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BUCHI Days

「尋常性白斑」と生きてきたこと、生きてゆくこと。


月曜から4日間、タイを旅行してきました。
最近旅行意欲が大変旺盛で、連休が取れるたびに飛んでます飛行機FREE


タイでもしっかり日焼け対策しました!

日焼け止め塗った上に、ツバの広い帽子、サングラスetc・・

日傘は持って行ったけど、ホテルに置いたままでかけるという、

なんともおっちょこちょいな私(笑)。それで少し黒くなったけれど、

でもたーっぷり旅行を満喫してきました♪♪


海外といえば、タイでは白斑の人と会うことはなかったのですが、

インドで仕事をしていた友人が帰国した際、

インドには私と同じ病気の人いーっぱいいたよ、と言ってました。

そして皮膚の色が黒い分、私よりもずっと目立っていたと・・・。


昔自分の病気を海外のHPにないか検索したことがありましたが、

同じ病気を持った黒人の方の写真が出てきたとき、

正直大きな衝撃を受けました。

私たち黄色人種以上に、肌色と白い部分のコントラストがはっきりしていて、

子どもだった私は怖くて、もうHPは見ないようにしようと思ったくらい。

それは蔑むというわけじゃなくて、視覚による強烈な印象が、

私の中に存在する不安要素と結びついて、悪影響を及ぼすのではないかと、

自分の身に降りかかることが怖かったからです。


いまは昔ほど脅えてはいないですけどね。

ただ世界中にこの病気を持っている人がいるなんて、

考えるとなんだか不思議です。

逆に白人の方だったら、この病気を持っていても、

あまり目立たないかもしれません。

黄色人種に生まれた自分は、白人の人よりは目立つけれど、

黒人の人よりは目立たない位置にいるのだと思います。


大人になってからのことですが、

私は「自分の体の在り処」を考えるようになりました。

自分の体を自分の1部だと思っていない自分と、

ある出来事をきっかけに向き合わされたからです。


体は当たり前のように存在します。私は100%肌色はないので、

肌色の体の人のことは想像するしかありません。

自分の意思に反して体が変化する体験もないのなら、

怖い気持ちにならなくてもいいしすごく幸せだろうなーと、

周りの皆を羨ましかったりもしました。・・というか、当たり前すぎて、

そもそも幸せなんて思う人も、少ないのかもしれませんが・・。

ない人にとっては、その当たり前が本当に羨ましいものです。


小さい頃から、白斑が大きくなるにつれて、

「みんなが見えてる私は私じゃないんだよー」

「私も本当はここが肌色だったの」 「みんなと同じだったんだよー」

と言いたかったけど、自分の中に落とし込んで、

いつしか外には言わないようにしようとしてきました。

言ったところで、皆私と同じ状況じゃないし、

理解してもらうことが難しいことを子どもながらに分かっていたから。

勇気を持って感情を伝えたところで、

『100%理解してもらえない』 『分かち合えない』 

そんな現実が戻ってくることの方が、

私にとっては何倍も辛いことだと予測ができたのです。


思いはいつしか「私の体は本当の体ではない」という思いに結び付き、

気がつけば悲しみでいっぱいの自分、素直に「助けて」「こわいよー」と

吐き出せない自分、私はため込んだ涙で破裂しそうな状況でした。

悲しい位、私は自分の体を認められなくなっていました。

体は自分のものだけど自分のモノではないという、

否定的な感情を抱いていました。

自分の中に穴があいてしまっていたのです。

それは愛する人に認めてもらえれば、とか、

外側から与えられたもので回復できるものではなく、

私自身が「自分自身を受け入れられなくなっていた」ということに、

気づかねばならないことであったのだと思います。


私はこの世に1つの大切な体のことを、何年間も嫌いになっていました。

残念ながら過去の事実は変えられません。

だから何年も何年もかけて、これから自分の体を好きになります。

そう思いながら、私は生きているところです。


3日前くらいだったか、朝信号待ちをしていると、

前に立った男の人が偶然白斑の人でした。


白斑を持った人が白斑の人に会うのは、

ある意味とても複雑なことだったりします。

そのとき感じる気持ちは、自分が周りの人のように、

つまり病気を持っていない人側と同じ立場になって、

白斑の人を見ている気持ちになるから。


そのとき 「あの人病気なんだなー」

って思えるくらいならよいのでしょうが、

 「うわぁ」 「気持ち悪い」

と思ってしまったらちょっときついですね。

だってその気持ちを抱くことによって、

自分自身も同じ立場に置いて考えて、

不安になったり傷つけてしまっているのですから。


私は昔ほど反応しなくなりましたが、それでも街中で会うと

 「あ、仲間だ」 と心の中で思っています。

「がんばろうねー」って見えないエールを送って。