続々・戯忘の悲哀 | 法友(とも)へ

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外道と邪道も意味が違う。

 

まあ、世間では凡夫という言葉に過剰反応するようだけど、凡夫とは一般人という意味である。

 

凡夫・外道という表現はオウムが言い出したわけではなく、単なる仏教用語である。

 

最近はなんだか変な世の中になってきて、多様性だか何だか知らないが、過剰反応は単なるPTSD、つまり自分で自分を傷つけているだけだ。

 

それを知る事が修行の第一歩なのだが、ま、どうでもいいかそんな話は。

 

そして、外道もまた凡夫同様に特別な意味はない。

 

外道とは仏教以外という意味でしかない。

 

仏教以「外」の「道」、それが外道である。

 

バラモン教もヒンズー教も外道であり、しかし、それらは仏教同様に真理である。

 

考え方は基本的に同じであるが修行体系が違っているだけだ。

 

 

それに対して、邪道は真理ではない。

 

真理ではない実戦で天へいく事は出来ない。

 

それがどんな実践であったとしても、天へ至るにはそこには必ず真理の要素が含まれている。

 

邪道にはそれがないのだ。

 

だから麻原は外道と歌った。

 

まさしく修行者ではないか。