先日、市立図書館で借りてきた本のことを書いた
↓
「123456789」
今回は、借りてきたんじゃなくて、
買った本のハナシ。
とはいえ、半年以上前に買ったものなんだけど、
なかなか紹介する「きっかけ」がなかったのと、
あと、そもそもは
教室に持ってきて生徒に見せる目的ではなく、
ウチのチビすけに読ませようと思って買ったんだけど、
どうやらチビが読むようになるにはあと2~3年かかりそうなので、
それまでは教室に置いておこうと思って
今日、持ってきたのです。
こちら ↓

学研まんが・ひみつシリーズの
「からだのひみつ」。
これまた、僕が40年近く前に大好きで、
しょっちゅう図書館で借りてきては読んでいた本である。
僕は何十冊もあった
「学研ひみつシリーズ」の中でも
この「からだのひみつ」と「恐竜のひみつ」が好きで、
図書館に行くと、
誰か他の人に借りられてはいまいか、と探して、
もし書架にあったら、かなりの確率で借りて帰っていた、
一度読んだ本を何度も読むクセがあったのは
前に書いたとおりである。
ふとしたことで、「そんなのが好きだったなぁ」と思いだし、
調べてみたら、今は新訂版として売っているらしい、
さすがに何十冊も買うことはできないけど、
一番好きだった1冊をチビのために買っておくくらいはいいだろう、
・・・という大義名分で、
僕が読むためにネット注文したのだった
実際、この「ひみつシリーズ」で
僕の知識はかなり増えたと思う。

たとえば、「からだのひみつ」のあるページでは、
血液の中の成分のはたらきをマンガで教えてくれる、
上のページで泣いているのは白血球くん、
血小板が傷口をふさぐために固まったところですね、
この次のページで白血球くんたちは
ばいきんを退治して戦死する。
今回の2学期中間テストで
中学2年生たちがヒィヒィ言いながら覚えたことを
僕は、小学1年生の頃に
おもしろたのしく理解していたわけなので、
これは、僕がスゴイんじゃなくて、
マンガってのは、なかなかすぐれた文化だぞ、
ということです。
「物知り」とか評される僕であるが、
そんな僕の知識は
たいてい、幼少期に
「マンガ」か「テレビ」かで培われたものだ。
あと、
百科事典。
最近、図鑑ブームがやってきているようで、
僕も何冊か家において、
チビすけにみせようと思ってるんだけど、
それこそ「ブーム」とやらで
いろいろな特色のあるものが
ものすごい量出版されていて、
少々選びきれなくなっているところなのである。
が、ここで言うのは
「図鑑」ではなくて
「百科事典」。
こういうヤツです ↓

実家にあるのはコレだったかどうか、
少なくとも、こんな感じの
数十巻セットのヤツだ。
ちなみに、今1セット買おうとすると、
27万円とか、する。
・・・うん、買えません。
当時だって、相当高額なものだったにちがいないが、
ウチの親は、なんだか、本とレコードについては
我々子どもたちに、かなりの贅沢をさせた。
「百科事典」は、近年は相当衰退しているようで、
なんなら、昔ブームで買った人が
この数十巻セットを処分する方法がなくて困っている、
なんていう相談もみかける。
衰退した理由のひとつに
インターネットの発達を挙げる人もいる。
分からないこと、知らないことを調べようと思ったら
ちょいちょいとググれば、たいていのことが瞬時にわかる時代だ、
何十冊もの巨大な本を置いておく必要はない、
というリクツである。
が、そういう方は、
百科事典の有用性がわかっていない。
百科事典っていうのは
「調べるため」に置いておくものではないと
僕は思っている。
現に、僕は
実家の百科事典で何かを調べたという記憶はない。
じゃあ、事典で何をしていたのか、というと
見ていた、
読んでいた、
眺めていたんですね。
「百科事典」は「百科」であるから、
たとえば
「アイスランド」についての写真とか地図とか
そういうページの隣に
「アイスクリーム」の写真がどぱぱぱーんとあったりする。
写真だの絵だのがふんだんに使われた
そういう、ジャンルごちゃまぜのものを
眺めているのが好きだったのだ。
・・・まあ、確かに
少し変わった子どもだったかもしれませんね^^;
けど、
次に何が書いてあるかわからないというシチュエーション、
そして、
人の「目」というのは
どうしたって「目的物」の周辺にあるものも
とらえることになる、
という
この点において、
未だ僕は、英和にせよ国語にせよ、
「辞書は紙のものを持ちなさい」と言う。
ネットで調べたり、電子辞書を使うと、
「1」を知ろうとしたときに
確かに、かなりのスピードで調べることはできますね。
しかも、紙の辞書のようにかさばることがない。
ただし、
「1」を知ろうとして、目に入るのも「1」だけだ。
紙の辞書や百科事典であれば、
「1」を知ろうとしたとき
必ず、周囲の「10」が目に入る。
「そういえば・・・」「これにちなんで・・・」と
雪だるま式に、知識や思考が広がっていく。
誰かさんが、
「ムダなものこそが文化」とか言ったけど、
僕も同感であって、
この弁でいけば、
最大効率をはかった電子辞書は
ムダがないぶん「文化」の広がりもない、ということになる。
だから、ホントは、
自宅にも、教室にも
「百科事典」を置きたい。
・・・平凡社さんの34巻セットで
27万円(税抜き)
・・・うん、置けないね。
だからってわけじゃないけど、
僕はどうも
「仕掛け」をしたがっているようだ。

↑こちら、入間市教室の自習室の写真。
別に、今までと何もかわっていない。
壁には、塾によくあるポスター類。
私立高校のポスターとか、模擬試験の案内とか、日本地図とか。
それにまぎれるように
「意味不明」の写真を混ぜ込んでいる。

↑写真の赤マルのとこだ。
じっくり見ても、ヒトの顔とか気持ち悪いものが
出てくるわけじゃないから、ヘンな勘ぐりはしないこと。
実は、「今年版」は4月くらいからずーっと貼ってある。
自習室だけでない。

こっちの教室の天井付近にも、

こっちにも貼ってある。
教室に来る生徒たちは
みんなよく知ってるし、
毎日のように見ているので、
「景色」と化して、むしろ気づきにくいかもしれない、
そのくらい、長期間、しれ~~~っと貼ってある。
さっきの自習室の赤マルの写真を拡大すると
こうなっている ↓

・・・。
ハワイとアメリカです。

こちら、アメリカ。
自由の女神、
アメリカ50州(ハワイは載ってないかな)
ホワイトハウス、
モニュメントバレー、
ハンバーガー、
ラスベガス、
ニューヨーク、
ラシュモア山・・・
僕が思いつく、アメリカ的なものの写真を
ぐちゃぐちゃと、ジャンルごちゃまぜに貼っつけた。
百科事典で
「アメリカ」を調べると
きっとこんな感じに出てくるんだろうなぁ・・・
とばかりに。
もともとは、
小学3・4年生対象の
「地域支援コース」の授業の題材として作ったものなんだけど、
その使用が終わったあとは、
こうして教室内あちこちに貼ってあるのである。
(地域支援コースについては
こちらの記事からどうぞ)
現代では、百科事典が衰退した。
たぶん、図書館利用者人口も減っている。
みんな、家で、自分の端末で
知りたいことだけを知ろうとする。
テレビにしたって、
かつては
「一家に一台、チャンネル権は野球ファンのオヤジ」、
ゆえに
僕くらいの世代の人間や
興味があろうがなかろうが、
みんな野球のルールを知ってたもんだけど、
今はそういう時代ではない、
ひとり1台。
自分の好きなジャンルだけを見ようとするから、
未知のジャンルとの出会いの機会が極端に少なくなっている。
だから、
「アメリカ」とか言ったって、
なーんも思いつかない子が増えた。
壁に貼った写真たちは
そういうのへの抵抗かな。
さっき「景色」と化しているかもと書いたけど、
まあそれはある意味「狙い」であって、
こういうのを
「覚えなさい」とか「よく見なさい」とかやったって
あんまりいいことがあるとは思えない。
日常の中で、自然と目にするのがよいと思う。
(だから、実は去年までも貼ってあったんだけど、
いつの間にかオバマさんがトランプさんに変わっていることに
生徒たちが気がついたのは、けっこう時間が経ってからだったwww)

こっちはフランス。
やっぱり、子どもたちは
凱旋門やエッフェル塔すら知らないことが多いけど、
モン・サン・ミシェルとかルーブルあたりになると、
オトナ・・・ウチの若手の先生たちであっても知らなかったりして、
そうか、オトナと言っても、
今やウチの先生たちの多くが平成生まれ、
彼らもまたネット文化の住民だった。
ツール・ド・フランスは、
もはや僕しかわからない「フランス」なのであったww

タイ。
「なんか、暑そうで辛そうでゾウさん」とか
そのくらいに雑多なイメージがわいてくれるとよい。

ロシア。
「この怖そうなおじさんは誰?」
というのが、子どもたちの共通の疑問のようだww(=プーチンさん)

インドとかポルトガルとか。

イタリア。
さっきも書いたけど、
こういうのを、一生懸命見せようとしてるわけじゃない。
むしろ、子どもたちが気づかないうちに
そういうのが目に入っているということを狙ってる。
「常識」ってのは、勉強してついていくものではなく、
そうやって自然の中で培われていくもんだと思うし、
地理の勉強にどーたらこーたら、とか
そういう小難しい理屈以前に、
「ロシア」と言ったら、なんだか寒い地方のイメージがあって、
「中国」と言ったら、
ものすごい数の人が自転車乗って太極拳やってて、
「インド」と言われたら、おでこにルビーを埋めた人が
カレー食ってるイメージがわけばよい。
お分かりの通り、
「事実」かどうかとか
「正確」であるかどうか、
そういうのは、
「常識」が身についてから「修正」していけばよいし、
つまり
「常識」が「共通理解」だとすれば
我々日本人にとっての「常識」は「正確」であるとは限らない、
僕が彼らに身につけてほしいのは「常識」なのだ。
・・・ところで、
これらの写真は以前にもこのブログで紹介したので
「正解」をご存知の方もいるかもしれないけど、
最後の写真「イタリア」

この中に1枚、
「イタリア」以外が入ってます。
・・・そう指摘されずに
「あっ!!ココはイタリアではない!!」
と分かった人は
相当なマニアですわwww
kama
↓ブログ村ランキングに参加しています
にほんブログ村 塾教育
応援クリック、よろしくお願い致します^^
・・・正解。

↑左下のこの写真は、東京・・・・・もとい、浦安ですねwww