KeroちゃんとRei Reiこと眞紀子さんとれいこさんの森林浴ヨガに参加しました。

 

 

 

 

 

ふとしたことでお知り合いになった眞紀子さんが、信濃町と東京で森林メディカルトレーナーなるものをしているということで、よく分からんけど久しぶりに外で人と一緒にヨガしたいし、森林浴も面白そう!ということで。

 

 

当日は朝の9時半集合だったので、前日仕事で寝るのが遅くなり、必要睡眠時間が全然足りていないあたしはだいぶグロッキーに目覚め、その時間に集合ということはまぁ、予想はしてた通りの激混み超満員電車に揺られ。

 

 

健康的で素敵な時間を過ごすために何でこんな不健康なことになってるんだ、、、と思いながら代々木公園に向かいました。

 

 

 

 

 

とは言え。

 

連日雨が降っていたのに、久しぶりに朝から晴天。

 

着いて最初の自己紹介の時間まではだいぶゲロゲロでしたが、その後は歩いて、木や葉の香りを嗅いだり、寝落ち半分の瞑想をしたり、ヨガをするうちにだいぶスッキリして。終わる頃には気持ちも清々しく。とても良い時間を過ごせました。

 

 

 

 

 

 

代々木公園の、桜並木ではない、木が生い茂る側を、香りを嗅いだり、シャッシャッと落ち葉をふみしめたり。

 

 

普段はさらっと歩きすぎてしまう木々の名前を知り、特性を知り、木肌に触れ、葉を触り。

 

 

綺麗な落ち葉の黄色や赤を楽しみながら拾い集め、深い緑と若芽の黄緑の鮮やかな対比に目が潤う。

 

 

かっこよく堂々とした木の根っこや、筍を見つける。

 

 

パリパリと剥きたくなるような木肌や、花の咲いていない百日紅のツルツルとした美しさを発見する。

 

 

ヨガをしながら身体を緩めて大きく息を吸い、久しぶりの青空を見上げる。

 

 

瞑想で周りのさわさわと揺れる葉擦れを聞き、自らの内に意識を向ける。

 

 

裸足で春の野花が咲いている上を歩いて、芝生に寝転がる。

 

 

 

 

 

 

言うても、今回の参加者の中でも群を抜いてこういう時間を取っていると自負するくらい、普段から一人で散歩して、裸足で歩いて、四葉のクローバーを探したり、どんぐりを拾ったりという非常に無益で豊かな時間を過ごしがちな人ですが。

 

 

ドイツでは、というかベルリンでは「平日の昼間にこんな沢山の人が何してるの???」と思うくらい誰もが晴れたらすぐさま外で日向ぼっこしながらコーヒーやビールを片手に友達と過ごすというのが大きな公園では勿論のこと、川辺などでも普通のことで、裸足になって芝生で寝転んで、ちょっとしたパーティやピクニックも頻繁に公園で行われていて。その感覚に慣れている自分は、公園というより子供の遊び場といった印象の場所しかない日本の住宅街に窮屈さを感じたりもするんだけど、探せば東京にだって、いい感じの公園はあるんだなー。と、東京生活を生き抜く術をまた見つけたような気にもなりました。一人の友達は以前、気持ちが鬱屈としてきたら御苑に行くようにしてた、と言っていたし。人は土から離れては生きられないのよ。

 

 

 

 

 

身体も心も緩んで、のんびりした素敵な時間でした。

 

 

 

 

ボーッと雲を眺めたり、雷が鳴り始めると窓を全開にして稲妻を見たり。

毎日同じようでも確実に少しずつ芽を出し、花を咲かせる木々や草花のちょっとした変化に目をやり。

 

日々のそういう無の時間を通して、あたしは沢山のものを受け取って、自分の中の気づきや感性を育てていっていたんだなぁと改めて自分というものを作った環境に気づくきっかけともなりました。

 

 

 

やっぱり、自分はこういうペースで暮らして、音楽とヨガ中心の生活をしたいんだよなぁ。。。なんてまた気持ちもクリアになってきたので、そろそろ、動き出すのかも知れません。

 

 

 

 

今日の雨でまた明日は木々の様子もまた変わるんだろう。

 

 

本当に、自然は惜しむ間も無くどんどんと変わって行く。

 

 

それに合わせて。流れるままに。

帰国したすぐのタイミングで、声をかけてもらったレコーディング。

 

 

堀桂さんという関西の方のソロ再開プロジェクトということで、広島で一緒に遊んでくれていた今田学くんが呼んでくれました。

 

最初にデモを聴いた時から、こーゆーのやりたかったんーーー!と思うドンピシャな音で、すんごく楽しみにして練習して、久しぶり過ぎるレコーディングの、そして初めての日本でのレコーディング仕事ということで緊張しながらめっちゃ練習して臨みました。

 

バンドメンバーがまた人としても音楽家としても素晴らしい人ばかりで、なんとまぁやりやすい。。。

 

インテンスだけどもすごく楽しい1日を過ごし、完成したのが去年の話。そして来る4月15日のリリースに向けて、まずはクラウドファンディングで支援してくださった方への先駆けてお披露目というライブが4日だったのでした。

 

 

 

 

再び、久しぶりのお仕事、、、ということで、どうにかこうにか時間をやり繰りしながら準備をして、リハーサルであまりの自分の対応力の激減具合に絶望して強化練習。当日を迎えて、まだ馴染み方の分からない感じを残しつつも、演奏だけはきちっとやるぞーと、緊張感と共に流した当日のリハーサルは、数日前のリハーサルを経てちゃんと曲の感覚を掴めたお陰で、漸くちゃんと思った通りに叩けたー。

 

本番はコケたところもあったけども、普段の10分の1くらいの音量で、でもとてもリラックスして、多分バンドを音量で潰すことなく演奏出来たと思う。そのくらい軽く叩いても自分のエネルギーをしっかり回して満足の感じられる演奏を出来るようになってきた自分は随分と大人になったんだなーと思う。ここからもっともっと出来るようになりたいことはあれど。音量で圧倒することでしか表現できなかった人が、少しは成長したんじゃないかと思ったのでした。

 

 

 

桂さんのEPは、雰囲気の全然違う曲が並んで、それぞれとっても良い仕上がりになっている。そして、彼女の書く曲は拍子が面白かったり、歌詞に仕掛けがあったり、あー、ボーカリストって感じだなーと思う。曲を書いて自分でも歌うようになってしまったあたしを見れば分かってもらえると思うけれど、歌というものがすごく好きで、良いボーカリストを見ると本当に手放しで尊敬の念が出て、いいないいなって目が💖になってしまう。

 

今まで本当に沢山の人と仕事をさせてもらったけれど、シンガーソングライターで、しかも曲の方向性が好きな感じで、上手な人で、、、というのが揃う機会はいつもなわけじゃなくて。そうは言っても自分が今まで仕事をさせてもらった人達はみんな、何かしらシンガーとして尊敬する部分があったり、曲が好きだったり、本当に良い人!とか、バンドメンバーが良いとか、給料が良いとか笑、そういう条件が最低2つは揃うからやることを決めるわけですけれど。

 

本当に、色んな人と仕事をさせてもらったなぁ、、、。その経験で今のあたしがあるけれど、当然ながら仕事のやり方は人によって違うし、演奏も、それこそコロナまではずっとリハーサルどころか曲すら知らない状態でステージに上がっていくような仕事ばかりだったので、ミニマムで安全牌を取りにいくようなスタイルに寄りがちなのは自覚している。もっとあらゆる状況での自由度を高めたいなぁ。

 

 

 

今日のギグは、CDリリースを応援してくださった方達のために、ということもあって、曲の成り立ちだったり、桂さんの想いだったり、色々をMCで沢山話されていて、自分はそういうのを作者とシェアしながら音楽を作るのがすごく好きなんだなぁと改めて思ったり。というか、そういう誰かの想いを聞くのが好き。もう既に出来上がったアレンジをトラックと一緒に演奏する仕事も、違う意味で楽しいし、良い練習ではあるんだけれど、自分がやりたいのはやっぱり気持ちのこもった音楽を、ちょっと時間をかけてみんなで作り込みすぎない程度に仕上げて、本番でぶち上げる、その過程も含めて人と関わって、人のストーリーを集めることなんだろうな。

 

 

今回、リターンの1つとして、すごくしっかりしたデザインの歌集も制作してお渡ししていた桂さんの本をいただいて、そのアイディアと、本!あたしも本出したいの!ていうのが相まってそれもすごく良いヒントをもらえた。

 

 

 

やりたいように生きているように見えて、「なんか、やりたいことあるんだけど、大層お金もかかるし、今すぐ行動に移すの、、、難しい、、、」て思ったりすることが結構あるので、こういう機会があると、「そんなこと言うてる場合ちゃう!」て思えてとてもありがたい。

 

 

 

声がかかる前から、準備するのだ。

 

 

お金があろうとなかろうと、やるのだ。

 

 

そこからしか、道は拓けない。

 

 

行動するものの前には道は拓ける。

 

 

怖がったままでもいい。

 

 

でも、身体はいつでも安心状態でいたいよねぇ。

 

 

 

 

 

 

その身体を東京でも少しずつ、作っている。

 

 

どんな環境でもどんな状況でもそう在る人でいたいと思っている。

 

 

 

 

 

 

その成果を見に、いらしてください。

 

次のギグは4月27日。日本橋A.I.R Buildingです。

 

 

 

 

 

 

安曇野に行ったのは本当に小さなきっかけだったのですが。

 

 

のんびり散歩した翌日2日目の流れはなんかすごくって。

 

 

手を替え品を替え、「自分の道は自分で切り拓いていくんだよ。自分を信じたらいいんだよ」と言われているような感じでした。

 

 

 

アメリカ人の知人が発信しているウェブマガジンに、Art of Lifeというタイトルで記事を書いているように、今の自分は、"人生をどう創っていくか"ということをよく考えていて、色んな人の話を聞くのがすごく好きなのですが。

 

 

それは海外生活20年から日本に戻って来て、未だ自分が本当に生きたい生活スタイルを作れていない、今の日々に納得いっていない、良く言えば今からの自分の人生にとても希望を持っている状態だからで。でも実態は周りが日本でミュージシャンとして確固たる地位を確立していたり、新しいビジネスを始めたりする中、自分の中途半端さに惨めな感覚を受けることもある。

 

 

自分がやっぱり他とは違う生き方をしているんだなーと思うからこそ、色々な生き方をする人に話を聞いて、どう創ってきたのか、どう決めてきたのか、参考にしたいと思ったりもしている。

 

 

 

 

インタビューを通して、そして周りのアーティスト友達と話すことで、自分の今後の人生の展望にかかる靄が少しずつ晴れていくといいなぁと思っていたりもします。

 

 

 

 

今回、安曇野で泊めていただいたお寺で朝からお勤めに参加する私の迷いを読経の最中に感じ取ったというお坊さんは、

 

 

仏を目指すという目的はみんな一緒です。でも、そこに到達する道はみんな違います。仏教も色んな宗派があります。だから、色々試して、自分に合った方法を見つけるといいですよ。

 

と言ってくださいました。

 

 

 

瞑想も絶対に先生と一緒にやること。一人でやると、独りよがりで、自分が神になったような感覚を得た自分の考えが絶対だと思い込んでしまうから、必ず客観的に見てくれる先生と一緒に学ぶように。

 

と教えてくださいました。

 

 

 

音楽をそういう精進の道として捉えているあたしのことなので、

 

色々試して、自分のスタイルを創っていけばいいのね。

 

そんな風に思いながら宿を後にして、向かった家具屋さんではものすごくアツい職人魂の先輩に出会い。偶然居合わせた、作品を持って彼の元を訪れていた、まだ駆け出しだというアーティストさんの作品を「これはいいですね、完成してる。」とすごく評価するところから、ご自分の哲学なども話してくださって。それは40年もの間、御自分でやって来た経験によるアーティスティックな感覚とビジネスマインドの両観点からの、すごく共感するお話でした。

 

 

 

本物を見る目を持った人が組織や社会の上にいないから、文化が廃れていくんだ。という話は、「誰かが良いと言ったから、ではなく、"自分の感性"を信じて音作りをしたい、そういう生き方をしたい。みんなが自分の感性を開いて生きるきっかけを作りたい」と常々考えている自分としては、やばい、面白い人に出会ってしまった、、、。と内心ニヤニヤしながら、止まらない彼の話を聞き。

 

 

まずは作ってみないと。未熟であろうとなんであろうと、実際に触れられる作品にしてみないと職人は頭の中だけで改良を続けることなんてできないんだから。そしてその改良には年単位の時間を要するんだ。作品が出来る。それを見た自分のレベルが上がる。改良する。また自分の見る目、求めるもののレベルが上がる。そして新しいステージが用意される。それの繰り返しだ。

 

 

 

何か大きな話が来る。ちょっとでも、ほんの可能性の話だとしても、最大限に期待を膨らませて、出来得る限りの準備をする。大概、その話はぽしゃってしまうんだけど、その後にまた全然別の方向からその準備が活かされるような大きな話が来るんだよ。

 

 

 

音楽を聴く時の自分の心地よさを家具に反映させているんだ。自分がどういうものを作りたいとか、自分がどういう存在かを誇示するような表現ではないんだよ。スタイルや表現は滲み出てくるもの。無理して、頑張って作るのでも、考えるのでも、押し付けるのでもないんだよ。

 

 

 

 

最終的には高校生の時からの趣味だという素敵なオーディオからレコードを流してくれながら、音楽にも通じる彼の哲学をふんだんにシェアしてくださって。

 

 

若い職人が意見や情報の交換が出来る場所を作りたいんだと、そのサポートをしたいんだと仰る姿は本当に素敵でした。

 

 

 

有名な建築家の建てる家に合う家具を作る、というような大きな仕事もされるような方でも、「別に余裕があるわけじゃないよ、始めた頃は子供が生まれて大変だったし、長いこと評価もされなかったし、ちょっと風向きが変わったと思っても変わり者扱いされて仲間にはいれてもらえないし。いつも崖っぷちだよ。ちょっと踏み外したら崖から落ちるような、一寸先は闇みたいな状況だよ。」そんな風に仰って。

 

 

 

それでもその道を進んでいくモチベーションはどこから来るんだろうと圧倒されながら、外からはとても成功していらっしゃるように見えるけれど、やっぱりそれぞれに挑戦があって、苦しい時期や戦い続けているような感覚もあったりして、決して誰も"楽"に生きているわけではないんだろうな、と思ったりもして。その努力に頭が下がる思いと、自分はまだまだ本気になれる部分が有り余ってるなー、甘えてるなーと感じていました。

 

 

 

そんな私の心中を知る由もなく、「こんなに喋って大丈夫?」とこちらに聞きながら「話を聞くのが上手いですねぇ。インタビューされてるみたいだ。」なんて正体を見抜きながら、話し続けること3時間近く。笑

 

 

 

帰りには木端で作ったというペン皿とコースターまでお土産にくださり、「また遊びに来てください」と、見送ってくださいました。

 

 

 

 

 

 

その後歩いて向かったちひろ美術館。

 

もう時間もそんなになかったから、ちょっと覗くだけで帰ろうと思っていたのに。

 

もともと大好きな画家ではありますが、優しくてカラフルで素敵な作品達を見た後、彼女の生涯を紹介する展示で、図らずも涙まで出て来たのはきっと、彼女の人生が思った以上に苦労と試行錯誤の連続だったからかな、と思います。

 

 

きっと、当時としては色々な意味で恵まれた環境にいた人であったとは思うけれど。学生時代に戦争を経験し。最初の結婚相手とは死別し。再婚相手との間に子供が産まれた時は、彼女が家計を支えなければいけなかった為に子供を親元に預けたり。絵で生計を立てるようになるまでも、色々と道を試し、挿絵などの仕事で食べていけるようになって、更にそこから時を経て、自分で絵本を作るようになって。そうやって時間をかけて、色んな経験をして、漸く今私たちが知るいわさきちひろという人の作品が生まれたということを目の当たりにしたからか。

 

 

 

若くに開花する才能を見続けて来たから、それこそが求められる、あるべき成功の姿みたいに感じて行き詰まったりもするけれど。やっぱり自分は今までがあるからこそのここからが本番な人なんだろうというか。人生をかけて何かを追い求めるというより、その人生こそが自分の作品だから、今の時点での何を評価することもナンセンスだし、生きていることそのものを楽しんで、客観的に面白がって生きたいんだよな、と改めて感じ入った感覚だったのか。

 

 

 

 

何かが心の深いところで共鳴して、心を揺さぶって。

 

あー、今回ここに来たのは本当に素敵なご縁だったなー。

 

自分にとってすごく必要な時間だったなーと改めて思いました。

 

 

 

 

 

 

世界がどうなっても。

 

もはや自分は"創る"ということなしには人生を進んでいけないし。

 

 

 

そうやって生きることはきっと理解されなかったり、誰にも分からない道を手探りで進むことなのかも知れないけど。

 

もうそれしか道はないし。

 

 

 

最初から、どの道だって、本当の意味で保証された道ではなかったんだろう。

 

 

 

どの道だって、自分にとっては初めての道で。

 

前人未到の地を少しずつ、一歩ずつ、前に進んで行くしかない。

 

前が真っ暗でも、すぐ横は崖っぷちでも、怖くっても、そろそろと、でも確実に進むしかない。

 

自分がいる、その足元は照らされてる。今、この瞬間だけは確実なんだから、そこに光を当てて、今あるものを感謝して受け入れよう。

 

そうやって、大事にゆっくり進んだ最後に振り返ったら、そこには自分の道が出来てるんだ。

 

 

 

 

その道筋が、その人生の成功の証だろう。

 

 

 

 

それがただただ、足跡の連続であっても。