俺は、
少し考えてから
口を開いた。
「ARっていうのが
欲しいです」
「AR……ですか?」
「ゲームにあるようなものです」
「ゲーム?」
「はい。
視界の中に、
いろんな情報が
表示されるんです」
俺は、
自分の頭の中にある
イメージを伝えようとする。
「例えば、
自分の体力とか、
状態とか。
地図も、
視界の端に
表示できるような」
「なるほど」
「あと、
一度歩いた場所が
地図に記録されていくとか」
「ゲームのマップ機能に
近い?」
「そうです。
まさにそんな感じです」
おじさんは、
頷きながら
書類に記入していく。
「表示される情報については、
どうしますか?」
「自分が知っていることや、
確認できるものだけで」
「知らない人物の正体や、
隠された情報まで
表示するわけではない?」
「はい。
そこまでできると、
さすがに便利すぎるので」
「分かりました」
おじさんが、
一つ目の項目を書き終える。
「次は?」
「AIです」
「これも、
ゲームにあるような?」
「ちょっと違います」
俺は、
少し考える。
「便利な機能が
欲しいというだけじゃなくて……」
「はい」
「話し相手に
なってほしいんです」
おじさんのペンが、
一瞬止まった。
「話し相手?」
「はい」
「具体的には?」
「分からないことを
聞いたら教えてくれる。
それだけでも
便利なんですけど」
俺は、
少し視線を落とした。
「異世界って、
知ってる人が誰もいない
じゃないですか」
「……そうですね」
「だから、
一人でいると
結構きついと思うんです」
おじさんは、
何も言わずに
続きを待っている。
「くだらないことでも
話せる相手がいてほしいです」
「……なるほど」
「今日あったことを
話したり。
これってどう思う?
とか聞いたり」
「相談相手のような?」
「それもあります」
俺は、
少し笑った。
「別に、
何でも答えてくれなくても
いいんです」
「ただ、
話しかけたら
返事をしてくれる」
「そういう存在が
欲しいんです」
おじさんは、
しばらく黙っていた。
そして、
書類にゆっくり
書き込んでいく。
「会話能力を持った
補助AI」
「はい」
「情報検索だけではなく、
日常的な会話にも
対応してほしい」
「お願いします」
「人格については?」
「……難しいですね」
俺は、
少し考える。
「人間そのものじゃなくて
いいです」
「ですが、
機械みたいに
淡々としているのも嫌です」
「なるほど」
「普通に話して、
たまには冗談を言ったり、
俺が間違ってたら
教えてくれたり」
「友人に近い存在?」
「……そうですね」
俺は、
小さく頷いた。
「異世界で、
さみしくならないように」
おじさんは、
その言葉を聞いてから、
一度だけ主人公を見る。
(……なるほど)
莫大なポイントを
手に入れた人間が、
最初に求めたものが
世界を支配する力ではない。
「分かりました」
おじさんは、
静かに書き込んだ。
「そのイメージも含めて、
希望として記録します」
「ありがとうございます」
「ただし、
実際にどこまで実現できるか。
そして、
必要なポイントが
どれほどになるかは、
まだ分かりません」
「はい。
それは分かっています」
おじさんは、
書類を見直す。
そして、
次の項目へ進んだ。
「では、
他にもありますか?」
「はい。
まだあります」
「それから……」
俺は、
もう一度考える。
「成長速度も、
少し上げてほしいです」
「先ほどの
成長しやすくする、
という話ですね」
「はい」
「どの程度を?」
「うーん……」
俺は、
少し悩んだ。
「努力すれば、
普通の人より
ちゃんと早く上達する。
でも、
いきなり天才みたいには
ならないくらいで」
「なるほど」
「頑張った分だけ、
ちゃんと結果が出るくらいが
いいです」
おじさんは、
その内容を書き留めた。
「成長速度を
適度に上昇させる。
同時に、
成長できる上限も
多少引き上げる」
「はい。
そんな感じです」
「分かりました」
おじさんは、
次の項目へ移る。
「他には?」
「精神的な耐性も
少し欲しいです」
「精神耐性?」
「はい。
異世界って、
魔物とか、
人が死ぬような場面も
ありますよね」
「そうですね」
「そういうものを見ても、
普通の人より少しだけ
動揺しにくいくらいで」
「完全に恐怖を
感じなくするのではなく?」
「はい。
怖いものは怖い。
でも、
怖すぎて何もできなくなるのは
避けたいです」
「なるほど」
おじさんは、
頷いた。
「精神状態を
ある程度安定させる、
ということですね」
「それです」
「強度は?」
「普通より、
ちょっと強いくらいで」
「分かりました」
そして、
最後にもう一つ。
「健康面も、
少しだけお願いします」
「どのように?」
「病気になりにくいとか、
怪我の治りが
少し早いとか」
「身体能力そのものを
上げるわけではなく?」
「はい。
普通の人より、
少し丈夫なくらい」
「寿命を大幅に
延ばすようなものは?」
「そこまでは
いらないです」
「不死も?」
「もちろんいりません」
おじさんは、
少しだけ笑った。
「かなり控えめですね」
「異世界に行って、
普通に暮らしたいだけなので」
俺は、
改めて自分の希望を
考えてみる。
強くなりたい。
便利にもなりたい。
でも、
何でもできる存在に
なりたいわけじゃない。
「せっかくポイントが
あるので、
ちょっと安心できるくらいに
しておきたいです」
「分かりました」
おじさんは、
最後の項目を書き終えた。
「では、
現時点でのご希望は、
こちらですね」
書類には、
いくつもの項目が
並んでいる。
ゲームのようなAR機能。
会話もできるAI。
適度に上昇した成長速度。
少し高い精神耐性。
少し丈夫な身体。
地球の物品を購入する機能。
眷属を創造する機能。
そして、
過度に生々しいものを
軽減する精神保護機能。
「……結構ありますね」
俺が言うと、
おじさんは、
書類を見ながら答えた。
「はい。
かなり多いですね」
「ポイント、
足りますかね?」
「それについては、
これから確認することになります」
「なるほど」
おじさんは、
書類を閉じた。
「では、
これらをすべて
希望内容として記録します」
「お願いします」
「なお、
それぞれの機能には、
必要となるポイントが
設定されるはずです」
「はい」
「特に、
AIや眷属などは、
どこまで性能を求めるかで
大きく変わるでしょう」
「眷属は、
強くしたり細かく設定したりするほど
ポイントを使う感じで?」
「そのような希望として
記録しておきます」
「はい。
その方が分かりやすいです」
おじさんは、
最後にもう一度
書類を確認した。
(……これだけの要求を、
このポイントで
どこまで通せるのか)
その疑問を胸に残しながら、
おじさんは、
ヒヤリングを続けた。
その後は、思ったよりも
あっさりと話が進んだ。
おじさんに欲しいものを伝える。
一つ、また一つ。
おじさんはそのたびに確認し、
ときどき誰かと連絡を取っていた。
「……少々お待ちください」
そう言われて、しばらく待つ。
やがて、おじさんがこちらを向いた。
「許可が下りました」
「……本当ですか?」
「はい。問題ないそうです」
「ありがとうございます」
思っていたより、ずっと簡単だった。
もっと条件を付けられたり、
何か断られたりすると思っていた。
でも、おじさんは最後まで
嫌な顔一つせずに対応してくれた。
「いろいろと、ありがとうございました」
改めて頭を下げる。
「ここまでしてもらえるとは
思ってませんでした」
「いえいえ。これも仕事ですから」
そう言って、おじさんは
いつものように笑った。
けれど、仕事だからというだけではない
気がした。
少なくとも俺にとっては、
この人がいてくれたからこそ、
ここまで来られた。
「……それでも、ありがとうございました」
今度は少しだけ、深く頭を下げた。
「それでは、こちらへ」
おじさんが、部屋の奥にある扉を指す。
さっきまで何とも思わなかった扉が、
今は妙に遠く感じる。
一歩。
また一歩。
近づくたびに、心臓の音が大きくなっていく。
ここを出れば、もう戻ってこられない。
俺の知っている世界とも、これでお別れだ。
扉の前で足を止める。
「……おじさん」
「はい?」
「本当に、ありがとうございました」
「……ええ」
おじさんが少しだけ笑う。
「向こうで、元気にやってください」
その言葉を聞いて、胸の奥が少し熱くなった。
「はい」
短く返して、扉へ向き直る。
ドアノブに手を伸ばす。
冷たい感触が、指先に伝わった。
一瞬、手が止まる。
これを開けたら――
もう、後戻りはできない。
それでも、ゆっくりとドアノブを回す。
カチャリ。
扉が開く。
その隙間から、眩しい光が漏れ出した。
思わず目を細める。
光はどんどん強くなり、
視界が白く染まっていく。
最後に振り返る。
おじさんが、こちらを見ている。
「……行ってきます」
「いってらっしゃい」
その声を聞いた瞬間――
俺は光の中へ踏み出した。