象の夢を見たことはない -255ページ目

日常の中の非日常

ニャンちゅうなブログ-ミーソン遺跡

日常の中の非日常。
子供のころは、現実の把握力がなかったからか、すべてが生々しい現実であって、時間の感覚についても、生身の時間で生きていたような気がする。

経済的な要因とかいろいろあるとは思うのですが、現代人は生々しい現実から遠ざけられて生きている。たとえば、「時間」にしても、われわれが生きている「時間」は時計の上での「時間」であって、生きた時間間隔からは離れてしまっている(河合隼雄対話集『こころの声を聴く』)

今、そんな時間の過ごし方を続けるには精神力も体力ももたないのだけれど。かといって、時計の上での時間だけを生きていてもつまらない。

で、そんな時間から離れるために、生身の時間探しの旅に出る。

写真はベトナムのミーソン遺跡。グループHだったか。
はたして意味があるかどうかわからないけれど、なにかつっかい棒はいるだろうという。。
そんないいかげんな感じが結構好き。

ロンドンから始めた海外旅行、若い頃だったので、それはそれで刺激的だった。
まったく経験がないので、ヨーロッパでも生身の時間を過ごせた。
今は多分、ヨーロッパで生身の時間を見つけることより、アジアのほうがその目的には合っている。

いや、そうでもねえな。たぶん金もないし、なにより長時間飛行機に乗るのが苦痛だからだったりする。
4時間くらいでヨーロッパ行けたら、ヨーロッパ行ってるかも。

ほら、もう主旨が変わってきた。頼むわ、オレ。
では、また。

換金しない宝くじ

『グッドウィルハンティング』の中で出てくる大きなキーワード。

これは天才であるウィルにだけ当てはまる言葉じゃない。

ウィルにはなれない。けれど、誰にでも、それを言ったチャッキー(ベンアフレック)にだって還るべき言葉だったりもする。

さて、自分である。

出来るのはわかっているのだけれど、人として恥ずべきクソ野郎のために働きたくはない。

どーすりゃいいんだろうねえ。こういうとき。

そういう状況に後輩が追い込まれたら。どういうふうにしたほうがいいって自分だったら言うだろうか。

ああ。難しい。

トップダウンとボトムアップ

二元論的な考え方は人間の認識能力の限界を示すものなのか。

あるいは、現実を映す脳の神経細胞が模倣する世界の真理なのか。

世界のシステム自体、その構成物であるシステムに反映されている筈。

人間が果たして最終形態かどうかは別にして、そのシステムに真実はないと誰が言えよう。

最もそんな単純なシステムではないが。。

ワンダー×ワンダー

TVBrosでも特集されてたが、そろそろネタ切れになりそうな気もしないでもない。

で、今回は「発見!白い奇跡の鍾乳洞」。

気がついたのはいわゆる専門家を同行させて現場に入っていること。

79歳のじいさんがなぜか調査隊の中に。肥って一人じゃなにもできない、人でまといにもほどがある人をわざわざ呼び寄せ、画面で何度も大写しする理由はなんだろうとワンダー×ワンダーしてみた。

ほかにもリスク回避のための仕掛けがいろいろと。やるぜ、んhk。

わりぃー

ちょっと抜けさせてもらうぜ。

もうわかった。おれは好きなことをさせてもらう。

イヤなことも楽しんじまうってことなんて簡単な話。

行け!やれ!おじけづくな!

で、それも疲れたら休めばいい。
そんだけ。
人生なんて簡単!