この世界に存在しているものの中で、目に見えるものと、目に見えないものがあります。


確かに存在はしているけれど、人間の目には映らないものの方が圧倒的に多いでしょう。


でも、人間はいつからか目に見えるものだけを信じ、目に見えないものは不確かなものとして、実際に存在するものでもその存在を意識しないもの、まるで存在自体がないかのような感覚で日常を過ごすようになっていきました。


例えば、私達の生きる源である「空気中の酸素」のように……。


そして、その存在に「感謝」することを怠ってきました。


「当たり前」だから「感謝」しない。
「当たり前」になると、なぜ「感謝」しないのでしょう?


〜それってなんだかおかしくないですか??〜


無かったものを得られた時「感動」によって「感謝」が湧き出てきます。


「神様ありがとう〜」とか「生きていてよかった〜」とか、思ったことありますよね。


〜その瞬間だけが最高潮ですか?〜


それが度々続くとマンネリ化「普通」になり「感謝」がうすれるかわりに新たな「欲」が芽生えてきます。


さらにそれが「習慣」になると「感謝」どころか「欲」が満たされないと腹を立てるようにまでなってしまいます。


「習慣」になるということは、初めて「感動」した時のことを思えば、それだけ幸せなことが沢山増えたはずなのに……。


「夫婦」や「家族」というのも毎日一緒に生活している中で見えなくなってくるものや、感じにくくなってしまうことが多々あると思います。


「ありがとう」と言い合える夫婦、
「ありがとう」と言い合える家族は、
自然に心地良い家庭環境になっているでしょう。


そして、日々感謝の気持ちを持ち続けることで、自分だけでなくまわりも確実に良い状況に変化していくでしょう。


日本人は「ありがとう」よりも「すみません」をよく使う傾向があります。


例えば、エレベーターでドアを開けて待っていてくれた時、あなたは「すみません」と言って乗りますか?


それとも「ありがとうございます」と言って乗りますか?


相手にとって悪いことをしたわけではないのに、「すみません」の方が使う頻度が多くなっていませんか?


「すみません」と言われるのと「ありがとう」と言われるのと、どちらが嬉しいですか?


「すみません」を「ありがとう」に変えるだけで、何が変わると思いますか?


「当たり前」のことになったとしても、「ありがとう」を口癖にするかのように言葉に出す、相手に伝えるだけで変わります。


とっても簡単なことです。
何ひとつ損しません。
労力もいりません。


ただそれだけのことが、できるかできないかで大きく変わるのです。


「ならば、やった方がいい!」


そう感じた方はぜひ、今から意識してやってみてください。


今日は何回「ありがとう」を言えたかな?


私は車を運転する時も、1日何回ハザードで「ありがとう」をもらえるか?
なども意識しています。
それだけでもとても楽しくなりますよ。


「ありがとう」を習慣にすることによって愛が拡散されます。


「ありがとう」は、皆が幸せになる魔法の言葉なのです。


辛い思いをした時、愚痴を言いたくなった時、ネガティブな状態になった時でも、それが自己成長につながる試練と思えば、「こんなチャンスを与えてくれてありがとう」と、感謝の気持ちに変わったりします。


試練が大きければ大きいほど、乗り越えた時の感動や得られるものも大きくなります。


もちろん、その試練から目を背けて逃げてばかりの人には、成長も感動もありません。


その「得られるはずだったもの」を得られるチャンスを自ら手放しているということなので。


「因果応報の法則」とは、自分の行いが自分にかえってくるというものです。


人に対して好影響を与えれば、それは必ず自分にとっても好影響になります。


人に対して悪影響を与えれば、それらも自分にはね返ってきます。


なので、常に感謝の気持ちを忘れずに、「ありがとう」を沢山言葉にして人に伝えられる人は、人から感謝されることも多く、「ありがとう」と言われることも多いのです。


人に喜びや幸せを感じさせることができる人は、自分自身も、喜びと幸せに溢れた人生を送れるようになるのです!


決めるのは「自分自身」
やるやらないも「自分自身」
信じる信じないも「自分自身」


あなたが「どうありたいか」


それが、あなたの人生を決めるのです。