先日、あるご家庭からお問合せをいただきまして、
お電話でいろいろとお話しさせていただいたんですが、
お電話の先で、お母さまがおっしゃる。
「最近、ウチの子どもも
ようやく塾に通うことについて、
前向きに考えるようになってきた。
これまでは、自分で勉強してきて、それで十分だったけど、
最近、勉強の内容が難しくなってきて、
ほかの人に教わったり、アドバイスをもらったりするのも
必要なのでは、と思い始めたようだ。
ところで、じゃあ「塾」を探そうとなったとき、
今、90点くらい取れている子が
もっと上・・・98点とか100点とか
そういうのを取りたいと思ったときには
やはり集団授業がいいのか、
でも、みんなと同じことをしていて、
そういう「上の方」を
目指すことができるのか、
そう考えたら、個別の方がよかったりするのか・・・」
「集団」か、「個別」か。
という、この大きなテーマについては、
これまでも当ブログやオフィシャルブログでも
何度か書いてきた内容です。
(参考記事(タイトルクリック):
いずれも、愛夢舎の「個別」or「集団」への
スタンスを書いています)
「個別指導か集団指導か
~愛夢舎の指導方法」
「『自習』ではなくて」
「愛夢舎の『入塾基準』」 )
愛夢舎は、
「授業」は集団、
「演習」は個別、
言い方をかえますと、
「集団授業で、個別にみてる」
というのを、今のところの「姿勢」として
お話しさせていただいております。

授業は「集団」にこだわっています。
妙なハナシですが、
たとえそのクラスの生徒が1人や2人であったとしても、
講師が黒板を背に、立った状態で、
大きな声で、板書しながら生徒に向かい、
対話式授業を行うというスタイルは変えません。
生徒が10人であったとしても、もちろん同じです。
「集団」にこだわるのは、
そもそも高校受験なり大学受験なり、
社会生活なり、学校生活なり、
我々、彼らが囲まれている世界そのものが
「集団生活」であって、
「集団のペース」というものが存在し、
「集団の中における自分の位置」を知るということが
とても大切であると考えているからです。
勉強という、非常に狭い世界に限ったとしても、
やはり「集団のペース」を知ることは重要です。
カンタンにいえば、
高校受験までに必要なペースというものが存在する。
それは、ひとりひとりが、
ついていけようが、おいていかれようが、存在するわけで、
たとえ、自分がついていけなかったとしても
「ペース」が待ってくれるわけではない、
入間市教室には、いま現在
7中学から生徒が通ってくれていますが、
7つも中学があれば
同じ教科だとしても、その進み具合は
しっちゃかめっちゃかです、
で、別々の中学の子どもたちが
同じ教室で授業を受け、
「えっ?もうそんなに進んでるの?!」
「ああ、ウチの学校は速い方なんだな」
ということを知ることも大事なことです。
そういうわけで、ウチの授業進度は
どこか特定の学校のペースに合わせているのではなくて、
ウチの教務部が長年かけて作ってきた
愛夢舎独自のシラバス(年間授業計画)に基づいています。
ウチの授業を「ペースメーカー」とし、
それに対して、自分がどの位置にいるかを
子どもたち自身が把握するわけです。
授業を「個別」にしてしまうと、
この「ペース」がわかりづらくなってしまいます。
ここでいう「ペース」というのは
必ずしも「スピード」とは限りません。
そうですね、「平均」と考えてもいいかもしれない。
つまり、ほかのメンバーが
どういう進み具合で、どういう処理スピードで、
どういう理解度で、どういう忘れ具合で・・・という「平均」、
「標準」、「スタンダード」、
言い方はいろいろありますが、
とにかくそういうのは
周りと比較することで気づくことです、
ゆえに、
「勉強がニガテだから個別が向いている」
というのは、
まったく
間違っていると思っています。
それは、周りをみないから
「勉強がニガテ」という言い方になってしまうのであって、
集団に入ることによって
自分の「現在地」と、
もし確かに自分が遅れているのであれば
自分が追いつかねばならない「地点」が見えることになるし、
周りをみないからこそ
「自分だけ、できていない」という思い込みにもつながる。
苦手だと感じている子こそ、
まずは「集団」の中で
周りをみて、
なんなら、周りのマネをしてみることが
第一歩なのです。
さて、授業を集団で行いますと、
そりゃ、授業中の理解度は
人それぞれになりますね。
ある場合は、
その子にとって、塾の内容はとてもわかりやすいものでしょう、
しかし、別の場合、
「うわぁ、この範囲はぜんぜんわからないぞ!」
ということもあるかもしれない。
あるいは、
ある子は、どんな範囲でもスラスラできるようになって、
別の子は、毎回まいかい、理解するのに時間がかかってしまう、
そんなこともありますね。
それは、当然のことです。
そして、
なんの問題もありません。
集団授業は
自分の位置を・・・
「平均」、「標準」、「スタンダード」
を知ることが価値であると書きましたが、
そもそも、クラス全員が
「平均」を目指しているわけではありませんから。
端的に書くと、
川越高校、所沢北高校を目指している生徒と、
豊岡高校、入間向陽高校を目指している生徒では、
必要な要素が大きく異なる、ってことです。
県立高校志望と私立高校志望とでは
また大きく異なるし、
入試対策なのか、学校の定期テスト対策なのかでも
勉強の仕方は大きく変わりますね、
生徒によって、
そもそも「目指しているもの」
が異なるので、
全員、同じ得点力である必要はありません。
これまた
「標準」との比較でわかってくることです。
もちろん、ウチでも
最低限のクラス分けをしているけど、
たとえば、
「選抜クラス=所沢北以上」
とラインを引いたところで、
そのクラスの中でだって、
ひとりひとり、必要な要素が異なります。
っていうか、
たとえば、高校受験という目標で考えるなら、
英語や数学という
教科単体で考えていること自体が
不完全であり、間違いであるわけなんです。
教科間バランスを考えずに、
また、単に苦手な教科を勉強すりゃいいってもんでなく、
この教科が、ほかの教科にどのように影響しているか、
そういう深い連関までを考えると、
仮に、目標が同じだったとしてさえも、
ひとりひとり、
すべきこと、
たどりつくべき場所は異なる
ってことになる。
だから、
その子に必要な
個別指導を行う
というのは、正しいわけなんです。
その子が本当に必要なものを得る、
成績を上げるということにおいて、
個別指導という手法は正しい。
けどね。
それは、
本当に
「その子に合った、
その子個別の指導」
であるなら、のハナシです。
これを書くと
あちこちから怒られるかもしれないけど、、、
先に謝っときます、ごめんなさい、
だったら、個別指導の塾さんは、
なんで、生徒全員
同じ教材を使ってんの?
ってことになりませんか?
ヘタすりゃ、
全員が同じ教材を使うだけでなく、
全員が、同じペースで授業を受けている、
違うのは、授業が行われる時間帯と先生だけ。
これもね、
業界の人はみんな知ってるけど、
「その教材を、上から順に読み上げていくだけで、
誰でも同じ授業をすることができる、という
スグレモノの教材」というのが
存在しているわけなんですね。
これは、先生ひとりひとりの資質とか能力によって
サービスの差が出ることがない、という意味で、
言い換えれば
誰がやっても
「スタンダード」を提供できるという意味では
大変優れたものであると思っています。
皮肉ではなくて、
たとえば、「公文式」なんてのはその最たるものですね。
けど、
それをもって
「個別指導」といったとき、
習わせる親御さんにおいては、
もしかして、大きく錯覚を招いているかもしれない、
「個別なんだから、
ウチの子に合った先生が
ウチの子に合ったレベルの教材で
ウチの子にあった指導をしてくれるに違いない。」
・・・たぶん、スタンダードです。
僕らは、ホントに
ひとりひとりの生徒に応じた成績の上げ方が必要だと思ってるし、
それをやりたい、と思ってる、
そうしたら、
まず大事なのは、
「観察」でしょう。
そして
「提案」。
たとえばね、
超一流のレストランになると、
お客さんに対して
少しずつ調理法と味付けを変えますね。
同じお客さんだとしても、
その日の体調によって変える。
たとえば、今日はこのお客は
少し脂を控えた部分がよかろうと、肉をカットしたり、
塩を少し強くしてあげよう、とか。
ボタンひとつで、
全員、同じ量のご飯と、同じ量のオカズが
同じ味つけで出てくるシステムだと
「大失敗」はないよね、
また、チェーン店だとしたら、
店舗による大きな差も出ないから、よい、
まさに「スタンダード」。
が、ウチは
「超一流レストラン」をやっていると
言ってもいいかな。
たとえば、たとえば、
レストランが
お客さんの好みや体調を聞くときに
「好みは何ですか?」
「体調はいかがですか?」
と聞くのは、
まあまあ一流かもしれないけど
「超一流」ではないだろう。
「超一流」は
お客さんの顔色であるとか、
世間話の中のヒント、
(最近、仕事がこんなんで、どこそこに行って、
どのくらい忙しくて・・・とか)
あるいは、食前酒に何を選ぶか、とか、
あるいはあるいは、前菜を食べたときに
どういう風な味に感じるか、
そういうので分かっちゃうらしい。
ウチは、集団授業の中で
生徒の「調子」を把握するわけです。
授業は「生徒」がスタンダードを知る場であると同時に
「講師」が生徒の調子・・・
どこが苦手で、どこが得意で
ということや
間違え方のクセや
テストの受け方などを把握する場でもあり、
それをもとに、
生徒に別個の指示が出る。
ともすると、
生徒ひとりひとりに
別の課題(=教材)を与えることもある。
なに、そんなに難しいことじゃないよ。
たとえば、昨日の記事にも書いたんだけど、
前々回の授業で
二次方程式の応用問題の「スタンダード」をやってみたら、
ほんのわずかのメンバーをのぞいて、
ほぼ全員、「平均以下」だったわけですよ orz
だから、昨日の授業では
それぞれの「課題」発見のために
1枚1問のパターン・プリントをこしらえて、
解いては解説、解いては解説、のスピード授業、
結果、クラスのメンバーは
自分ができた問題をできなかった問題とを把握した、
あとは、自習で
できなかった問題のみ、
個別に教わって、できるようにしていくという。

これはテスト対策においてだけど、
たとえば入試対策だと、
もっとハッキリする。
受ける高校が異なるわけだから、
それぞれ、みんな、
自分の受ける高校の過去問を持って、
先生の前に座り、
どういう勉強をすればよいかの指導を仰ぐ。
現中学2年生にも
時間的および学力的余裕が残っている間に
より高次のチカラをつけるべく、
別の課題プリントを持たせて
既習範囲の応用力をつけさせている子もいる。
逆に、全体のペースとば別の流れで、
すでに授業では終わってしまった部分、
たとえば、3年生に対して、
1年生の初めの方の英語であるとか、
そういう復習部分を補っていくのも
また、別途課題と個別指導のなせるワザである。
そして、日々の面談によって僕が把握したり、、
志望校調査などに書かれたりした
彼らひとりひとりの「目標ライン」を
講師たちに示すことで、
本当の意味での個別指導が可能となります。
そうですね、
たとえるなら、
ウチの講師たちが
お客さんの体調に合わせた調理ができる
超一流シェフであるとするなら
僕の役割は
お客さんのニーズを把握する
一流ホテルのコンシェルジュであるかな。
さて、冒頭のお母さまとのお話。
「・・・集団がいいのやら、個別の方がいいのやら・・・」
とおっしゃるので、
僕は
「・・・あのぅ、ボクがこういうこと言うと
うさんくさいというか、、なんなので、、、
あんまり、言っていいのかどうか、
わかんないんですが・・・
お母さん、
そういうとき、
まさにウチですよ。」
と言わせていただいた。
こんなカタくはないけど、
要するに、こういうお話しを差し上げ、
「・・・じゃあ、ウチの子が通わせていただいたら、
先生がそういうことをしていただける、、、
(その子に必要なことを把握し、提示して、
個別に指導させていただく)
先生には、そういうこと(必要なこと)が
わかってしまうと・・・こういうことですか?」
とおっしゃるから、
「そのためにいます。
そうでなければならないと思ってます。」
とお答えしました。
・・・ええと、
だいぶ長くなりましたが、
ときたまお尋ねいただく質問なので、
少し丁寧にご説明させていただきました。
これが
愛夢舎に
成績オール2くらいの生徒もいれば
文字通りオール5、偏差値70以上の生徒もいて、
それぞれが、それぞれに応じた伸び方をする理由です。
そういうわけで、
「集団か個別か」、迷われている方は
どうぞ、「愛夢舎」へ。
kama
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