プエルトリコ人コミュニティーは、絶大にすごく、不満を言ってもすぐに新しい家が見つかった。

 

同じコンドミニアム内の、"カーマン" という、おばさんの家に引っ越すことになった。

 

 

ここは、完全ファミリーの家で、旦那、息子二人(たまに息子の彼女か嫁 .. どちらかは不明)、謎の孫二人の出入りがあった。

 

確実に住んでいるのでは、旦那、カーマン、弟(息子)のマイケルだった。

 

この家は比較的快適だったが、カーマンが8割スペイン語で話しかけてくるので、ニュアンスで掴まなくてはならなかった。

 

 

アジア人は、少なからず差別をされている部分はあったが、この人は優しく本当に話しやすかった。

 

日常会話には、あまり興味のない自分でも「アメリカの母」のように色々な事(プエルトリコについて、日本との違いについて等)を会話した。

 

いつも夕食には、伝統料理である、"ライス&ビーンズ、チキン丸焼き" を提供してくれた。

 

 

続く