毛色の違うことを誇れ!、、 | けいのブログ

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リウマチを薬を使わないで治そうとしてます。気功、ヒーリングは体調改善にいい感じです。
子育て、夫婦、仲間、いろんな関係から自分の心クセに寄り添う日々。
ふと浮かんだ言葉をブログに綴ります、
よろしくお願いいたします

毛色の違うことを忌み嫌われたと感じた過去が


あったとしたなら、それは勘違いからだ


それは自分の魅力を打ち消そう!とさせてしまう



生きる為に合わせないと!と強迫観念持ってると


無理やり自分をねじ曲げて魅力消して隠すんだ


で。それをやめたなら手にするのは、、


ココロを、行動を縛ってきた《制限からの解放》



毛色の違うこと、人、考えこそ。


自分の唯一無二。自分だけの色。放たれる魅力



《同調させよう!従う方にさせよう!》とする力に


《嫌われ》ることをおそれなくていい


親和性によって安心したがる輩に自分を曲げてまで


服従を選ばなくていい



《既存の価値観》にはまる人=適応=扱いやすい


《既存の価値観》にはまらない=不適応=除け者



こんな風潮、価値観の下で自分の行動や意思を


無理やりねじ曲げよう!とさせるから苦しいだけ



社会にうまくカチッ、とはまる=社会のふつう。


そんなバカな概念がまかり通ってしまってるから


なんたら障害!の名前がやたら《摘発》されていく



親の理想とする姿、価値観、に近いと可愛がられ


親の理想、価値観に反し毛色の違う系統!と認定され


疎まれてしまうことに《悩まなくていい》


むしろ、堂々、自分を出していけばいいだけ



親の、社会の求める理想に即するか反するか?



それで外の評価なんて手の平かえし、だとしたら


そこに執着、しがみついて生きよう!なんて


ナンセンス!



今はきっと、そういう価値観のウォッシュアップの


真っ只中なんだ



同じ考え、同じ足並み、同じ基準、同じサイズで


軍隊みたいに詰め込んできた脳内を一旦クリアにして


もう一度自分を育て直し、前提リセットしてる最中



《優等生》でいる利得。それを維持する理由を


自分から捨て去るとき、誰かの理想をなぞらずに


自分の人生を生きよう!というパワーが湧いてくる



ネコの赤ちゃんたち、一様の毛色じゃあない


それが《ふつうで当たり前でそれぞれの魅力》



親の、学級の、社会の、パートナーの、自分の、


理想とする《人間としての最高峰》目指すより


同じような色に頑張って染まろう!と押し込むより



今の自分をまるごと肯定できたらもう最高だ