シンポジウムごっこ
2008年02月23日(土) テーマ:ブログ友達にシンポジウム好きのコがいて、誘われて、南山大学に物見遊山で出かけていった。
彼がどういうつもりでシンポジウムを回っているのか真意は聞いていないが、私は、彼は「シンポジウムごっこ」という遊びを新たに考え出したのだとひそかに思っている。
この「シンポジウムごっこ」の一番の要素は、度胸だめしである。
南山のときは、彼が講座を探してきたのだが、どうやら研究会であったようで、出席者は大学の学者先生ばかりであった。
みなさん学者然とした服装。その中に、ジャージの上っ張りに運動靴のヤツと、コンバースの水色のハイカットのバスケシューズでボーダのTシャツといういでたちのヤツが混じるわけである。「なんか、わけわからんやつがおるぞ」っと先生方は思っていただろう。
ドイツの大学のある先生を招いての研究会で、出席されていた先生方は、ドイツ語がわかるようだ。そのドイツの先生の発表の途中で、みなさんいきなり拳で机を叩く。内容に賛同したことの表明なのだ。こちとら、ドイツ語なんてわからない。浮きまくりである。たいそう、スリリングであった。
先週は、名古屋大学でシンポジウムがあるとかで、出かけていった。人文系のシンポジウムである。
完璧に場違いな服装で出かけているのだが、個人的には、大学の人文系の学者さんたちは、もっとオシャレでヤクザで在って欲しいなあと思う。なんかどうもみなさん学者然とした服装なのである。はっきり言って野暮ったい。
ツイードのジャケットでも、もうちょっと粋な柄ものなんかをサッと着こなして、ひらりひらりと言を左右にしながら、ちゃっかり予算はブンドってくる。人文系ってヤクザな家業なのかどうかわからないけど、どうせなら、「ベルクソンの『笑い』? 感心しないね。あれは、モリエール論だよ」なんて、松岡正剛さんのようにバッサバッサやって欲しい。
ああいうバッサリ感は、カッコいい。そのカッコよさのためだけに、鬼のように読書して関連文献読み漁って思索するっていうのが、イケテル人文系の学者さんのイメージなのだが。
で、調査という名目で世界中を飛び回り、寸暇を惜しんでダイビングとか、うまいものを食べるとか、はべらせるとか。学者さんも、遊んでナンボでしょう?とおもうのだが。
今回のシンポジウムを聴講していて、そうつよく感じた。
なぜか?内容があまりにもひどかったからである。こんなばかな研究をしている学部だとは思わなかった。
というか、あれは絶対、シンポジウムの名の下に予算を国から分捕って、体のいい出張をしているに違いない。
それを、他国の大学と連携しながら回り番でオーナーになってやっているのだ。今回は、名古屋大学が親の番なのだ。
今回のシンポジウムには、日本からは京大とか神戸大とか九州大とか、ほかの国だとハイデルベルク大とかオックスフォード大とか韓国の大学とか、いろんな国の大学の学者さん達来られていて、それぞれ15分ほどの発表をして、それに対し、発表者の先生方が順繰りに質問と講評をする形式だった。
15分の発表なので、内容なんてあってないようなものである。映画「アメリカンビューティー」のマスターベーション話やら、江戸時代、吉原での梅毒がはやったが、お茶で治したとか、そんな話だ。学生が片手間に調べてつくった原稿とパワーポイントなのかもしれない。
大学の人文系の人たちが作り出しているシステムにあらためて感心してしまった。国からの予算の貰い方とか。
だから、敢えてヤクザであってほしいと、しかも弁の恐ろしくたつ。どうせならそうあって欲しいと。そうつよく感じた。
ソーカル事件 の本質は、物理学の教授でもこのくらいのことは片手間に書けるよという事実だと思っているからである。
シンポジウムの間、そんなくだらんことを考えていた。






