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BUCHI Days

「尋常性白斑」と生きてきたこと、生きてゆくこと。


母親が買ってくれた健康食品も飲んだりした。
クロレラとか朝鮮人参エキスが入った錠剤?みたいなものとか。
どれも「これで白斑がなおる!」とうたっているけど
「効能には個人差があります」なんだろうな(((^_^;)
私は特にそれで治ったりはしなかった。
まぁそういうものって値段が高くて、続けるのが難しかったりもするしね。汗

私の母親は自分にすごく責任を感じてしまってたから、
どうにか私を治してあげたくて、
そういうものにも頑張って極力私に投資してくれた。
「なんで私をこういう風に産んだの!?」って
どうしようもない気持ちを母親にぶつけて
八つ当たりをした時期もあったけれど、
どんなときでも話を聞いて味方になってくれて、
精一杯応援をしてくれた彼女の愛情を感じて育ったから、
いま私は治ってないけれど、その自分も受け止める、
別の強さを培えたのかもしれない。


6歳頃までの記憶は、自分の中の「思い込み」を作りやすい、
といった文章を何かで読んで。
自分の昔をすーっと思い出すと、私はかなり悲観的だったかもしれない。

思い出すのは家族の心配した顔、言葉。
周りの知らない人にもジィーっと見つめられる視線。
病院に行く度に見るお医者さんの難しい顔。
「無理ですね」「駄目ですね」
未来を諦めさせる絶望的な言葉。

女の子は大人になって美しくなって、
そして大好きな人と結ばれて…
なんていう同世代が抱くような甘い夢とは違って
私は周りからジロジロ見らないようになるためにも、
早く子ども時代が過ぎて大人になればいいと思っていた。

そして少し大きくなって、胸も膨らんできたりすると、
医者に体を見られることも多分ちょっと嫌だったんだろうけど、
「病気だから仕方ない」と、自然に思う自分の気持ちにも蓋をしてきた。

年頃の自分の姿も、想像すると辛くてしたくなかった。
醜いと思っている自分の体。
将来結婚するなら、いつか誰かに見せなければならない。
そして赤ちゃんを産むなら、生まれた子どもは、
友達に「お母さんなんで白いの」っていじめられたりしないかな?
お母さんの体がブチブチに白くて、悲しい気持ちにならない??
考えれば考えるほど、私の未来は面白くないことばかりのような気がした。
(この体で生きているだけでも精一杯…)
(私はこれ以上惨めな思いをしたくないよ)
目に映るのは不規則的に変化していく私の体。
そしていつも抱いている恐怖の気持ち。
それを誰かに知られても困るだろうし、本心で語ったら重いと思われそうで、
1人で抱えていようって思ってた。
だから何もかもが早く過ぎ去って、
人生をガハハって笑えるくらいのおばあちゃんになりたい…。
本気でそんなことを1人でよく思っていた。


だけどほんとうは
違っていた「かも」しれないよ??


それが、ごくごく最近になって思っていること☆

もし悲しい思いを引きずっている人がいたら、一緒に考えよう。

私はそんなに心配される必要のある体なんだろうか??
ジロジロ見られることは変だからじゃなくて、
その人とたまたま違っていたからではないか??
無理です、駄目です、とお医者さんに言われても
私は欠陥があるわけではないよね??

大人になってから、
無意識に受け取り、これまで吸収してきたものを、
もう1度洗い出して見方を変えてみる。
すると、決めつけていたことに可能性や広がりを感じはじめ…。
守ることで精一杯だった自分が、どんな自分でもいいんだと思い始めている。

I am perfect.

それを信じて生きていくだけでも、
これから違った毎日がやってくるような気がする。

また増えて心配して泣いたりするかもしれないけれど、
戻ってくる場所に気づけたんだから
その時は時間をかけてでもまた戻ってきたらいいよね。


小学校後半は、地元の個人経営の皮膚科に通いました。
祖父が院長と知り合いだったこともあり、
火傷をした出来事をきっかけにその病院へ。

小さな病院だったので、それまで通っていた総合病院と違って、
すべてがゆったりペースでした。
待合室で大勢の人々の中待たされたり、
薬をもらうために電光掲示板をずっと見つめていたり。
それまでのはりつめていた雰囲気と違っていて、
それはどこか自分を落ち着かせてくれました。

そして、この病院で、私は奇跡的にも皮膚の色が回復をした経験があるのです。

右手の甲、先日写真をアップさせましたが、
そこに色がプツプツと出てきたのです!
中学生だったと思いますが、あれはものすごく嬉しかったな。
信じられなかった…ほとんど諦めていたから。


そのときの先生がしたことを思い出します。
まずは診察時には注射器でいくつも皮膚に注射を打たれました(※手の甲のみ)。
注射器には液体が入っていて、打たれたあとは、
何ヵ所も皮膚がポコポコと山のように盛り上がってました。
痛くてはじめは本当に嫌でしたけど、耐えました。
そして飲み薬をもらって、あとは自宅で日光浴をすること。
いただいた飲み薬は約2時間後に効き目が出るので、
授業の休み時間に薬を飲んで、晴れの日は中庭に出て、
昼休みに日向ぼっこするようにしました。

それまで通っていた病院に比べると拍子抜けする位、
機械も使わない単純な治療だったので、
ほんとにこんなのでいいのー?と子供ながらに思ってました。
どの先生もみんな、うーんこの病気は難しいですね…無理ですねぇ…
と諦めてばかりだったのに。
何度も何度も言われ続けた「無理」という言葉。
だけど、いま思えばあの先生は違っていた。
「この病気は治るよ~」
「いまに良くなるよ~」
診察の度、いつも私の手の甲に触れてはそう言っていた。
ただ私ももう中学生になっていたので、
「そんなこと言っても治らないんでしょ」
と本当は心の中で思っていたんだけど、
お医者さんが朝鮮人で外国人訛りの日本語だったことがちょっと面白く、
また私のことを精一杯笑顔で励ましてくれてることは、
それまでのお医者さんにはされなかったので、
彼の絶妙な言動が私の中の「治らない」と思い込んでいた気持ちを
ゆるませてくれたのかもしれない。

手の甲にポツポツ肌色が出てきた時は、心底嬉しかった。
生まれてはじめて病気に「希望」を持った瞬間でした。
それから高校まではその病院に通って
夏休みなど、時間があるときは家のベランダで全裸になって、
(勿論周りからは見えないように気を配ってねw)
日光浴したりしてました。

一時回復はしたものの、結局その後はまた病気が拡大して、
また元に戻ってしまったのですが、
あの時の経験は私に「奇跡はある」と信じる気持ちを与えてくれました。

のちに、近年市ヶ谷に尋常性白斑専門の外来ができて、
私もそこで診察を受けたのですが、そこの先生に、
「あー手の甲ってのは1番治りにくいからなぁ。
ここだけは厳しいかもしれない。」
と言われました。
何も言わなかったけれど、私は唯一、しかもまさにそこが回復した経験があったので、
世の中お医者さんの言うことが全てじゃないんだよな、
治療や病気に対して希望を持てるかどうかが大切、
って、何となく自分の中に刻み込んだのでした。