15年が経ちます。
2000年08月02日発売の少年隊『PLAY ZONE 2000 ~thema park~』の収録曲『狂いかけた歯車』。作詞をさせて頂きました。書きたい事は沢山あるけど、書けない。(笑)書かない。が正解。(だって、裏方ですし。(笑))でも、当時はひたすら苦しくて、必死だったなぁ。この約半年前に友人の多胡邦夫氏が作家としてデビューしたんだけど、高校時代のバンド仲間がまさか作家として再会するとは思わなかったなぁ。Do As InfinityのAXで再会して抱き合ったのを凄く覚えてる。まぁ、僕は大ヒットを出したり、いや出し続けてる訳ではないけど。そこにもきっと理由があるんだろう。作家の仕事を頂きながら、どんなに忙しくてもバンドを止めなかったのは、それだけバンドにかけてきていたんだろうし。何でも自分でやってしまう。ってのの始まりの年だったかな。mighty works musicとして動き出した年でもあるしね。何が言いたいかと言いますと。所謂、作家としてのCDデビュー日が明日8/2でありまして、明日で丸15年が経ちます。実はaircodeの前身バンドで初めてメーカーのオーディションを通り、制作に動き出すキッカケも歌詞で。作家デビューも歌詞なんです。でも、僕は自分に歌詞のセンスがあるとは思っていなくて。自分の歌詞は意味が良く分からないんだろうなぁ。。って思ってました。心のままに書く。繋がりとか分かりやすさなんて無視。歌詞って分かりやすく手紙みたいに書けって良く言われるんです。確かに伝える為に分かりやすさは必要です。でも、分かりやすすぎても退屈なんです。僕には。例えば、分かりやすく伝える。『赤』を『赤』って言ってしまえば分かりやすいですが、そんなんつまらない。特に日本人は行間、間を楽しむ文化を持っています。それを大切にしたいんですよね。分かりにくくても良いんじゃないかなぁ?ってね。『点滅を遮るように現れる脅威』とかさ。『陽射しに照らされた木立の中に、際立つ彼女のスカート。』とかさ。赤を赤と言わずとも、誰かが赤を想像する。そんな意味が分からないのが『詩』であり、『詞』なのでは?と思っていたから。。所謂、世に分かりやすいポップスターの『歌詞』を書かせて頂けるなんてとても光栄で、歌って頂いているご本人からの言葉に胸が熱くなったのを覚えてるんだ。何はともあれ、作詞家として世に出れた事はとても光栄な事で、どこかで自分を支えてくれているのだと思います。もう何となくになっちゃってるけど。当時の夢は金曜日にやってる歌番組に出演して、ご本人に『ご無沙汰しております。』と挨拶することだったんだ。今の夢はまた違うけど、音に携わる仕事は必ず誰かの想いが乗っかるから、ひとつひとつを大切にして居たいんだ。有名だとか、お金が良いとかじゃなくて。誰かの大切な何かと必ずリンクするから、真剣に作って行きたいね。今の僕の夢はまたこの先形に変えて行きますので、この先も是非、ツッチャを宜しくお願い致します。より多くの魔法を。ツッチャマジックでキラキラになってね!15年間支えてくれているメンバー、staff、そして、家族に感謝致します。いつもありがとうございます。松村 豪マツムラツヨシ244ツヨシツー。