「それが競争だから仕方ないよね」と考えると不幸になる | 将来へのツケを減らすために

将来へのツケを減らすために

僕たちはもっと、政治経済の話をしないと日本は良い方に変わらない。
「将来へのツケを減らすために」問題提起していくブログです。

りょうです。

私たちが生きる世の中は、庶民にとって都合良くなりにくいのが現実です。

カネと力のある巨大企業が、カネも力もなく細々と地元のために働く人たちの仕事を奪い、潰す。

よく聞くような話ですが、「それが競争だから仕方ないよね」と思ってしまうかもしれません。

でも、似たような力同士の者が競争したのではありません。「それが競争」なのでしょうか?
「弱者が負けた」ことを、「優劣が決した」と同一視するのではなく、これはまともな競争なのかと疑問視する方が正しいとらえ方と思います。

アリと象を同じ土俵で戦わせたら、負けた方がどんな結果になるか分かるでしょう。

弱者が潰される世の中より、弱者が這い上がるチャンスがある世の中の方がまともです。

それでも、景気が良ければそこそこ巨大企業の恩恵も受けられるでしょうが、不景気になったときに、「利益が出ないから撤退する」となったら、その地域はどうなるのでしょう。

こうしたリスクまで考えると、「負けて残念だけど仕方ない」などと片付けてはいけないのです。

弱者が潰されるのが仕方ないなら、憲法、人権、民主主義など無意味となることを、仕方ないと納得できるでしょうか?

理念の貧しい理不尽な強者は、カネの力で大手メディアのスポンサーとなり、自分たちに不利益となる情報は報道されないようにし、自分たちに有益な情報を発信し、不当な競争を「正当化」します。
「それが競争だから」という考えは、自分で考え付いたことではなく、強者により広められたという可能性があるのではないでしょうか?



カネの力で「強い者にとって邪魔なルール」を変えていくこともできます。サッカーをやっている途中に、カネの力のある側がルールを変えていったら、まともな試合になりませんが、まともな試合をしなくても楽に勝てます。

デフレから抜けられない日本にとっては、強者による「規制緩和」が「強い者にとって邪魔なルール」の変更です。「規制緩和」で弱者が這い上がれるなら良いのですが、そうではありません。

マスコミは「規制緩和」という、何をするのか想像しにくい言葉を前面に出したり、「変える」「改革」という、いかにも庶民、弱者が幸せになりそうなイメージを伝えようとすることがあります。

例えば、これらを少しイメージしやすい形に変えた「日本をぶっ壊す」「岩盤規制にドリルで穴を開ける」というが言葉あります。しかし、これらが弱者の所得を増やす政策なのか、強者のビジネスを有利にするものなのか、実際はどちらが近いでしょうか?



弱者が、理念の貧しい理不尽な強者と対等に渡り合い、まともな競争をするには「数の力」が必要であり、昔から重要視されてきました。「組合」「商工会」なども、少数では敵わない強者と対等に渡り合う知恵です

例えば今、その中の「農業協同組合」がやり玉に挙げられ、解体されようとしています。それを主導するのは、与党自民党の小泉進次郎農林部会長です。
多数派である庶民の味方であるべき政治家が、弱者の知恵である協同組合を敵視し、農林部長として解体させようとしています。庶民を憂う理念があるならば、こんなはずはありません。本来なら農業・漁業は、政治レベルでは日本人を飢えから守ることを考えることを軸にすべきなのに、小泉氏はビジネスの一つとしか考えていないようです。

農協解体に賛成する人は、その後どんな巨大企業が参入してくるか理解しているでしょうか?

農協解体については、こちらの記事が概要を理解しやすいです。


私たちが生きる世の中は、庶民にとって都合良くなりにくいのが現実です。信じたい気持ちを、言葉巧みに利用する人たちがいることを意識して、当たり前に得られる情報に騙されないよう、生きるための知識を身に付ける必要があるのではないでしょうか。