第三段階。
メチルホスホン酸ジメチルと五塩化リンを反応させる。
五塩化リンの融点は167℃だが、塩素を完全に分離するためには300℃以上に加熱する必要がある。
ここまで高温になると、もはやオイルバスによる加温では追い付かず、バーナーを使って加熱する。
酸化力の比較では、アルキル基>塩素なので、普通にメチルホスホン酸ジメチルに塩素を加えただけでは反応は起こらない。
ところが、これが五塩化リンだとメチル基が塩素に置き換わる。
もともとリンには3本の手しかない。
なので、三塩化リンが自然な状態であり、安定している。
そこへ、残ったひとつの非共有電子対に無理やり塩素をふたつ結合させたのが、五塩化リンである。
五塩化リンは三塩化リンの安定した状態になろうとして、塩素を二つ手放す。
そこへ上手い具合に、メチルホスホン酸ジメチルが、その塩素を受け止めるための手を二本持っている。
かくして、メチル基は塩素に置き換わり、メチルホスホン酸ジクロリドが出来上がる。
塩素からフッ素、フッ素からアルキル基、そして再びアルキル基から塩素に戻る。
この循環は、化学の専門家から見れば常識なのかもしれないが、素人目には革命的に思える。
なぜなら、この循環を利用すれば、目的の場所に目的の物質を結びつけることが可能になるからだ。
事実、土屋はこの循環を利用して様々な毒ガスを作り上げている。
サリンだけでなくVXも、同じような循環を利用して作り出すことができる。
他にも、タブン、ソマン、シクロサリン、エチルサリンも、全てメチルホスホン酸の基本構造に、この循環を利用して作り出すことが出来るのだ。