいるかって、それはおそらく憲法の部分、そして外国人に対する対応の部分じゃないでしょうかね?
創憲という憲法を作り変えることを目的としている参政党と、今の憲法を守り切ることを目的としているれいわ新選組。
憲法のあり方に興味がない人からしたら「どっちでもいい」って思っている人もいると思うんですけど、ここを重視している人にとっては反対意見は売国らしいですから。
 
ちなみに僕はどっちの主張も意味があると思っています。
たとえば「今すぐに改憲、あるいは創憲」などというなら、それは僕は批判すると思います。
参政党は少なからず、今の自民みたいに「権力の座にいる人間が勝手に・・」とは思ってません。というか表向きにはそうは言っていません。あくまで「国民全員で考えて、もっと完ぺきな憲法にすべきだ」っていうスタンスだと僕は認識しています。
すぐにではなく、仮に政権をとれてからがスタートっていう認識じゃないでしょうかね?
おそらく、少なくとも今の自民のような党が政権を牛耳っていて、政府が国民からの信頼を失っているような状態で憲法に手を付けるべきとは考えてないと僕は認識しているんですね。
 
一方で、れいわは護憲派だったと思うので、まあ今の憲法を守りきる派ですね。
これはこれで安心感はあるというか、少なくとも博打にでる必要性がないので、僕も無難だと思ってます。
なのでギャンブルをしないなら、僕もどちらかというと憲法系はれいわ派なんですよ。
 
でも、GエQが憲法に細工をしたらしきことを知ってしまったので、そういう穴があるのなら、それを国民で徹底的に探して、権力が暴走しないように、今よりも強固な憲法を作る必要があると思っています。
たとえば政府など権力者にはいかなる場合でも憲法を変える権限を持てないようにしてしまうとかね。
変えるには国民の同意が必要であり、その方法に不正が用いられたり、しないものを提案する必要があったりなど、考えることは多いと思いますけど、僕はいずれ憲法は変えるかどうかは置いておいて、どこかに穴がないか国民が全員で真剣に考える時期は必要だと思っている派なので、そういう意味でいえば参政党の方針にも反対じゃないんですよ。
 
 
一言に「創憲って言ってるから悪」だとか、「護憲って言っているから悪」とか、そういう単純な話じゃないと思うんですよ。それは二元論なんです。
それに加えて、改憲といっても「いつの話」なのか、あるいは「どういう状態になったらなのか」とかって、その一言だけじゃわからないじゃないですか。
「いずれ憲法は変えるべき」ってスタンスの人間が、「今はまだ変える時期じゃないから護憲派と名乗るのか」あるいは「今はまだ変える時期じゃないけど、いずれ変えるべきだと思っているから改憲派を名乗ってるのか」、はたまた自民のような売国であれば「国民が批判しようが今すぐにでも改憲すべき」って思っている輩もいるわけでしょ。
 
中身を考えずに、表面に見えてる2文字だけで黒か白か決めている人間が山ほどいるから、たとえばこの改憲、護憲の話ってとらえかたで勘違いされているところが出てきていると思ってます。
 
 
あとは脳みそが単純な人が多いことで、まじで厄介なのが恐らく外国人の扱いなんですよ。
れいわって、よくアンチが批判する理由って「外国人優遇」だと思い込んでいるってことです。
僕はもともとれいわ一択で支持していたので、めっちゃ演説を聞いていましたけど、山本氏は何も外国人を優遇なんてしていませんし、どちらかというと日本人の生活を第一に考えていると言っていますよ。
 
まあそれが嘘かどうかは知りませんが、平気でうそをついていいなら、そもそものたとえば百田とか。あそこまであからさまな棄民政策や売国政策みたいなトンチンカンな主張して、いろいろ知っている人に馬鹿にされずとも、誰にも売国がわからないように狡猾な嘘をつきまくっていればいいはずです。ぶっちゃけ心にもないことを。
わかりやすいところだと、自民のガス抜き要因と言われている西田氏とか、あるいは高市氏もその可能性は高そうですよね。
 
ただ基本的に自民といえどもそう嘘ばかり言ってるわけではないと思うのは、岸田氏などわかりやすいですが総理になる前と後で言っていることが180度変わってしまっていることが多いです。あれはおそらく大企業からの脅しというか、脅迫を受けているから、従うしかなくて言っていることが変わってしまった例ですよね。
 
 
だから、れいわや参政党のような、企業に「カネ出したやろ!」とか「票いれてやっただろ!」って脅されないための国民バックな政党に可能性があるというか、そういう国民にしか忖度していない政党でなければ、国家のためじゃなくて、自分の企業や宗教っていう個人の利益のための政策を命令されてしまうわけですよ。
 
そもそもの、そこがシンプルな分け目ですよね。
たとえば維新も表向きは「身を切る改革!」とか言ってますけど「それって国民の身を切るってことだろ」って言われていますし、「ベーシックインカム」とか言っていますが、そもそもの威信は裏にパソナがいるので、国民のためのベーシックインカムではなく、搾取のためのベーシックインカムを実行してくることは確実です。なぜならあそこは竹中平蔵がバックにいるからですね。
 
 
百田んところもわかりやすいですが、あそこは完全にバックは自民党ですよね。
自民がバックってことは、当然ですけど統一教会や、自民のバックである大企業たちがその飼い主ってことでしょう。
 
 
まあともかく、まずはバックなし政党であることを徹底的に調べることですね。
たとえば、わかりづらいように細工をして、バックなしと見せかけているところもあるかもしれませんし。
ただ、どこかから多少援助してもらっていても、その援助先が今の社会が気に食わないから、可能性のあるれいわや参政党に援助したって可能性もあるので、何でもかんでも「それバックやろ!」って決めつけるんじゃなくて、本当にどこかになびいてあとからいろいろと脅されるような状態にないかって部分を見るのが、いちばん手っ取り早いんじゃないですかね。まあそれでも確実にはわからんのですが。
 
 
今のところ有益な感じのところは、れいわと参政党、あとはごぼうとかですかね?
ただ、どこも一癖二癖あり、場合によってはどこもグレーなうわさを持っているので、信じ込みすぎも危険ですが、今から無名の人間やカネのない人間がいきなり党を立ち上げてどうにかなる状況でもないと思うので、やはりインフルエンサーレベルの人間が立ち上げたところを信じるしかないんですね。
 
信じられないから、どこの政党も応援しない。
まあそういう人もいますし、それは自由ですけどね。
 
ただ「じゃあどうするの?」ってことになるんだけども、たとえば「農村コミュニティを作る」みたいなことをしている人たちも増えています。
 
ですが僕は、それはひとつの変化としてありだと思うんですけど、今の権力から逃げてひっそり山で暮らすことってのは、結果的に負けなんじゃないかと思うんですよ。
これまで人類が生み出してきた技術や文明ってのは、支配者や富裕層の手柄ってわけじゃないでしょ。
どちらかというとむしろ労働者たちの手柄ともいえるんじゃないでしょうかね?
 
それを捨てて、自分たちが山に逃げ込んで、原始的な生活をするって、どうなの?…とも思ってるんですよね。
もちろん僕もいろいろ知ったので、自然農は大事だと思うし、農薬などを限りなくなくす世界にすべきだし、自然を守る文明であるべきだと思うし。
 
だけど例えばテレビも映画も漫画もインターネットも。今は支配者の息がかかったモノだからとか、カネが流れてしまうからとか、いろいろな理由で不買い運動などしている人も多いと思いますけど、あれらの技術は悪い人たちが何かの利権に利用しようとして、人々に危害を加えようとした結果の今だと思うんですよね。
 
たとえば添加物だって、政府がわけのわからない添加物ボーナスみたいな意味不明な給付金さえ出さなければ、消費者の健康を著しく損なう量の添加物まみれにするメリットがなくなるわけだから、そういう商品もなくなっていくわけでしょ?
そもそも企業側が「そんな飴玉に屈して消費者の健康と引き換えに政府に魂売るなよ」って思いますけど。
 
それにまあ、今の企業だって別に全部が全部、消費者に危害を加えようと思っているところばかりではないと思うんですよね。
あくまでおいしいものを作ろうとしたり、よろこばれるものを作って、それを買ってもらって儲けようとしている企業もあると思うんですけど、たとえば食べ物だとすでに農薬まみれの野菜を某国などから大量輸入させている政府のせいで、そういうところからの被害が入ってきちゃったりとかね。まあいろいろあると思いますので、全体を正常化すれば何も気づいてない企業の多くはまともに変わるはずだと思うんですよ。
 
映画やテレビやスポーツも「3S政策だ! 悪魔の罠だ!」とか言って全否定している人が多いですけど、別に作ってる人たちは本気で面白いものを作ろうとしたりしていることの方が多いと思うんですよ。
実際に僕らは5感で感じるものすべてまで、全く違うように感じるように操作されているなんてことはないと思うし、僕が映画を見て楽しくて笑う感情も、感動して泣く感情も、僕は価値のある勘定だと思っていますし、創作物すべてを否定することはないと思うんですね。
 
もちろんね。5次元なんてものが本当に存在して、今の僕らじゃわからない感覚があって、その場合に本当に今の3次元で僕らが体感している感情がすべて無意味なのだとしたら、僕らの世界は何のために作られたのかってことになっちゃいますよね。
だから僕は映画を見て楽しむのも、スポーツを見て楽しむのも、音楽を聴いて楽しむのも、もっとみんなが今より時間を割いて楽しめないとおかしいと思ってるんですよ。
 
正直、カネを稼げるか稼げないかなんてのに人間の価値の差は僕はないと思います。
それよりも、より多くの感性を刺激する作品を見たり聞いたりして、笑ったり泣いたりして、現実じゃ体験できないような感動も得て、そういうもののほうがたぶん、カネを稼ぐっていう行為よりも価値のあることだと思っているので、大勢がもっと自由に時間を自分のために使えるのがあたりまえの社会にならないと、いつまでたっても人類は次の次元になんていけないと思っているんですね。
 
話がそれちゃいましたけど、れいわ新選組、山本氏の主張は、今の拝金主義、株式資本主義の超競争社会というか、もはや出来レースの八百長奴隷支配社会って言ったほうがいいかもしれないような不平等な経済システムありきでの主張なので、もし今の経済システムが変わることないなら、一般の多くの人にとっては山本氏の主張が実現することによって生活は今よりも豊かになるし、日本も這い上がることは可能でしょう。
しかし、それはこれまでと同等の格差社会と同じルールでやっているだけなので、おそらくいずれまた争いが発生するでしょう。
また米国ドル崩壊したら、もう山本氏の主張する日本パラダイスな経済社会を実現することは不可能になりますが、現状で日本じゃなくて世界の借金ってどうなってるか知ってますかね???
 
よく消費税のカラクリや、経済の仕組みについて、国債発行権を独自に持つ国は自国で刷って、借金まみれになりながら経済を回せるから本来であればカネを刷れば解決するといっていて、これは事実だと思います。
実際に米国をはじめ、日本以外の通貨発行権のある国は当然のようにそうやっているらしいので。
日本だけが政治家に嘘をつかれ、それをテレビが報道しまたテレビに騙され、日本国民が国の借金が国民の借金だと思い込まされて、なぜか返させられているわけでしょ。そしてその多くがなぜか人〇しなどの犯罪集団の懐に流れているとかいないとか…
 
だから日本は無税国家になれるとか、いくらでもカネ刷れみたいな話が出てきていて、これはやろうと思えば可能なんですが、米国様というか、そのバックについている人たちが許さないって話なので、結局は「日本はどこの政党になっても一緒」ってのはそういうことなんだと思います。
 
だから参政党やれいわになったところで、おそらくあまり変わらないでしょう。
ですが、山本氏は「少しずつ変えていくべき」ってずっと昔から言っていて、それっていうのは今すぐ180度態度を変えてアメリカさまに逆らうとかそういう話じゃないんですよね。
「断れない部分とか、従う部分は従って、でも断れる部分は断り、少しずつ平等な関係にしていくべき」って言っていて、今の自民はこれができる人間がいないんだと思います。っていうかもうみんな骨抜きにされちゃっていて、たとえば殺されるのが怖いとかならまだしも、自分が出席できなくなるのが怖いみたいな「お前何のために政治家になったんだよ!?」って問いたくなるようなことで、靴ペロしちゃってるわけでしょ?
 
 
まずは企業献金や組織票みたいな何の国益にもならないクソルールがまかり通ってしまう状態を脱却して、そんなインサイダーみたいなカネのことしか考えてない動きは規制しないといかんと思うんですがね。
規制って国民じゃなくて、政治家のほうを規制すべきなんですよ。権力者はがちがちに規制しておかないとだめだと思います。
 
だってカネにものを言わせられる社会にしておくのであれば、カネのたまらない一般市民を規制しても意味がないというか、犯罪が増えるだけですからね。
そして何の国益にもならない無意味な逮捕者が増えるだけ。
 
しかし権力者の規制は権力の乱用も防げるし、カネ儲けのことしか考えないゴミクズみたいな人間が政治家になろうとするのを防げるわけだしね。
そもそも権力者にはカネも持たせるべきじゃないと思います。
 
「権力を手に入れるためにはカネをすべて捨てなければならない」ってルールは必要じゃないですかね。
今の目の前の庶民的な生活費・・・・いやいちばん最下層の給料で生活している庶民と同じだけは出るでいいでしょ。月5万でも10万でも。それが嫌なら、自分と同じ最底辺庶民の給与を上げるしかないわけだし。上げないと自分が一番底辺なわけだからね。
 
やっぱり政治家の給料は、国内のもっとも低い給料と同等にすべきですよ。
たとえばバイトであれば、1時間いくらとかも、そのまま反映すべき。
それが嫌な人間なんぞ、そもそも国の政治を任せていい人間じゃないわけだし。
 
 
ともかく、れいわ新選組は思った以上にリアリティのある政策というか、今の社会ありきで主張しているから実際には現実的でもあり、逆に見えない陰謀や、誰も気づいていない闇の計画みたいなのが本当にあったとき対処できそうにないから、個人的にはそのあたりで迷っていた感じですね。
 
単純に政党のイメージは一番好きだし、山本太郎氏は本当に政治家の中じゃ一番好きなんですよね。