サリンの構造は、リンを中心に酸素の二重結合、メチル基、フッ素、プロピル基で構成されている。
その結合に利用されるのが、ハロゲン族とアルキル基である。
サリン全体を見ると複雑な構造をしているように見えるが、ひとつひとつの結合は単純なものである。
その結合は基本的に酸化力の違いによって、目的とする物質と置き換えるという方法をとっている。
1回で置き換わらない場合は、いったん他の物質に置き換える。
そうしておいてから、次の段階で目的とする物質と置き換えている。
酸化力の違いによる反応のしやすさは、おそらく次のようになる。
五塩化リン>アルキル基>フッ素>塩素>ヨウ素
この中で、もっとも酸化力が弱いヨウ素は置き換わるのではなく、触媒として使われる。
目的とする物質は、基本的にはアルキル基とフッ素であるが、五塩化リンを使っていったん外して塩素を結合させ、その後で再びアルキル基やフッ素を結合させている。
まるで詰将棋で、捨て駒をして玉の退路を断ち、その上でとどめに金を打つ、みたいなものだ。
土谷はサリンだけでなく、他にも様々な毒ガスを製造しているが、この酸化力の違いを利用して目的とする物質と置き換えるというような、化学の定跡や手筋とでもいうべきものを知っていれば、特に難しいことはなかったのだろう。
土谷はVXも作っているが、サリンとVXの構造の違いは、わずかに一か所しかないのだ。
化学の専門家から見れば、どうということはなかったのだろう。
それともうひとつ、土谷は分子軌道計算ソフトを使って、様々なシミュレーションを行っている。
それによって、どの薬品をどう使うのかを計算した。
このソフトは昔はなかったものなのだが、現在では高校の授業でも使われているらしい。
もしかしたらなのだが、全国の高校生の何人かは、コンピュータのシミュレーション上では、サリンの製造にすでに成功しているのかもしれない。