明け方にトイレへ行くためにコンテナの外へ出ると、地面には霜が降りていた。
4月とはいえ上九はまだ寒い。
液体窒素が残り少なくなってきたので、ボンベを交換する事にした。
数十キロはあるボンベを片側を浮かせて回転させながら運ぶのだが、プロの様には上手くはいかない。
特に段差には苦労をした。
これが一体なんなのか、常識的に考えてみれば答えはすぐに出る。
だけど、どうしてもその考えは頭の隅に押しやってしまう。
通常マスクや手袋は、人間の側の雑菌が培養液の方へ移るのを防いでいる。
しかし、今回はどう考えても違う。
そうでなければ、使用した水を溜めて蓋までする必要はない。
使用したマスクや手袋、ティッシュについても同様だ、ビニール袋の口を毎回閉じる必要はない。
だけど、やっぱり考えたくはない。
そこで中川が点滴をするときに、新しいイニシエーションだと言っていたのを思い出した。
そうだ、これは新しいイニシエーションの培養なんだと、自分に言い聞かせることにした。
今の時点でこの文章を読んでもピンとこないと思うが、まだこの当時はオウムは何の事件にも関わりがないことになっているのだ。
実はオウムには、遠藤が開発した細菌を使うイニシエーションが存在した。
シークレットイニシエーション(100万円のお布施)がそうなのだが、これは血のイニシエーションに代わるものとして開発されたものである。
麻原の血からDNAを取り出し、ベクターを使って大腸菌に組み込む。
いわゆる遺伝子組み換え技術である。
大腸菌を使うのはその増殖スピードが速いからである。
その大腸菌を大量に培養し、破壊して細胞壁を取り除きDNAだけを回収する。
それを冷凍保存しておいて、ミラクルポンドに入れて飲むのである。
見た目はただの氷水なので、これが普通の詐欺師集団なら富士の井戸水で氷を作って使えばいいだけだと思うのだが、オウムはこんなところでも手を抜かない。
はたから見れば麻原の遺伝子を培養することに何の意味があるのかと思うだろうけど、そんなことに遺伝子組み換え技術まで使って全力で取り組むのである。
まさに狂人の宗教家の面目躍如ではないかと思う。