三塩化リンは、融点-112℃、沸点74℃。
これなら常温でも簡単に反応しそうだ。
オイルバスを使えば、さらに激しく反応が進むだろう。
対してメタノールは、融点-97℃、沸点64.7℃。
こちらも問題なく、常温で反応しそうだ。
全体の流れを見てみると、これは有機リン系の毒物に共通する特徴なのかもしれないが、リンの持つ三本の手にマイナス1の電荷をもつ何らかの物質をくっ付ける。
そして、イオン化傾向の違いを利用して、ほかの物質に置き換える。
それは基本的には17族の元素、いわゆるハロゲンと呼ばれるものである。
また、メタノールやプロピルアルコールから水素原子ひとつが外れた状態、つまりメチル基やプロピル基も同じくマイナス1の電荷を持つため、これらと置き換えることができる。
これらの物質を混ぜ合わせて反応させると、より酸化力の強い物質がリンとくっ付いて、前の物質と入れ替わっていく。
これは高校で習う基礎的な知識である。
将棋で言うなら、基本定跡のようなものだろう。
ただ、それだけでは強い毒性を持たせることが出来ないようで、他にも若干違った手法を用いている。
同じハロゲン族で、しかし酸化力は弱いヨウ素を用いると、触媒としての作用で入れ替わるほどの反応の代わりに、部分的に結合が切れて酸素の二重結合が起きる。
また、五塩化リンが三塩化リンに戻ろうとするのを利用して、力技で塩素と入れ替える方法も使っている。
この二つは、定跡とはまた別の、手筋とでも言えるものだろう。
ここまでの考え方をまとめると、高校の科学の基礎的知識さえあれば、定跡に二つの手筋を加えてサリンの製造が出来るということになる。
これではまったく中川の言う通りで、誰にでもサリンが作れそうだ。
オウム事件から21年、今までにサリンが事件に使われていないのは、作ることがあまりにも危険であるからなのだろうと思う。
作ることは簡単でも、作ったが最後、まず間違いなく死んでしまうだろう。
後は、サリンを使ったサリン自殺とかが起こらないことを願うだけだ。
もしサリンを自殺に使われでもしたら、周りに対する被害は硫化水素の比ではないだろうから。