象の夢を見たことはない -274ページ目

日記

今日は午後休。

残業時間調整で、フル休日にするつもりだったのだが、インド側がトラブってたので調整が必要だった。
放っておくと締め日をズルズル延ばそうとする。まったく。。

久々にCafe Dufiへ。
1年以上無沙汰に過ごしてしまったので、カウンターに座ってもマスターとの会話はなかった。
お客が話さないと話さない人だが、距離感が抜群の人なので、なれれば居心地はすこぶる良い。あいかわらず目線のはずし方が手練な感じ。

バイトのコもさすがに以前と代替わりしてたが、同じような感じの距離感のいいコたちがこういう店では揃うのか、マスターがなにも言わないでも事がするする運ぶ。

マスターは必要最小限のことしか指示はしない。
そういう教育法はなんだか素敵だ。だが、マネしてできるものではない。そういうのは技術じゃなく「人」だとそんなふうに思う。バイトのコが居つくか居つかないかも含め。。

今日買った本

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)/三浦 しをん

¥570
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ジェネラル・ルージュの凱旋(上) [宝島社文庫] (宝島社文庫)/海堂尊

¥295
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沼地のある森を抜けて (新潮文庫)/梨木 香歩

¥700
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百寺巡礼 (第5巻) (講談社文庫 (い1-64))/五木 寛之

¥590
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買い過ぎである。

午後観たDVD
クローバーフィールド/HAKAISHA スペシャル・コレクターズ・エディション (ブルーレイディスク)

¥3,651

撮影の仕方がこの手の映画として斬新。海外のアニメおたく監督に、日本人監督はとうてい太刀打ちできない。
とはいえ、主婦層にウルトラマンや仮面ライダーが人気というおかしな現象というのはまだ外人にも理解できてないだろう。そのあたり、またとんでもない切り口で外人にオマージュしてもらいたいものである。

今から観ようとしているDVD
ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション

¥3,092

コーエン兄弟、ひさしぶりにヒットな映画なのか。ちょっと楽しみ、というかかなり期待。

よくわからない感情

自らが損なわれて泣いている人を見てもなにも感じないが、

他人が損なわれて泣いている人には、どうしていいかわからない。

なんでだろう。

あ!ひらめき電球

おそらく、脳神経がグリッドになっているからだろう。

神経細胞の連携の仕方は、プログラムで特定のサブルーチンを加えていくというような処理で発達していくわけではない。そういうことだろう。

アクションアイテム
このあたり池谷氏の本を見直すこと。

※ あとがき
自己保存欲求>>人に対する共感>人が人の痛みを引き受けていることに対する共感
強さの順番はこんな感じだろうと思う。
人の心の発達過程では、最後のヤツが一番後に出てくるんじゃないかと。。
だが、神経細胞の連携が成長過程でグリッド(格子状)的に発達するとなると、
神経細胞間のつながりの強さで、価値判断が逆転したり、考え方の位相が逆転したりすることが出てくるように思う。

※追記
雉も鳴かずば撃たれまい。前に書いたが、親であるそのキジは、己が発見されそうになってテンパったから鳴いたわけでなく、発見されそうになったヒナから注意をそらすために鳴いたのである。
それも野生の本能とするならば、果たして人間はそれより上等なのか下等なのか。
坂本龍一っちゃんの話の通り、まだ人間というものの評価は地球の歴史のなかでは審判されてはいないだけ。ヒトの脳神経の発達というものも、あるひとつのテストパターンでしかない。そういうレベルで考えたほうが良い。

『建築家 安藤忠雄』 雑記

仕事を再開してわかったのだが、やはり自分の奥まで入り込んで何かを考えるというのは日常の生活の中では難しい。

テレビであたえられる断片的なニュースは、自分の専門分野のニュースを見れば気付くが情報の捉らえ方が浅薄で、しかもキャッチーだ。
そういうのを組み合わせて、世界観を構築したところで作られたものはゆがんだものになるのだが、そういうことすら意識から消えてしまって、ただ流されているニュースを享受してしまっている。
そしていつのまにかその世界観に捉えられる。

そういうことに日曜の夜に気付いたりする。

まあ、それはそれでよい。

安藤さんの本はまだ読んでいない。
ただ、荒木経惟氏がとった安藤さんのポートレートと、安藤さんの建築物の写真を眺めていた。

荒木氏の写真は昔からどうも苦手なのだが、眺めていて彼の情念が押し付けられてくるからなのかとも思っていた。が、ある種三面記事的な切り口に目をそらしながらも目が離せないでいる自分のいやらしさに気づかされるからだということにいまさら気づいた。

やはり一流の写真家という人たちはおそろしい人たちである。
目を奪う構図だとか、被写体のストーリーだとか、写真を撮る人のストーリーとかいうものの先。
そこに、まだなにか人を共通して捉える情念があって、それに捉えられる。

安藤さんの建築物の写真は、違う人が撮っている。

廃墟やコンビナートとかが好きなのだけれど、高度成長期以降そういう基調は多くの男子の中で共通に流れている。

安藤さんにしても、コルビジェにしても、あるいはバウハウス以降なのかもしれないけれど、ポストモダン建築のテーマの中にもそういう基調は明確に見える。

彼らが作っているのは人が入れない家だったり、図書館だったり、美術館だったり。

生活感がまったくない、あるいは人を寄せ付けない廃墟を作っている。

そのなかに男子どもは『孤高』を見るのだとそんな風にも思う。

遠くに立っているおとうさん。女の人はそれを彼らの建築に重ねてみたりするのだろうか。そのあたり、自分は女ではないのでよくわからない。

なんらかの情念に捉えられて生きることは否定できないし、それでよいのだ。そんなふうに思う。

「まあ、それはそれでよい」。そういうことだ。

豆家のりのり

昨晩は豆やのりのりで。

http://www.genge.co.jp/norinori/

インド第1期(2003.7~8)、インドファーストインパクト時代の知人が、冬休みで中国から帰国中。大阪からの来名とのことで同じくファーストインパクト時代の知人たちと4人でお食事会。

豆やというだけあって豆腐はおいしかった。入り口から玄関までのアプローチと内装が京都っぽく、ふすまの紙の質とか、細かいところでもちょっと凝っている雰囲気のよい店である。
きょうは和個室へ。器も料理も普通の居酒屋などより凝っている。一品一品の量は少ないので女の人と行くにはいい感じ。だが、男だけで行くような店ではない。

山芋のフライドポテトまで、織部をねらった器(量産品。ガンダムでいえばジム)にお行儀よく乗っかっているのをみて、みなでちょっと受けた。

そのコは、今は中国の湖南省の大学で日本語を教えているそうで、湖南省、たんめんが3元(1元が13円)、青島ビールも3元と物価はインド並みかそれより安い。学生街だから特に安いのかもと言っていた。

授業の話やら中国の学生は一人っ子政策でけっこうわがままだとか、料理はあっさりめでおいしいとか。
とくに麺系はふつうに目の前で麺を打つらしく、小麦粉の塊を削りながら茹でる刀削麺とか、いろいろうまそーだった。

やはり生活しないと、しんどいこともおもしろいこともわからない。
旅行者には見えないことは、100倍くらいある。短期出張や旅行などでは、結局物事の上っ面しかわからない。やはり、どっかに住みたいと強く思う。

インドで出会ったコたちはそれぞれ奥が深い。寒い日だったが、楽しい時間を過ごさせてもらった。

今日の疑問

鳥類が大きな目を怖がるのはなぜなんだ?

大きい目に恐怖するのはわかるのだが、それはなぜ目でなくてはいけないのか?

「他の動物を識別するのに、まず何を見るか?」というのは、多くの生物で共通な反射で、まず目を認識するということなのかもしれない。

目の大きさが大きければ、相手のほかの部分が目に入らないというのは、あまりにおバカな反射だと思えるのだけれど、それが遺伝的な素養として残っているということは…

茂木くんのロクでもない本を読むよりは、自分で考えたほうがよっぽどためになるし、真実に近い。

今日、本屋で平積みしてあったのでチラ見した。売れに売れているので、書きに書きまくっているのか、内容があまりに陳腐で…

まあ、旬というのにも真実はどこかにある。どこか?それを見分けるのが面白いのであって、そのものになんぞ大して意味などない。

ただ、お祭りはわっしも好きだ。

なので、おなじく平積みしてあった違う祭りに参加した。

建築家 安藤忠雄/安藤 忠雄

¥1,995
Amazon.co.jp

好きか嫌いか。なんにしたって、畢竟そういうもんである。

飛んで火にいる夏の虫。虫は火は好きなのか。

はてさて、火は鳥にはどう写っているのやら。。火に突っ込む鳥はまだ見たことはない。