スピリチュアルと呼ばれる類のものが好きで、いや、石がどーの、レムリアがどーのとか、宇宙人が、過去生がとか言われても全くピンと来ないんだけど、でも、"自分"というものを理解する為に、古代から続く運命の話や、周波数の話は避けて通れなくなったというか。病気をして、その治療で色んな人に助けてもらい、色んな助言をもらい、それを聞いたり聞かなかったり、ずっと後になってピンと来てそれを実行したり。その経緯は、10年以上前のブログに遡っていただくと色々書いております。笑 そろそろ本でも書こうかなーという気になって来たので、もうちょっとしたら纏めて形にする予定です。

 

 

というわけで、怪しいと言われようと、あたしの気持ちと身体は楽になるので、色々なセッションを受けに行くのです。人が何と言おうと、自分の「気持ちが楽」は正義だと思うので。

 

 

 

先日は友人に教えてもらった接骨院へ踵に穴の空いた靴下で行って、うつ伏せで寝た状態で、全然恥ずかしくないけど恥ずかしいなぁと思いながら触らない施術をしてもらい、真っ直ぐになりましたね!って言われたその微妙な差は分かるような気がするようなしないようなって程度だったけど、その夜の眠りが違った。なんか軸が戻って来てる気がする!

 

 

そんな風に思った翌週の今日は、同じ友人に紹介されてニュースキャンのセッションに行って来ました。身体の周波数の状態を調べて、今の体調を把握し、本来の周波数を流すことで、身体を整えていく器具で、ヨーロッパでは医療器具として使われているらしい。そういう器械や技術は幾つかあるけど、結局ドイツの病院でそんなん使ってもらったことないなぁ、、、。是非使ってもらいたかったんだけどなぁ、、、。

 

 

ともかく。

 

 

今日のセッション、「ニュースキャンって聞いたことはあるし、セッションの流れも想像ついてるけど、詳しいことは分かってません、ほぼ興味本位です!」という感じで現れたあたしに、施術の方は最初、配慮して分かりやすく身体構造のことを中心に観ようとしてくれたみたいなのですが、最初のスキャンを見せてくれながら、「コホコホ、、、あなた、大分スピリチュアルな人ですね。。。コホコホ。」

 

どうやら、そういうタイプの人が来ると喉に何か来るらしく、「んー、結構なかなかないくらい来てます。」と言われたあたしはきっと、放っておくとすぐ頭の方に気が上がって上の何かと繋がったり誰かの気をもらったりしやすいんでしょうね。ちょっと邪魔されて本来のスキャンが出てない気がします。と言われてやり直し。

 

 

実際、スピリチュアルな部分もカバーした設定の2回目の結果は最初とは少し変わって、自分にも思い当たる不調をちゃんと指摘されました。笑

 

 

 

 

胃が、、、小腸が、、、とか臓器や、神経系、果ては細胞、遺伝子まで。もし遺伝子に異常があれば、折角毎日細胞が新しく生まれてるのに、疲れは取れないわお肌も身体も衰えていくばかり。なるほどねーーー!!!なんて思いながら、今の状態を把握したら、今度は本来の状態に戻すための周波数を当てていきます。

 

 

血流とかに刺激を与えることになるから、普段運動しない人は、暑くなったりしますよ。とか言われたのに、暑いどころかリラックスして薄寒いというかスーッと落ち着いた状態になった後、横になっていると、何を感じる訳でもないのに身体と気持ちが落ち着いて、なんというか、「元に戻っているんだな、、、」と感じて安心の涙のようなものが出て来ました。

 

 

 

その時に浮かんだ「あー。漸くー。。。」

 

 

 

この数年間、気持ち悪かった状態を、初めて整えられたような。きっと最初に言われた通り、あたしは色んなもの影響されたり、何かのエネルギーを受け取りやすかったり、自分の使う言葉にも良い意味でも悪い意味でも力があるんだろう。頭で繰り返す言葉が、きちんと現れているのが今の現実。

 

だから、ちょこちょこ整える必要があるし、本当にこまめに身体とエネルギーのケアが必要。東京の様なところに住むのなら、尚更。そこまでしてここに住みたいか?というのはひとまず置いておいて。

 

 

 

そして、そういう影響力を受けやすいというのは逆を返せば、きっとあたしがしっかり良い状態でこの世にただ"在る"というのは、本当に周りに良い影響を与える存在になれるということなんだと、今まで頭では理解して、「そりゃそうでしょうよ、それが世界平和に繋がるんだ」なんて思っていたけど、なんというかもう、実感として「みんながこの状態でいられたら、それは幸せで安心な世界を作るよね!」と体感した感覚だった。そうとなれば、あたしが自分のプロジェクトでやるライヴは、観に来てくれる人にとって、真に良い影響力を持つ、力強いものになるし、あたしは、自分の為に御、人の為にも、自分を常に良い状態に保つこと、そこに全エネルギーを使うことが使命だわ、なんて思ったのでした。

 

 

 

 

今日のブログは、ただの忘備録。

Tomo Kannoドラム談義に行って来ました。

 

トモさんは本当に大好きなドラマーで、ニューヨークで初めてジャムセッションに行って、こんなグルーヴで叩く日本人いるんだ!ってなってから、毎週の様に通って、自分もsit inして叩かせてもらい、そのお陰で徐々にそのシーンで知られてあたしがニューヨークでドラマーとして仕事をさせてもらえるようになるきっかけとなった人で。ドラムレッスン動画にも出てもらったり、大尊敬している人であり。

 

今日のイベントも、トモさんの愛に満ちていて、ふんわりとしたプロフィール話もすれば、ガッツリと、ドラムを叩く上での大切なことやらを深く掘り下げて話してくれたりして。具体的な話も自分へのリマインドとしてしっかり受け取ったけど、何よりもやっぱりトモさんの出す真剣、本気、真摯、ドラムを演奏することに対するまっすぐに注がれた膨大な時間とエネルギーを感じられて、あたしとしてはもうそれだけで充分に幸せな時間でした。同じシーンで仕事をしていたから、あそこの皆んなにも会いたいな、あのグルーヴを感じたいなとも思わされたし。

 

 

 

1ドラマーが、叩くでもなくただドラムについて、というより、叩いている時に何を考えているか、技術的なものというより、その周りにあるものを語る、という非常にニッチなイベントにあれだけの人が集まるのは、勿論、彼のドラムの技術と人柄が素晴らしいということがあってこそだけど。

 

 

そして、そこにいた人はみんな、そのトモさんの"本気"を感じたいんだろうな、と。

 

自分もそういう風に在りたい、と触発されたいから。

 

 

 

まぁ、それは自分がそう思ってるからなんだけど。

 

 

 

 

そこから今日、出かける前にFaceBookで読んだ記事で、AIは"背景を含んだ判断力"は持っていない、それらしい画像生成は出来ても、三次元的な構造を把握するのは(現時点では)難しい。だから、その記事を書いた方が作っていらっしゃるサンダルの紐を編んだ画像が書けないんだと言われていたのを思い出しました。

 

AIは、情報は持っている。だけど、それを体験として、実感として体得したわけではないから、判断が出来ない、もしくは質が落ちる領域がある。そして今後、そういうAIに正解を求めていきがちな世代は、判断基準がどんどん下がってしまう。自分で経験する前に、AIに正解を求めに行ってしまうから。そうやって、失敗をすることというよりも、経験することを既に手放してしまった世代は、その判断力をどうやって鍛えていったらいいんだろうか。

 

そんな記事でした。

 

 

 

 

なんとなく、今日のドラムトークでも通じるものがある気がして。それはあたしが常にドラムを通して自分の人生を見つめて、自分を観ることでドラムに生かしているようなところがあるからなんだけど。

 

 

 

このフィルが叩きたいと思って練習するのに、セッションでは叩けないんです。どうしたらいいですか?という質問に対して。

 

自分の中でボキャブラリーを増やし続けて、しっかり練習し続けること。10のボキャブラリーより1000持っていた方が"心の"余裕が増えるし、それに伴って対応力も上がるから。だけど、セッションでは他の人の意識も入ってくるから、練習と同じ様にするっていうのは難しいよね。そしてこういうことの正解はない。

 

そんな風に伝えているトモさんは素晴らしいなーと思うと同時に。今こうやってあたしがここに書いている"情報"も、今日トモさんがじっくり時間を取って考えながら答えてくれたあの時間を共有しなければ、やっぱりその情報の豊かさは全然違うと思って。あの時間には、トモさんが質問者の方を思いやって、どうやったら伝わるかなって考えた気持ちと。今までの彼の経験と。それを体得するための分析と練習と。そんなものが全部詰まっていたと思うのだ。言葉だけでは伝え切れない何かをあの場所を共有したことで伝えられるような。

 

そして、その質問に対する答えとしても、ジャムセッションに行ったそのタイミングで、練習していたフィルを出すことってそもそも正解なのか?正解があるとしたら、音楽的に叩くということであって、その瞬間、ハマりもしないのに「練習してきたから」というエゴでそのフィルを出すのは、いや、ある意味ジャムセッションってそういう場所でもあると思うから練習で出して来たものを全出しするというのもあって良いかも知れないけど。でも、出来なくても、最早出来なかったという経験が、そこで感じた悔しさやもどかしさが貴重だよね、ということにもなったり。ということをまたぐるぐると考える。

 

 

 

一緒に行った友人が「オンラインで情報なんて幾らでも取りに行けるから、こういう時間って価値を置かれなくなって来てる気がするけど、本当はすごく大事だと思う。」というようなことを言っていたのが正しく。頭でごちゃごちゃ考えるより、"情報"として何かの分析を読んだりするより、自分でその場を体験することがすごく大事だ。そういう場をどれだけ経験して来たかで、音楽を演奏している時の判断力は格段に上がる。同じ「タカトン」ってフィルでも、10分の1のボキャブラリーから発せられるものと、1万分の1のものでは、その音の重さと説得力が違う。

 

しかし、その重みをしっかりと感じられる感性とそこに価値をおく価値観を、これからの世代は持ち得るのか?

 

 

そんな思考から更に、今の職場で、大学生をどう育てたもんかという話をしたことを思い出す。「時間をかけて見守れば、気づく人は気づいて覚醒します。」上司はそんな風に言っていて、短期的思考しかない自分は人を育てるという視点の壮大さに慄いたのだけれど。音楽の現場で、あたしはきっとずっと見守られてきた立場の人間だと思うけれど。一度失敗したら次は呼ばれない、てことは当たり前の業界で、でもなんだかんだ仲間内で試行錯誤、、、ていうのも見て来て。でも音楽を一緒に作り上げるって、その場で何かハプニングさせられなければ、何か惹きつけるものを持っていなければ、長期戦ってなかなか起きないような気がしていて。だから、今は戦力外だけど、覚醒した人、可能性のありそうな人には、ちょこちょこ刺激を与えて、少しずつ育てたらいいんです。それ以外はいつかに期待して放置です。というのは、自分にはなかった包容力だなと感じた。

 

そして、その覚醒を起こす為には、こちら側が真摯に彼らと向き合うこと。自分が良いと思う価値観を、提示し続けること。あたしは人の為というより、自分の為に働いていて、「自分がこう在りたい。こういう存在で在りたい。この職場にはこう在って欲しい」みたいな思考でいるので、だからその足並みが揃わないとイライラしてしまいがちだけれど。それでも静かに自分の中の美学を提示し続ける人で在りたいし、それが今の挑戦なのかもなと感じたりもしたのでした。

 

 

 

 

そんな風に静かにただ居続けるって難しいことだけれど、そしてきっと肚が求められることだけど。今日のトモさんの在り方に魅了される人たちは、きっとトモさんが自分の美学を大事にしているところに惹かれているんだろうなと。

 

 

 

 

 

だから回り回ってやっぱり音楽家は、身体・心に響く、自分に正直に音楽を作ることが大事になってくるのではないか。

 

そして音楽はやはり変わらず「下手くそなのに何故か響いてしまう」という領域が存続するんではないかというあたしの希望的観測。そしてそれが判断力の落ちたというか、判断するデータを持ち得ない新世代にすらも響いてほしいなというもうこれはただの希望。

 

 

ドラムって分かりやすく空気を振るわせる楽器で、一番最初にコミュニケーションの手段として作られたものでもあるという意味でも、これから更にその存在意義は大事になってくるのかもしれない。

 

 

 

 

体験してないものは描けないし、演奏出来ない。

 

 

だから経験しろ、感じろってことですよ!

そろそろ自分で使うための取り扱い説明書でも書こうかなと思うくらい、自分についてのあらゆる考察がすごいこの頃です。

 

それを自分でしっかり理解して、使いこなせるようになったら、それを他の人にも使えるノートにしようかな。笑


 

 

 

前回のブログを読んだ感想を何人かの友人に頂いて、更に理解が深まったりしたので、そのシェアと、対策とかを残しておこうかなと。

 

 

 

 

 

エネルギーを、勢いよく放出するだけではなく、穏やかに巡らせるのも大事ですよね、というお言葉はとても実感を伴っていて、素敵だなーと思った今回のヨガの先生である絢子さんの感想。

 

 

 

そして、日本人って、女性ってやっぱり周りに気を使ったり、合わせたり、何かしてあげよう!って思う人が多かったりすると思われ。あたしは、多分性格的にはそういう面はすごく少ないんだと思うけど、周りの空気などを感じる感覚はすごく高くて、それを使って音楽を演奏する時に活用していたりするので、普段から無意識にそうやって外に気や意識が行きがちなのではないかと。なので、そうではなく、まず自分。自分のエネルギーを整えて、心地よい状態にあるかどうか。そして自分がどうしたいかをまず考えて、出来ればまずそこを満たした上で周りのケアをする人になると、自分がハッピーなまま世界が回っていくのではないかと。というかもうそうなると、逆に周りが勝手にケアしてくれたりするようになったりね。女性は本来受け取る側の性なので、まず自分がハッピーでいることを最優先して、身体を休めたりしていたらいいのよって、色々なところで言われたし、実際にそういう時の方が自分の人生も良い風に回っていたような。

そしてIHのマチルダに言われたABCDEを毎日ちゃんとケアしよう。意識をしよう。
A = Ascenbridge Point アッセンブリッジポイント
B = Brain Integration 脳の統合
C = Chakra チャクラ
D = Dantien 丹田
E = (Invasive) Energy  取り付いているエネルギー

身体と、エネルギーの巡り、自分の心の機嫌、そういうものが良い状態にあるかをちゃんとチェックして、乱れていたらサクッと調整してから1日を始めましょう。

それが自分と、周りを幸せにする方法⭐️

 

 

 

 

そして、もう一つすごく大事だなと思ったのは、こういう状態にある時、自分を責める必要は全くないということ。

 

きっとこういうのって自分の段階というかバイオリズムというか、人生を深めていくために起きていて、必要なタイミングで必要なことが起きていて、勿論、気づいてサクッと修正できるとすごく楽だし、その方法も色々あるし、何ならあたしも色々持っているんだけど、きっと時間をかけたかったのよね。時間をかけて何かを体感したかったのよね。

そういう時期を経て、「自分の為に生きる」って"決める"、"覚悟をする"ていうのが必要だったんじゃないかと。あたしはまだ決め切っていない自分を感じたりもするけれど。



前に友達に話した時、「悩むのって結局どこにも行かないから、「10分!」って時間を決めてその時間だけガッツリ悩んで、その後は楽器の練習をしたり勉強したりしてる」ってアドヴァイスをもらって、「あー流石!」て思ったんだけど。結局自分はそう言われてもどうにも出来ないくらい、、、暇なのだ。笑 そんな悩みを振り切って一気に練習モード、勉強モード、何でも良いけどパッと集中する脳の切り替えができる何かを持っておくのって大事だよな。



きっとあたしは、自分の感覚だけで生きているところから、感覚を言語化して、情報収集をして、スッキリした明確な存在状態で、人とそういう在り方をシェアしながら生きるスタイルに変える渦中なのだろう。

 

 


そうでも思わないとやっとられんwww