PEACE LOVE
世界平和なら僕だって願うさ
ていうのが俺にもあるんだよね。だから言われても…と。それがどうしたというか。
言葉は言葉でしかないし、行動ですらそれが他人に対してホントはどうなのかっていうのはわかんねえ。世界はそんなに簡単じゃないし。想像力が足りねえのさとしか思わない。
「コミュニケーションは人間の夢だと思います」(クリックするとRVRに飛びます)というのは韓国映画『マラソン』のチョウ・ユンチョル監督がこの映画を作り終わった後の言葉で。
このインタビューを聞いていて、「あれ?」っと。そういう意図で作っていたのかと。もちろん作者が話すことは映画のある側面でしかないし、だいたい言葉で語れるくらいなら、はじめから映画など苦労して作る必要はないだろう。
自分が映画を観て感じたのは村上龍氏が話した映画に対する感想と同じようなことなのだけど、作り手はまったく違うことを考えて映画を作っていて。
だがしかし、世界というのはすべからくそういうものなのかもしれないとも思う。
人が人に伝えられるものは自分の意図したものではないけれど、それでもなんとなく世界は動く。
でも、伝え手に明確なイメージがないと、なんとなくすらも世界は動かない。
必要なのは空想力ではなく現実そのもので。そうしてやっと世界は動く。
インド人と仕事をしていてそれを痛切に感じた。
コミュニケーションは人間の夢だと思います。
夢をかたちにするってほんと大変なことで。
だから、そんなうわっつらな言葉より、客に対して丁寧に自分を伝えようとする姿勢だとか、日々の努力を感じさせるギター演奏だとか、長い間に培ってきた舞台度胸だとか、RHとか、RHとか、RHとか、なんかそんなモロモロのことのほうがいちいちリアルに響いて来て、そっちのほうに感動したり、自分のふがいなさに痛みを感じたり、自己嫌悪に陥ったり、なんとかしなきゃと思ったり、いや見本はここに今目の前にあるじゃないかと演者を観て思ったり、自分にとってはそれが高木フトシの魅力なのだとやっとわかった。
それがあるから、『So』は名曲。

そんなことをライブ中、ずっと考えていた。
いや、考えちゃいけなくて、たぶん、そのとき感じてたものがすべてだったのだけど。
そういう濃密な時間。なんで、もうちょっと若い時に俺はこんなふうにライブへ来る時間が持てなかったんだろうなあ。
ていうのが俺にもあるんだよね。だから言われても…と。それがどうしたというか。
言葉は言葉でしかないし、行動ですらそれが他人に対してホントはどうなのかっていうのはわかんねえ。世界はそんなに簡単じゃないし。想像力が足りねえのさとしか思わない。
「コミュニケーションは人間の夢だと思います」(クリックするとRVRに飛びます)というのは韓国映画『マラソン』のチョウ・ユンチョル監督がこの映画を作り終わった後の言葉で。
このインタビューを聞いていて、「あれ?」っと。そういう意図で作っていたのかと。もちろん作者が話すことは映画のある側面でしかないし、だいたい言葉で語れるくらいなら、はじめから映画など苦労して作る必要はないだろう。
自分が映画を観て感じたのは村上龍氏が話した映画に対する感想と同じようなことなのだけど、作り手はまったく違うことを考えて映画を作っていて。
だがしかし、世界というのはすべからくそういうものなのかもしれないとも思う。
人が人に伝えられるものは自分の意図したものではないけれど、それでもなんとなく世界は動く。
でも、伝え手に明確なイメージがないと、なんとなくすらも世界は動かない。
必要なのは空想力ではなく現実そのもので。そうしてやっと世界は動く。
インド人と仕事をしていてそれを痛切に感じた。
コミュニケーションは人間の夢だと思います。
夢をかたちにするってほんと大変なことで。
だから、そんなうわっつらな言葉より、客に対して丁寧に自分を伝えようとする姿勢だとか、日々の努力を感じさせるギター演奏だとか、長い間に培ってきた舞台度胸だとか、RHとか、RHとか、RHとか、なんかそんなモロモロのことのほうがいちいちリアルに響いて来て、そっちのほうに感動したり、自分のふがいなさに痛みを感じたり、自己嫌悪に陥ったり、なんとかしなきゃと思ったり、いや見本はここに今目の前にあるじゃないかと演者を観て思ったり、自分にとってはそれが高木フトシの魅力なのだとやっとわかった。
それがあるから、『So』は名曲。

そんなことをライブ中、ずっと考えていた。
いや、考えちゃいけなくて、たぶん、そのとき感じてたものがすべてだったのだけど。
そういう濃密な時間。なんで、もうちょっと若い時に俺はこんなふうにライブへ来る時間が持てなかったんだろうなあ。
サンタクロース
自分の家には、煙突はあったのだけれど、お風呂を焚く煙を外に出す煙突だった。
直径は約20cm。しかもT字型のアレである。
サンタクロースが来るであろうことを期待しなくなったのは、だから小学校の低学年の頃だった。
一度だけ枕元にお菓子の入ったサンタブーツが置かれていた。
妹と2人で狂喜したのだが、母親は農協の店舗に勤めてたのでそこで買ったのだろうことは、その日のうちにうすうす感づいていた。
JMM(No.666)で村上龍がこんなことを書いていた。
サンタクロースと言えば、昔、クリスマスシーズンに、フィンランド内のラップランドを取材したことがあります。北極圏すれすれのところで、12月だったので、太陽は1日中まったく見えませんでした。イナリという街の小さな空港で、テラスから凍てついた雪の原野を眺めているとき、林の中を、4頭のトナカイにソリをひかせて走るサンタクロースを発見しました。場所がフィンランドですし、わたしは、サンタクロースというのは実在するのか、とびっくりしました。
結局そのサンタは空港までやって来て、観光客を出迎えるツーリズムのオフィサーだったのですが、あのときの「サンタクロースは実在する」という驚きは、今でも忘れられません。わたしは今でも、ひょっとしたらサンタクロースは実在するのではないかとどこかで思っているようです。
このときの驚きは、それでもなぜか手に取るようにわかる。
「うわっ、サンタクロースだ!サンタクロースがいる!」
たぶんあの身体で村上龍は小躍りしただろう。
それが目に見えるようで…。
そういう驚きっていうのはすごく羨ましい。
もちろん多分自分も経験したことがあるからわかるわけで。
だけど、それがいったいなんだったのか、そんなふうに興奮したのはもう遥か昔のことで、果たしてほんとに経験したかどうかすらしっかりと想い出せないっていうのは、なんだか悲しいことだなあと思う。
直径は約20cm。しかもT字型のアレである。
サンタクロースが来るであろうことを期待しなくなったのは、だから小学校の低学年の頃だった。
一度だけ枕元にお菓子の入ったサンタブーツが置かれていた。
妹と2人で狂喜したのだが、母親は農協の店舗に勤めてたのでそこで買ったのだろうことは、その日のうちにうすうす感づいていた。
JMM(No.666)で村上龍がこんなことを書いていた。
サンタクロースと言えば、昔、クリスマスシーズンに、フィンランド内のラップランドを取材したことがあります。北極圏すれすれのところで、12月だったので、太陽は1日中まったく見えませんでした。イナリという街の小さな空港で、テラスから凍てついた雪の原野を眺めているとき、林の中を、4頭のトナカイにソリをひかせて走るサンタクロースを発見しました。場所がフィンランドですし、わたしは、サンタクロースというのは実在するのか、とびっくりしました。
結局そのサンタは空港までやって来て、観光客を出迎えるツーリズムのオフィサーだったのですが、あのときの「サンタクロースは実在する」という驚きは、今でも忘れられません。わたしは今でも、ひょっとしたらサンタクロースは実在するのではないかとどこかで思っているようです。
このときの驚きは、それでもなぜか手に取るようにわかる。
「うわっ、サンタクロースだ!サンタクロースがいる!」
たぶんあの身体で村上龍は小躍りしただろう。
それが目に見えるようで…。
そういう驚きっていうのはすごく羨ましい。
もちろん多分自分も経験したことがあるからわかるわけで。
だけど、それがいったいなんだったのか、そんなふうに興奮したのはもう遥か昔のことで、果たしてほんとに経験したかどうかすらしっかりと想い出せないっていうのは、なんだか悲しいことだなあと思う。
『阪急電車』
『阪急電車』を観た。
レンタル屋で10本くらいあるのに常に貸し出し中だったので観てみようかと。
何人かのストーリーが阪急宝塚線の往路と復路で交差する。
往路で話が展開し、復路で話が完結する。
それぞれの人にストーリーがある。
電車に乗り合わせた人がお互いの話に少しづつ絡んでいく。
一つ一つの話は日常によくありそうな話ではあるけれど、一歩づつそれぞれの人が相手に対して踏み出していかないと良いことは起こらないわけで。それを電車の往路・復路で展開させるというのがうまくできてるなあと。俳優陣も多彩だし。
なにより電車という乗り物が持っている日々の安定感というか生活感が。
いろいろありながらも、それでもゆったりと毎日は流れていく。
そういう安らかな安定感というか、このままずっと生活は続いていくだろう幸せというか。
ほんとは阪神・淡路大震災で西宮北口から神戸側は線路ぐにゃぐにゃに曲がってたし。よくここまで復旧したなあという感慨も住んでる人には特にあるだろう。
そういえば、神戸ルミナリエって慰霊と鎮魂、そして復興・再生への希望を表す行事なんだよね。だからそういう雰囲気はあるはずで。行きゃわかるはずなのにクリスマスだと思ってアガッてる人がいてびっくりした。
路線は神戸線だったけど、あの同じ濃いアズキ色の電車で大学通ってて、なんだかそのころはゆったりと時間がながれていて幸せだったなあってことを思い出した。
そして阪急電車のあの感じ。あれは、阪神間に住んだことある人だと実感としてわかるというか。いい電車だといまでも思う。阪神でも京阪でも近鉄でもJRでもない。神戸とか宝塚とか芦屋とかの雰囲気。とり澄ましてはいるけれど、とっつきにくいし、でも意外と細かな情はあるって感じ。
監督か原作は女の人なんだろうと思ったのだけど、両方とも男だと。ふむ。
芦田愛菜って関西弁上手いなあ、マジかよとおもったら西宮出身なのね。そりゃ上手いわけだわ。キャストの多くがwikipedia見ると阪急沿線にからんでるだろう場所出身みたいで。そういうとこもなんだかいいなあ。
個人的には『おにいちゃんのハナビ』を観て、「うわっ、このコはエエコやなあ~」と思った(←単純)権田原美帆役の谷村美月の話がやっぱり好きだわ。田舎者が阪神の大学へ行くっていうとこが共感する笑
<訂正 2012.5.30>
原作は、有川 浩。女の人だった汗
ぜんぜんダメだな、オレ。。
映画版は監督は三宅喜重、脚本は岡田惠和。うーむ、こっちだけ見たのか?
レンタル屋で10本くらいあるのに常に貸し出し中だったので観てみようかと。
何人かのストーリーが阪急宝塚線の往路と復路で交差する。
往路で話が展開し、復路で話が完結する。
それぞれの人にストーリーがある。
電車に乗り合わせた人がお互いの話に少しづつ絡んでいく。
一つ一つの話は日常によくありそうな話ではあるけれど、一歩づつそれぞれの人が相手に対して踏み出していかないと良いことは起こらないわけで。それを電車の往路・復路で展開させるというのがうまくできてるなあと。俳優陣も多彩だし。
なにより電車という乗り物が持っている日々の安定感というか生活感が。
いろいろありながらも、それでもゆったりと毎日は流れていく。
そういう安らかな安定感というか、このままずっと生活は続いていくだろう幸せというか。
ほんとは阪神・淡路大震災で西宮北口から神戸側は線路ぐにゃぐにゃに曲がってたし。よくここまで復旧したなあという感慨も住んでる人には特にあるだろう。
そういえば、神戸ルミナリエって慰霊と鎮魂、そして復興・再生への希望を表す行事なんだよね。だからそういう雰囲気はあるはずで。行きゃわかるはずなのにクリスマスだと思ってアガッてる人がいてびっくりした。
路線は神戸線だったけど、あの同じ濃いアズキ色の電車で大学通ってて、なんだかそのころはゆったりと時間がながれていて幸せだったなあってことを思い出した。
そして阪急電車のあの感じ。あれは、阪神間に住んだことある人だと実感としてわかるというか。いい電車だといまでも思う。阪神でも京阪でも近鉄でもJRでもない。神戸とか宝塚とか芦屋とかの雰囲気。とり澄ましてはいるけれど、とっつきにくいし、でも意外と細かな情はあるって感じ。
監督か原作は女の人なんだろうと思ったのだけど、両方とも男だと。ふむ。
芦田愛菜って関西弁上手いなあ、マジかよとおもったら西宮出身なのね。そりゃ上手いわけだわ。キャストの多くがwikipedia見ると阪急沿線にからんでるだろう場所出身みたいで。そういうとこもなんだかいいなあ。
個人的には『おにいちゃんのハナビ』を観て、「うわっ、このコはエエコやなあ~」と思った(←単純)権田原美帆役の谷村美月の話がやっぱり好きだわ。田舎者が阪神の大学へ行くっていうとこが共感する笑
<訂正 2012.5.30>
原作は、有川 浩。女の人だった汗
ぜんぜんダメだな、オレ。。
映画版は監督は三宅喜重、脚本は岡田惠和。うーむ、こっちだけ見たのか?

