2009/6/11 無事に誕生日を迎えられました。
プレゼント・沢山のメッセージ、私は本当に幸せです。
2009/6/11 無事に誕生日を迎えられました。
プレゼント・沢山のメッセージ、私は本当に幸せです。
昨日発熱しました。風邪はめったに引かない私なので、
八度五分でも頭が朦朧状態で死ぬかと思いました![]()
今朝は熱も下がりだいぶ落ち着いて、一安心です。
こないだ私のブログに読者になってくれた方がいました。
私はこのブログにいろいろな想いをかなり独断で載せているので、
同じ病の人でも、違う見解や方法をとられている方がいると思います。
そういうことを理解した上では、自分の想いに少しでも
興味を持っていただけることは素直に嬉しいことだと感じますし、
また、自分の想いが遠くにいる他の誰かの共感や、勇気につながったり、
そういう方向につながっていけたらなーと思います
自分の小さい頃はPCもなかったので、情報収集といったら、
HPの利用やブログを書くことはおろか、
町の図書館か本屋の本を見ることで精一杯でしたからね。
同じ白斑を持った人同士でも、色々な受け止め方があるし、
その人が1番上手に病気と生きていける方法をつかめたらいいのだと
私は思っています。
幼稚園の友達は、
手足がほとんど肌色だった私を
「私」と認識して、
私を知る。
小学生で出会った友達は、
手の甲・指・肘・膝・足の甲が白くなり始めた私を
「私」と認識して、
私を知る。
中学校で出会った友達は、
白斑が広範囲につながっていった頃の私を
「私」と認識して、
私を知る。
大学で出会った友達は、
白斑のある私をもはや何も咎めることなく
「私」と認識して、
私を知る。
そして大人になって・・・
昔のように、
突き刺すような視線や言葉を沢山感じることは
減ったけれど。
私だけが
私の体を「私」と認識できていないことに気づいた。
あなたが知っている「私」は「私」じゃないのよー
あなただ知っている「私」は「私」じゃないのよー
あなたが知っている「私」は「私」じゃないのよー
どの時期も、私は叫んでいた。
ただ叫び声を外には出さなかっただけ。
出会う人が認識する「私」は、私が認めていない「私」。
その悲しい現実から目を背けたかった。
それだけで精一杯だった。
体の中にいる「私」だけがすべてを知っている。
「本当の私」は、私と家族の記憶の中に残る「体が全部肌色の私」。
でも皆には「私の記憶」も「体の中の私」も見えない。
皆に見えるのは、私の力じゃどうにもならない、「白斑のある私」。
白斑が自分の過失による傷にようものだとか、
そういうものだったらもうすこしすっと諦めがついたろう。
でも私は何もしていないの。
ただ生まれて皆と一緒に育ってきて。
でも途中から「一緒じゃない」と扱われる経験も体験して。
その運命を負った自分にもなぜか責任をもたねばいけない、
そんな状況に立たされていて。
自分をどう伝えればいいのか・・・
分からないことが度々自分を悩ませ、苦しめた。
いまの私。
いまの私は、いまが1番大切だと思っている。
長い間過去の記憶が私を悲しい気持ちに引きずり込み、
そういうことはこれからもあるだろうとは思うけれど。
弱い自分も、脅えていた自分も包み込んで。
いつも奥に閉じ込めていた「音のない私の声」をも
いま 解放しようと思っている。
それが いまの私。
そしてその連続が、これからの私。