象の夢を見たことはない -310ページ目

フラグ

ゲーマーでゲームキャラのデザイナーのマイミクのコの日記に、フラグが云々というコメントを入れたら、どうも向こうからのそれに対する答えが予期したものと違う。

フラグ違いで、ゲーマーのフラグは、コンピューター用語から派生してまったく違う言葉になっているのに驚いた。


なんで、こんな近い人種の間で言葉の意味が違うのかと思ったのだが、要は発達速度が速い世界だと言葉のアバター化が進みやすいということで、逆に言えばそれに驚いている時点で、すでに自分の老化が始まっているということである。


言葉の意味が違うといって怒っているのは、だいたいおじさんで、彼らはcatch upできていないことを露呈しているだけであるが、本人はそれに気付いていないことが多い。

若いうちは、それもこれも含めて言葉で遊べるし、ものを作るときにはちゃんと違いを意識して適切なほうを選べたりもするものだ。


ということで、じいさんの道まっしぐらであることよ。やれやれ。

『情熱大陸』 滝田明日香

前回4月22日配信の『マサイマラ・レポート 第10回』に、昨日放送された『情熱大陸 』の取材についての感想が書かれている。

まだ、JMM にはアップされていないようだ。


30分間の番組で、CMを除くと、正味20数分だろうと思うのだけれど、実はこの取材1ヶ月ほど受けていたそうだ。企画から、TVクルーの準備期間やら編集まで考えたらいったいどれだけの労力と時間がかかっているのだろうか。TV番組ってお金と時間が自分たちが考えている以上にかかっているものなんだなとあらてめて感じたのであった。


企画書のプレゼンから3月の撮影にいたるまでの話についてはここでは書かないのだけれど、ディレクターのK氏とそのカメラマンのS氏については

「人間が大好きなかなりあつ~い人間なのである。そして、一緒に来たK氏とよくコンビを組んでいるカメラマンS氏も、同じぐらい人間愛に熱い人だった。二人で仕事をしている姿を見て、実にいいコンビだな~なんてつくづく思ってしまう。」

なんていうふうに書いてある。

取材についても、

「いろいろな意味でとても思い出深いものになったと思う。毎日マイクをつけて暮らすのや、顔の目の前につねにカメラがある生活は、正直最初は変な感じだった。でも、そのうち慣れてしまい、カメラ向けられているのなんて忘れて、犬の首を締め上げるマサイに対して声をあげて大喧嘩したりして、自分の本性出しまくり。」

なんて書いてあって、今番組を見ていて思わず笑ってしまった爆笑わはは、思いっきり出てましたねぇ、本性。


なぜかああいう気の強い人には惹かれる。このまえスイミング仲間と千葉すずちゃんの話をしていて、


友人A :「あの人、気が強いよね。でも、あーいう人好き」

わし  :「でもさ、喧嘩するとグーでなぐるらしいよ。殴られてるらしい(笑)」

友人A :「貴司?」

わし :「そう。」

友人A :「でも、すずちゃん好きな人、男に多いよね」

わし  :「わしも好きのんびり


ということで意見が一致した。スイマーにはMが多いのかもしれない。。

ちなみに貴司とは、Mrバタフライのあの山本貴司である。

でも、実はああいう女の人は、ガラスの心臓だったりする。そういうのが見えるから、結構男からは好かれるタイプだったりもするのかと、2人で話をしたのだが、所詮、どっちも彼女なんていないヤツらのたわごとある。見立てがあっているかどうかなど、ふたりともわからなかったりするのだ。


まあ、そんなこたぁ、どーでもよい。

どうもこの年代の人は、タフな人が多いのか、インドで会ったコたちも、彼女と同じくらいの年の人が多く、みな今も魅力的だ。たぶん、この年代、いま人生でもっとも旬な時間を過ごしている女たちなのかも知れないなあとそんなふうに思った。

ただ、テレビで写されていない真実というのが、たぶん彼女のほんとの生活でそんな生ぬるいもんではないだろうというのは、彼女のホームページhttp://www.asukafrica.com/ からでもよくわかる。

やはり一人で生きて仕事をするにはハードな土地で、だからK氏とS氏のコンビにまず目がいくところがいじらしかったりもする。また、これも妄想なのかもしれないがにゃ。。

だいたい、いじらしいもなにも、自分こそしっかりしないといけないのだが。。まあ、よいわ。


また、本を買ってみよう。

晴れ、ときどきサバンナ―私のアフリカ一人歩き (幻冬舎文庫 た 36-1)/滝田 明日香
¥560
Amazon.co.jp

GAME - Perfume

GAMEアップGAME  買いました。アゲアゲ


どうも、最近疲れると思ったら、欲望がぼんやりしているからであった。


「何だ、こんなもの、夢二じゃないか」とは青山二郎の言葉である。


空を眺めて物思いにふけっている少女のことを指したのだそうだ。


白洲さんが骨董屋で、昂奮して「買った」と叫んだとたん、そう一笑に附されたことがあるようで、叫んだものとしてはたまったものではないのだが、そのあたりがあの御仁のおそろしいところなのだろう。


青山氏が言うには、要は頭で空想して目で見ていないということらしいのだが。。


そのレベルまでいかなくとも、自分の欲望というものがはっきり目にみえる形をもたないとどうやら疲れるらしいというのがよくわかってきた。


「ポジティブでアクティブでフレッシュでキラキラアップ

な人を目指す

「ネガティブで現実的で怠け者で面倒くさがりダウン

な人が書いているブログです。

目指すは「キラキラ」!!実態は「ぼんやり」!!

ポジティブぶったブログを通じて、

本当にポジティブな感じに近づけたらなぁキラキラ


っていう女のコのブログを見て、「おおっ!俺ってこれだよ」と思った次第である。いやいや、若いコはすばらしい。

年寄るとそういうことすら自覚したくないとの保身が走るのである。やれやれ。


で、村上龍の対談集を読んでいたのだが。。

『ラブ&ポップ』、普通の女子高生が援助交際する小説についてで、最近では援助交際も下火になってきたと。それで援助交際もしない、なんとなくまじめなグループに入っている女子高生と30分ぐらい話したんだけれど、死人みたいで、話していると生気を吸い取られるみたいに疲れたと。

要は彼女たち自身のなかにワクワクする概念がないから、話していて疲れたのだと龍氏は言っていて、なるほどと自分の状況に納得した。


エヴァンゲリオンの庵野秀明氏との対談で、その庵野さん、『ラブ&ポップ』の映画監督なのだが、彼が脚本の薩川昭夫さんと原作からハズさないようにしたポイントが2つあって、


裕美がトパーズの指輪を今日中に手に入れようと決心したときの、「やりたいことや欲しいものは、そう思った時に始めたり手に入れようと努力しないと必ずいつの間にか自分から消えてなくなる」


「何かが欲しい、という思いをキープするのは、その何かが今の自分にはないという無力感をキープすることで、それはとても難しい」


というセリフだったと。

たしかに、「これはこのとおりだ」と、うんうん!納得なのだが、この言葉だけだと、なにかが足りない気がする。


欲望には形がある。


『思想というのも目に見えるものではなくてはいけない』。そう言って、青山氏が白洲さんを、あるバアのマダムのところへつれていくくだりが、白洲さんの『遊鬼』にも『いまなぜ青山二郎なのか』にも書かれている。

詳細は省くが、はたして、『ラブ&ポップ』に描かれているのは夢二なのかバアのマダムなのか。


ゴロッとした欲望。それは実体をもっていなくてはいけない。


どちらにせよ、自分で自分の欲望の形が見えていない人というのは、自分も他人も疲れさせるというのは、


間違いない! (古っ!)


なのでGAMEを買ったのだ。アキバ系ではないぞよ。ああ、言い訳するのもたいへんである。

まったく言い訳にすらなっていない気もするが。。

ということで、TAROちゃんよろしく!!



フラクタルなキボウ

フラクタルな希望


追い求められるのは小説家ではない


ニュースキャスターではもちろんない


芸術家でもない


法則なんてない


自分でみつけること


それを後押ししてくれるひとは


いっぱいいる


そういうこと

KT - 我慢 is freedom♪

KT。


ITな今だからこそ。


祝!切手趣味習慣。


TVBros、あいかわらずわけわかりません。むちゃくちゃですな。

そして、シャラポワとみうらじゅんの写真です。


「シャラポワも実は切手愛好家なんですって」。


いら~ん!そんなマメ知識(笑)


以前、シンポジウムごっこの話 をしたのだけれど、そのとき、ある発表に対する講評で、外人のなんちゃら大学の先生が、得意げに、一般日本人ピーポーは絶対知らないような江戸時代の日本の学者先生とその説を複数並べ立てて、青い目で「どーだい!」って感じだったのを思い出す。ん?緑だったかもしれない。いやいや、茶…(略)


それに対する聴講者の日本人のセンセー方や学生たちの表情は。。


人間の機械的な様相に対する批判。それに対する笑い。


矯正のない『場』では、こういう様相は『笑い』に繋がらない。


「このおっさん、なかなかやるな」。私はそう思ってしまった。


情けない話で涙がこぼれてくるのだが、そういう余裕のなさというのは知識の量だけできまるわけではない。


遊びや人間の幅というのは、才能なのかもしれない。みうらじゅんとか糸井さんを見ててそう思う。


だが、そういうのは限界を超えたときに得られたりもする。あるいは、何かにいかに自分で熱中できるか。


そういう経験をできるかできないか。


みなが言うように人生の醍醐味っていうのはそこにあるのだろう。


いや、ちょっと待てよ。もしかして、あそこで笑わない。それは織り込み済みなのか?


みなの表情を見る余裕がなかったんだよね~。こらえていたような気もしないでもない。


キスをすると、1秒間に2億個の細菌が行ったりきたりするんだよ。」


そういう攻撃を、如何に我慢して乗り越えるのか。やはり、それが人生の醍醐味なのか。


あるいは、いかに笑わないかというある意味、最近の「ガキの使い」のダウンタウンみたいな我慢大会状況を、友達と飲みに行ったときに大笑いするために、とりあえず我慢するというのがお作法なのか?


たしかに、もう、ぷぷ。。トポ、トポロジー。。いやいや、それを我慢するのかしないのかは。。


自由だぁ~


我慢 is freedom♪ 我慢 is freedom♪


やっぱり、でもそれを我慢するのが、大人の修行なんやで。(T_T)


それいけトポロジー