2010年、4月に抗がん剤を終了後、千葉のがんセンターで手術をすることになりました。
本来なら、抗がん剤を5クールほどした後、小さくなった腫瘍を取る手術をして、また抗がん剤をする、というのがセオリーです。
ですが、私の場合、ほとんど小さくならなかったので、手術が難しく、腫瘍はとらないことになりました。もちろん、とるのが一番いいのですが、私の腫瘍は神経の上にあったので、術後、歩けなくなる可能性が高かったのです
年齢を考えると、歩行できなくなるという可能性のある手術はできませんでした。
それにしてもあんなに辛い抗がん剤をしたのに、思ったほどの効果が無いのは悲しかったです。元々8㎝ほどの腫瘍で、かなり勢いがあったので、仕方がなかったのかもしれません。でも、最初の頃の酷い痛みはなくなり、痺れだけになったのは抗がん剤のおかげだと思います。
とにかく、腫瘍をとる手術を諦め、重粒子線治療を受けることになりました。兵庫にもあるらしく、本当はそっちの方に行きたかったのですが、私の腫瘍が奥ふかくにあるので、機械の性能が良い千葉にいった方がよいと言われました。ちなみに千葉までは5時間半以上かかります(´д`|||)
そこの病院の都合上、一気に抗がん剤を10クール行い、その後に重粒子線治療をすることに…いわゆる、抗がん剤の前倒しです。正直、今ではこの選択は良くなかったと思います。前倒しをせず、抗がん剤→重粒子線→抗がん剤が普通らしいので。今更言っても仕方ないですが(。>д<)
早く重粒子線をしたかったものの、私の腫瘍は腸にくっついていて、重粒子線が腸に当たると腸の機能が傷付いてしまうということで、腸と腫瘍の間にスペーサーを入れることになりました。しきりみたいなものです。
それは、千葉のがんセンターで入れてくれるということで、2週間ほど入院して、手術をすることになりました。人生で初めての手術でした。
本来なら、抗がん剤を5クールほどした後、小さくなった腫瘍を取る手術をして、また抗がん剤をする、というのがセオリーです。
ですが、私の場合、ほとんど小さくならなかったので、手術が難しく、腫瘍はとらないことになりました。もちろん、とるのが一番いいのですが、私の腫瘍は神経の上にあったので、術後、歩けなくなる可能性が高かったのです
年齢を考えると、歩行できなくなるという可能性のある手術はできませんでした。
それにしてもあんなに辛い抗がん剤をしたのに、思ったほどの効果が無いのは悲しかったです。元々8㎝ほどの腫瘍で、かなり勢いがあったので、仕方がなかったのかもしれません。でも、最初の頃の酷い痛みはなくなり、痺れだけになったのは抗がん剤のおかげだと思います。
とにかく、腫瘍をとる手術を諦め、重粒子線治療を受けることになりました。兵庫にもあるらしく、本当はそっちの方に行きたかったのですが、私の腫瘍が奥ふかくにあるので、機械の性能が良い千葉にいった方がよいと言われました。ちなみに千葉までは5時間半以上かかります(´д`|||)
そこの病院の都合上、一気に抗がん剤を10クール行い、その後に重粒子線治療をすることに…いわゆる、抗がん剤の前倒しです。正直、今ではこの選択は良くなかったと思います。前倒しをせず、抗がん剤→重粒子線→抗がん剤が普通らしいので。今更言っても仕方ないですが(。>д<)
早く重粒子線をしたかったものの、私の腫瘍は腸にくっついていて、重粒子線が腸に当たると腸の機能が傷付いてしまうということで、腸と腫瘍の間にスペーサーを入れることになりました。しきりみたいなものです。
それは、千葉のがんセンターで入れてくれるということで、2週間ほど入院して、手術をすることになりました。人生で初めての手術でした。
