さて、手に入れた3通の除籍謄本を見てみて、分かったことがいくつかあります。
①祖父母の出生時の住所が判明
②「祖母の祖父」の名前が判明
③父が覚えていた祖父母(父の両親)の生年月日がどちらも間違っていたことが判明(笑)
①祖父母の出生時の住所が判明
出生地の戸籍ではなくても、きちんと出生地の住所が書かれていました。
祖母の戸籍に、祖父が入籍しているので、祖父の出生地も書かれています。
父に聞いた時点では、祖父母ともに「山形県の●●町」くらいのざっくりした地域でしたが、除籍にしっかりと地番まで書かれていました。
いずれも、現在では町名が変わっていました。
祖母については「山形県米沢市出身」と聞いていたそうですが、除籍に書かれている地名は米沢市ではなく、「西置賜(にしおきたま)郡」という場所でした。
おそらく、その地名を言っても分からないだろうと祖母は思い、比較的近くの大きな都市・米沢を引き合いに出して
「米沢市(のあたり)だよ」
というニュアンスで父に伝えていたのではないでしょうか。
祖父母の出生地が明らかになったので、早速インターネットで地図検索してみました。
祖母の住所は、すでに家はなくなっていました。
地名は残っているので、きっとこの数十年のあいだに住宅状況が移り変わったと思われます。
ですが、祖父の住所は、一軒の家にヒットしました!
もしかして、祖父の生家か!ということで、すぐに父に電話し、
「じいちゃんの生まれた住所に今も家があるよ!」
と伝えると、
「そうだよ」
と。
え、知ってたの?
実は私も過去に、この家に行ったことがあるらしいのです。
というのも、私が小学生のとき、父も渡邊家のルーツに関心を持ち、独自に調べたことがあったんですね。
その当時の父は、自身の父方のルーツをたどるべく、「伊藤家」について調べていました。
その中で、伊藤家のルーツが山形県にあることを知り、墓参りするべく家族で山形旅行に行ったのでした。
※このときは先祖代々の墓は見つからなかったそうです
で、この祖父が生まれた家ですが、最初の結婚のときに
「持っていた土地家屋を手放して、初婚のパートナーとともに満州に行く」
の際に、手放したものでした。
家を受け継いだのは、祖父の親戚だったらしく、
現在はその方の息子さんが継いでいます。
「毎年、年賀状のやり取りしてんだよ」と父。
なら、もっと早く教えてくれよ(笑)
この息子さん、私も30年以上前の記憶ですが、父より少し年上だったようなイメージです。
なので、現在70歳くらいでしょうか。
孫がいてもおかしくないくらいの年齢だと思います。
②「祖母の祖父」の名前が判明
父からもらった渡邊家の家系図では、私の曾祖父母までしか判明していませんでしたが、
祖母の除籍とともに、祖母の初婚相手の父親の除籍謄本も入手できたので、そこに、
そのさらに父親の名が記載されていました。
祖母の初婚相手の系統をたどっても、祖母の家系はさかのぼれないでしょ?
と思われるでしょうが、
以前書いた通り、祖母は初婚相手といとこの関係でした。
つまり、親同士がきょうだいなんです(祖母の母と、初婚相手の父)。
ということは、さらにその親が分かれば、一点に収束するんです。
そこが、私の高祖父母ということになります。
※ちなみに、私の祖父も祖母らといとこ関係なので、そちらをたどっても同じ高祖父母に行きつきます。
ただ、ここでいったんの限界を迎えます。
祖母の初婚相手の父親は長男なので、渡邊家の家督を継いでいるのですが、
今回除籍申請した留萌郡小平(おびら)町にある戸籍には、それ以前の山形県在住時代の住所が記載されていないんですね。
初婚相手も出生場所が「不明」となっているため、渡邊家のルーツがおそらく山形県であろうということしか分からず、今の段階では、「渡邊」の山形時代の除籍謄本を取りよせる市町村の検討がつきません。
さらに、初婚相手の父親は、その除籍上に、「母の氏名知ること能わざる」とあるので、私の高祖母の名前は現段階で不明です。
おそらく、小平町で戸籍が作られた時点では、亡くなっていたか、または離婚していたか。
いずれにせよ同じ戸籍に存在する人物ではなくなっていたのでしょう。
夫婦向けパーソナルセッション + オリジナルカード
で夫婦の話し合い習慣を手に入れよう!
「カチカンシル・セッション」