こんにちは!
由颯 愛妃のブログへようこそ!
『人生はご縁とタイミング』
このブログを見つけたということは、
人生が動くタイミングなのかもしれません。
人生を動かすコツは、
直感に従うこと。
逢いたい人に逢いに行くこと。
メンターをつけること。
小さなことでも、
選択・行動を変えること。
自分との絆を深めること。
このブログが、
必要な方に届くことを願って…💫
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自己紹介(家族背景~家族編)はコチラ↓
自己紹介(私の過去(学生時代))はコチラ↓
<アルバイト&夜間専門学校>
高校を卒業してアルバイトをしたのは、
東京ドームホテル!!
私なんかが敷居をまたいでもいいの?
とオドオドしていた初日。
オトナな雰囲気と、
高級感溢れる煌びやかな大人の世界!
毎日が新鮮で、
楽しくて楽しくてたまらなかった!
朝は5時過ぎの電車に乗り、
7時半~16時半まで仕事。
巣鴨に移動し、
大戸屋で大戸屋ランチという名の夕飯を食べ、
18時くらいから授業。
21時過ぎだったかな?
授業を終えて、巣鴨から地元まで1.5時間。
もちろん爆睡w
家には、
ほぼ寝に帰っている状態だった。
仕事と学校なので、
家を留守にしていても何も言われないし、
家族が寝静まっている間に、
家を出て帰宅する生活だったので、
ほぼコミュニケーションもとらなくてよくて、
そういう意味では楽だった。
1人暮らしを認めてくれなかったことが、
ウザかったなーーー
東京ドームホテルでは、
長嶋茂雄さんや松井秀喜さんの
アテンドさせてもらったことが一番の思い出♡
あと、
お正月にチップで1万円をいただいたことも、
衝撃だった♡
<バイトや派遣を転々と、、、>
夜間の専門学校がつまらなくてw
専門は、1年で辞めた。
しばらくは東京ドームホテルで働いていたけど、
ホテル勤めに飽きてきた頃、
ホテルの人が新しく結婚式場を設立し、
誘っていただいたのでホテルを辞めて、
結婚式場で働くことに!
ウェディングプランナーとして、
チャペル併設の結婚式場で勤務!
仕事後に、スタッフとウェディングドレスを試着したことが思い出♡
だから婚期遅くなった??w
小人数の会社で
非常にブラック企業だったため、
結婚式場でのお仕事も早々に辞めた。
その後は、
ドコモショップ店員
ドコモ関連会社で営業事務
ドコモ本社で営業事務
演劇劇場のオープニングスタッフ
IT系の営業事務数社
某スクールの事務
空港ゲート内の販売スタッフ
サッカー日本代表が宿泊する、埼玉のホテルスタッフ
マイナビで取材・記事編集
リクルート系で総務秘書
外資医療系でマーケティングアシスタント
イベント切り盛り
などなど。。。
アルバイトや派遣を、
最短数か月~最長3年半くらいで、
転々としていた。
業種も職種もどうでもよくて、
私が仕事を選ぶ基準は、
①給料(時給)
②自由に働かせてくれる環境
最初と最後だけ指示してもらい、
途中経過は自由にやらせてくれる環境
だった。
アルバイトや派遣は、
社員の言うことを聞いて、
1から10まで指示される。。。
という事が大嫌いだったので、
職種や業種よりも、
この2つの条件を大切に選んでいた。
顔合わせという名の面接でその事を伝えると、
いつも不思議がられたが、
即戦力や自発的に動ける人材を求めている企業との相性は良く、
いつも高い評価をいただけたことは今でも自信になっている。
ただ、
派遣としては完全なる異端児だったので、
出る杭が打たれたことは多々ある。
それでも私は、
自らガシガシ動き、
仕事を見つけては切り拓き、
評価してもらえる環境にやりがいを感じたし、
充実感があった◎
<異端児派遣社員を続けた結果、、、>
派遣=安月給で自発的に動いてくれる私は、
会社の便利屋となった。
定期的に行われる上司との面談では、
言うことなし!と高評価をいただくも、
時給も限界まで上げてもらい、
これ以上評価のしようがないと言われた。
いくら口で評価をされても、
給与や待遇面など目に見える評価がないことへ、
理不尽さを感じるようになった。
私より働いていない、
サボってばかりの社員の方が給与が高く、
ボーナスが支給されることにも納得がいかなかったし、
短いスパンで見切りをつけて派遣を転々とした。
最後の外資系医療会社では、
頑張りを評価してもらい、
半年で派遣社員から契約社員にしてもらった。
給与交渉もし、
こちらの条件を受け入れて採用してくださったことに、
感謝している。
マーケティングアシスタントという役割だったが、
複数の営業部長のアシスタントをしたり、
他部署との連携を担ったり、
総務と連携したり、
会社全体の動き(経営面じゃないところ)を把握して
働くことが何よりも快感だった。
ある程度の権限と、
ある程度の裁量と、
会社からの信頼を元に
全体像を把握して、
パズルのピースをはめるように、
パチパチすることが快感だった!
そしてその働きを評価してもらい、
派遣社員時代に社長賞もいただいた。
→会議の片づけして、授賞式いなかったけどw
ある程度の裁量権をいただき、
評価もいただき楽しく働いていたが、
ある時から外国人上司と反りが合わず、
何度も何度も調整を試みるも受け入れてもらえず、
会社の誰もがマーケティング部の闇を知っていて、
さまざまな方向からアプローチするも、
外国人上司には受け入れてもらえず、
そのうち外国人上司から腫れ物に触るような扱いを受けるようになり、
最後には、その上司から「病院に行ったら?」と言われ、
そのまま会社に行く事をやめた。
2019年7月の話。
由颯 愛妃 自己紹介(私の過去(社会人))
おしまい♡
今日もありがとう。
いつもありがとう。
感謝💫