リブログです。
前回の記事では、虐待事件を起こした犯人への署名活動や度を越えたツイートについて言及しました。
今回は黒ねこさんが関連性の高い記事を書かれていたので取り上げさせていただきます。
私が特に注目したいのは下記のご意見。
記事から引用させてもらいますが・・・
(記事引用)
署名や怒りの声をあげている人が 野良猫(地域)を保護して、飼い主になればいいんです。
ご自分で保護できないなら、個人保護ボラや団体に手伝ってもらうといいです。そうすれば、野良猫(地域)は、事故や病気また このような虐待や駆除人から守れることができるんです。
野良猫(地域猫)がいなくなれば、虐待や駆除人は手が出せません
署名やネットで怒りの声を上げた人、猫がかわいそうなら
ぜひ、野良猫(地域)の飼い主になってください
(引用終了)
こう仰っています。
言われたほうは「簡単に言うな!」と怒るでしょうか?
しかし、このご意見の真意は
実際に守る気もない人たちが大勢で表面的にだけ盛り上がっても意味がない
もっと具体的に、これから猫を守ることを考えていくべき
ということではないかと私は思います。
その過程で、犯人の異常性だけを責め続けたところで第二、第三の被害を食い止めることが出来るのか?と立ち止まることも必要ではないかと思います。
全て悪いのは犯罪を犯す人間であり、そんな人間が居なくなれば犯罪はなくなる・・・・・・と思っている人がいるかもしれません。そのとおりではありますが、あまりにも非現実的すぎますね。
そこから更に話を発展させれば、
それでは、日頃野良猫たちが置かれている環境はどうか?我々の努力でもっと安全にできないか?
という問題提起にもつながります。
だからこそ黒ねこさんは、署名活動だけではなく実質的な保護についても行動を起こす人が増えるべきではないかと苦言を呈したのでしょう。
さて、少し話題は変わりますが。
実はこの記事をリブログする前から、個人的に取り上げたいネット記事がもう一つありました。
内容的に関連がありましたので、ここで一緒に載せることにします。
野良猫によって生まれた被害者だと?「猫の駆除行為で逮捕された大矢誠に温情判決を!」
http://tozero-life-bediscarded.com/archives/2404
(別のサイトへ移動します)
こちらは犯人への温情判決署名に反対している方の記事です。
真っ先に釘を刺しておきますが、温情判決に反対していることを批判するつもりは全くありません。
というより、取り上げたいのはそこではありません。
こう言っておかないと誤解されそうなので・・・・・・^^;
短いのでほぼ全文引用します。
(記事引用)
いろいろ良い訳のような事が書かれていましたが
「彼も野良猫によって生まれた被害者と言えます。」
要は野良猫が存在するから悪いんだ!
という考え方のようです。
野良猫が居るからだと言う理由であれば
だれでも虐殺する事になる。
同じ野良猫でも保護する人間と
野良猫を虐待&虐殺する人間の違いは
どう説明するのだろうか?
「猫のために動物愛護家がするべきことは
適正飼育の徹底による野良猫の減少であり・・・・・」
という意志のようです。
責任逃避そのものですね。
たしかに猫を捨てた元飼い主の身勝手で
ノラ猫が増えます。
その元飼い主の責任は重いです。
ただ、それを今回の事件の責任にすり変えるのは
それこそ虐待&虐殺を繰り返している人間の
身勝手ではないでしょうか?
(引用終了)
私が取り上げたい部分、もうわかりましたね。
虐待事件は減らしたいけど適正飼育はしたくない。
こんなことを本気で言っている人がいるのです。
曲がりなりにも適正飼育すべきという意見に対して責任逃避という言葉が浮かび上がる意味もわかりません。
この人の語る責任って何のことでしょうか?
一つ言えることは、活動している方や屋外で猫を可愛がっている方たちは
自分たちに責任の一端があるという事実から死んでも目を背けたいということです。
ちなみに、責任の「一端」です。「全て」ではありません。
ここもよく誤解される気がします。
猫が絡むとややこしくなるので、もっと簡単なたとえで考えましょう。
★ある家庭が出かける前に玄関の鍵を閉め忘れてしまい、その日空き巣に入られてしまった。
①悪いのは誰か?
②今後、二度と空き巣に入られないようにするにはどうすれば良いか?
こういう簡単な問いに変換しました。
①は簡単。空き巣が悪い!・・・と言えますが、まあ、鍵を閉め忘れた家族にも責任の一端はあります。
②も簡単。鍵をしっかり閉めること。そして家中の戸締りを徹底すること。
・・・でも、猫が絡むと、確かにややこしい部分はあれど、上記のようにシンプルに考えられる問題点までややこしく引っ掻き回されるから困ったものです。
引用記事の内容に戻りますが、
同じ野良猫でも保護する人間と野良猫を虐待&虐殺する人間の違いはどう説明するのだろうか?
と言われても、
鍵の空いた家を見ても何もしない人と空き巣する人間の違いをどう説明するのだろうか?
と置き換えた途端、バカらしくなるでしょ?(笑)
いいからまず鍵閉めろってことです。
そして、それでも卑劣かつ巧妙な手口で害をなす輩がいれば、より良い策を考えるのです。
それとも諦めて開けっ放しにするのでしょうか?
ですから、野良猫の適正飼育を徹底して、少しでも外で暮らす野良猫を減らすようにという意見がこの段階で述べられるのは責任逃避でもなんでもなく、至極真っ当な反応だと私は思います。
再び引用部分から、
ただ、それを今回の事件の責任にすり変えるのはそれこそ虐待&虐殺を繰り返している人間の身勝手ではないでしょうか?
という意見からもわかるように、今回の指摘を単なる責任のすり替えとしか認識できていないようです。
全て犯罪者という異単分子の否定に終始しているのであり、日頃の環境が少なからず影響していることをこの方は全く自覚していないのがわかります。
最初の黒ねこさんの記事で指摘されているとおりです。
具体的に冷静に考えなければならないのに、熱くなるばかりで足元を見失っているのです。
いつまでもどこかに潜んでいる犯罪者を目の敵にするだけで、署名活動などの派手な活動に夢中になる一方で戸締りを怠るような人たち。
このような人たちがマジョリティの幻想の中で大騒ぎしている限り、彼らの望む世界は本当の意味で実現しないと断言できます。
だって、根本的な解決を何もしてませんから。
別に本気でそのつもりがないなら構いませんが、本気でそのつもりがある人たちがこの状態なので。
今回は以上です。
非常に長くなった上、リブログなのに後半自分の意見ばかりになってしまい申し訳りませんm(_ _)m
前回の記事でもコメントとメッセージで有意義なご意見をいただき、ありがとうございましたm(_ _)m
また今回もご意見がございましたら、コメント、メッセージをお待ちしております。
それではまた。