「理想の自分はすでに在る。心を解き放ち真実に目覚める」 -27ページ目

「理想の自分はすでに在る。心を解き放ち真実に目覚める」

リアルハートコーチングのブログです。

娘と昼間っからスーパー銭湯に行って、二階の露天風呂から空を眺める。


形を徐々に変えていく雲を見、その合間を飛ぶつばめを見て、ほっこりと湯船につかる。


空と自分とつばめ…。大切な時間



心の奥を癒すハートフルセッション

初めての方はこちら からどうぞニコ


今回セッションを受けてくださったのは、IT関連の事業を営む後閑克己さま(40代男性)です


1 個人セッションに参加しようと思ったきっかけは何ですか?

いろいろな意味で”行き詰まり”を打開したいと考えてきました。

その手段として以前に受けた事のあるコーチングを思いつきました。

知り合いのコーチもいますが、新しい人を求めていろいろ探して行きつきました。




2 個人セッションに参加して今どんな感じがしていますか?

限られた時間の中ですので消化不良の感じもしますが、久しぶりにコーチングを受けてぼんやりではあっても現在の私の問題点がどこにあるのか掴めた気がしています。






3 個人セッションの中で気づいたことや感想などをお聞かせください

これまで自己啓発の本や教材などで学んできましたが、それらの中で強調されている問題もそれを解決する手段も全て自分の中にあるという事が改めて理解できたように感じました。


セッションの中の後閑さまの言葉で印象的だったのが「パソコンというツールを生かして幸せになってほしい。そのために自分の知識・経験を世間に提唱したい」というお仕事をする上での想いでした。


人生も子育ても仕事も実は、同じで、軸が大切です。

何を大切に生きるのか?何を大切に子育てをするのか?何を大切にお仕事をするのか?


よく「思考は現実化する」と言われるように、良くも悪くも人間は、思った通りの人間になり、想い続けた世界が、現実に降りてきます

まさに、自分の世界はじぶんが創っているのです。


例えば、月に行けると思った人しか、月には行けません。

「なんのこっちゃ?」ですが…

つまり、どんなに能力や財があっても、月行くということが可能であると思考しなければ、その人が月に行くことはありえないのです。


もっと、身近な例でいうと、将来自分は病気になるのではないか?と、心配ばかりしていると、実際に病気になったりします。

このようにマイナスの面ばかりに気を取られて、不安になると、不安に感じていた未来がそのまま降りてきたりするのです。


逆に、先ほどの後閑さんのように「人を幸せにしたい」というプラスの思考も現実化します。


なので、日々の色んな情報や自分の感情に惑わされることなく自分自身の軸からブレないように、意識していくことが重要です


ただ、人間だれしも、不安や恐怖心は、あります。感情のない人間はいません。

ゆえに、おひとりで仕事をされている事業主の方(私もそうですが…)は 自分の鏡となる誰か(第三者でもいいし、そのことを理解してくれている親しい人でもいい)がいると、自分のことを客観的に認識することができ、本来の自分の軸からブレにくくなります


自分の軸がブレなければ、スムーズに動けるようになります

スムーズに動けるようになれば、人や情報やお金もスムーズに流れるようになります。


このように、自分でどこか滞っているな~と、感じたら、ぜひ、信頼できるパートナーと会話することをすすめます。


もちろん、clear spaceのセッションでも、あなたが気づいていないあなたの状態や新しいあなたに気づけるようサポートさせて頂きます


流れだすと楽しいですよ笑


セッションから数日たって、後閑さまからこのようなメールをいただきました


「あの後偶然とは思えない出来事続き、不思議な感じがしています」


GOOD たった、一時間、思考を整理して、軸にもどるだけで、起こってくるのです

そして、そんなもんです。


人生を楽しみましょうキラキラ

お金について、色々と探究しました。


その探究はこちら お金と愛①

            お金と愛②


結婚直後は、親からのサポートを受け取るのが嫌でした。

自分の生活を切り詰めてでも、どんなことをしても、親の世話にはなりたくなかった

借りたものは必ず返したかった

うつで病んでいた時も、その気持ちは同じ

とても返せるような状況でないのに、そのことに罪悪感があった


少しずつ、親の愛情を受け入れることができるようになってきた時に お金にこだわって、両親の愛情を受け取らないのではなく、両親の愛情を受け取ることで、お金も少しずつ受け取れるようになりました


今は、できる時にできることをできるだけ返すというスタンスです


さらに、早速、違いを創るために母に電話をしました。

お金というツールを使って、無意識に愛をやりとりするのではなく、ちゃんと私の言葉を使って意図的に母の愛情に対して「ありがとう」と言いました。


母のサポートが今までにあったから、こうして、やっていける

その事実は、本当にありがたい


背景として、そこにある母の愛

そこにもありがとうと伝えました


ココロの中で分別しながら…


そして

「母と同じように子どもたちには(お金の面で)サポートしてあげれないかもしれないけど、私のできることを子どもたちにはしてあげるね」

と、母に言いました

これは、私のコミット(宣言)で、母は「そうやねぇ」と、笑声(えごえ)で受け取ってくれました


探究して、分別して、行動する


そうすれば、すてきなギフトが送られてきます


お金というツールをかまさなくても、気づいて決心をし、行動をすれば、シンプルに楽に得られるものがたくさんありそうです。


こんなふうにね


そしてそして、軽くなったお金、はたしてこれから、どう循環するのか?楽しみです


以上、私にまつわる「お金」の話でしたが、みなさんはいかがですか?


「お金は…」の後に何が続きましたか?

探究して、何か発見がありましたら、ぜひ、メッセージを送ってくださいね




お金と愛① の続きです


「けち」とはむやみに金品を惜しむことをいいます


「わたしってば、けちやなぁ」と、感じることがあるのですが、お金が愛だとしたら、手放したくないのもよく分かりました


愛(=お金)で満たしていたいもの

しかも、それに命を失うかもしれないという恐怖心が伴っている


子どもたちや身近な人に思うままにお金を注いであげていないことに罪悪感を感じつつ(子どもに十分な愛を与えているとはいえないから)かたや、愛を手放すことにためらいがある


両親と本当の意味で分かりあえて、穏やかな関係を創れるようになったのは、最近のことなので、その間ずっと愛情で満たされていることが実感できていなかったのかもしれません


お金はひとつのツール(道具)にすぎないなので、家族、仕事、環境、コミュニティ、時間などなどそれぞれのツールに対し、共通の質があるのでしょう


探究しがいがありますが 痛い

ほんまに 痛い


まぁ、分けわからんと「なんか、重いなぁ」とか「どうも、うまくいってないなぁ」と感じつつ、その状態を今後も続けていくことを思えば、この痛さも明るい材料なのですが…


このように、ひとつのツールから、質へ、質から自分の本質へ繋げることができます

そして、現実に手が打てるようになる


探究って、おもしろいでしょ笑


まだまだ出てきそうなので、まだまだ探究します

お金と豊かさのコミュニケーショントレーニング に行ってきました


みなさんは、お金とどんなコミュニケーションをとっていますか?


お金は…の後に続く言葉は、みなさんは何ですか?


私の場合、お金は…の後に続く言葉は、なんと「命」

たかが紙切れなのに…、どうやら私はお金がないと命の危機を感じるらしい…


そして、その次に出てきたのは「愛」


両親は共働きで忙しく、殆どかまってもらえなかった

だけど、その分、十分な物を与えてくれた

(実際、どうだったかというのではなく、あくまで私がお金に対して持っているビリーフ(思い込み)です)


母は不器用な人で、素直に自分を表現するのが苦手なタイプです

お金で買い与えるという行為は、母にとっては、ワンクッション置いて愛情を素直に表現するツール(道具)だったのでしょう。

なので、私の中で「お金」と「愛」は切り離せなかったようです


小さい子どもが生きていくためには、母親からの愛情は欠かせない

その母親からの愛情のツールがお金だった…ってことは、お金は私にとって命でもある


だからなのか、子どもたちに母親がしてくれたように物を買ったり、教育にお金を注ぐってことができないと「子どもたちに十分なことをしてあげられない自分」として、罪悪感を感じていました

子どもたちはそうは感じていないかもしれないし、母親にできなかったことが私にはできることもある

だけど、お金と愛が深くからんでいるので、そう感じるらしい…


な~んとなく、自分のためにお金を使うことに罪悪感を感じたり、妙にお金にこだわったりっていうその大元が自分の命につながる愛に基づいていたら、お金はただの紙切れなのに、色んなものがくっついて、そりゃ、流れの妨げになるよなぁ


しかし、重っ!苦笑


だけど、なんでかわからないけど、妙にケチだと感じたり、罪悪感を感じる根源が「愛」に気がついた時、今までお金に関して抱いていたもやもや感が霧が晴れるよういすっきりしてきました


一口にお金と言っても、そこから、色んなビリーフが見えてきますね


まだまだ、ありそうなので、それは次回に…

台所で、夕飯を作っていると娘が後ろからそっとハグしてきて

「お母さんの臭い、いい臭い」

と言う。

「こうしていると落ち着くねん」

と、暫くそうしていて、そして、言った


「あ、よだれ出た」


2人で爆笑しました

浄化なんやなぁ。


庭の雑草が一日で茂った感じがします。

季節も一気に進んで、変化をもたらしている


人も自然も循環することがとても大事だと感じます

初めての方はこちら からどうぞニコ


なんと、私は三歳児にして、一人で市営のバスに乗り保育所に行き来をし、保育所から帰った16時ごろから両親が帰宅する17時ごろまで一人でお留守番をしていました


自分が親になって、三歳児を一人で留守番させることは、とても、できませんでしたが、私は、普通に留守番をしていました

(我ながら、なんていい子だ!)


大人しい子どもで、一人で色んなことを空想しながら、お人形遊びを黙々としていました


さぞ、寂しかったのではないか?

と思われる人もいらっしゃるかもしれませんが、そうでもなかったです。


空想するのが好きで、取っ手の所がさまざまな色のドライバー6本の色や形のイメージから、それぞれのキャラクターを想像して、ストーリーを考え、いつまでも遊んでいられました

何でも、私にとっては、ストーリーを創作したり、空想することの材料だった

だから、一人は寂しくなかった


「めちゃ、寂しいなぁ」

と感じたのは、

「(親友の)なるちゃんと遊ぶな」

と、リーダー格のみわちゃんに言われ、ふとなるちゃんの方を見ると、なるちゃんも顔をそむけており、それから、保育所でなるちゃんとは遊びにくくなりました。

大好きななるちゃんと遊べなくなった時の方が一人でいるより何倍も寂しく感じました


「人は自分だけの孤独感よりも、他者がいる時の孤独感の方が強く感じる」というのは、本当でした

一人=孤独ではないし、一人でストーリーを考えて、空想の世界で遊ぶことは、後に芝居にどっぷりとはまる私に繋がっていったような気がします


なのに…

いつから、一人でいることを楽しめなくなったんだろう…?

あ~んなに心地よかったのに、一人で何もしていない状態の時に罪悪感を感じたり、パソコンやTVや何か紛らすものが無いと一人でいられなかったり…

心地よかったものが居心地の悪さに変わった時、私は、私を見失っていったように感じます


今は、段々、元の自分に戻って行っています

その話は、また後ほど…

コーチャブルとは、コーチに対して素直に受け入れ、行動することです。


更に後日談があります


私「コーチになりたいん?」


息子「まぁ、興味はある」


私「どんなところが?」


息子「人を導くところ…」


これは、夕飯の時の会話

「そうかぁ…」と、言ったきり

私はとても疲れていて、そのまま黙りこくってしまいました


ふと見ると

食卓の向いの席に座った息子が右手を差し出し、指先を軽く曲げて

おいでおいでをします

なんのことだか分らす、思わず、息子の手を握ると


息子「そうじゃなくて…」


私「?」


息子「頭…」


と、言うので頭を差し出すと

前髪をなぞる程度ですが、頭をなでてくれました


温かいものが湧いて来て、

そのまま言葉にならなくて

しみじみ味わっていると…


「俺、こういう雰囲気が好きやねん。

そうしたら、楽しいことも言えるやろ?」


他にも、私が娘と買い物に出て、帰りが遅くなる間に

食器を片づけて、雨戸も閉めて、お風呂も沸かして ご飯も炊いていました

突然、やる気が出て、やったそうです


たった、数時間の講座が、私たち親子を変えました

息子君とコーチング講座の関わりは、まだまだ続くのですが、また、機械があれば、書きますね。


今回、なぜ、このようなことを書いたかというと、久しぶりに石川コーチと会話する機会がありました。

先に述べた私がする講座で、マスコミ向けの資料を作成するのに石川コーチのHPや本を参考にさせてもらうため、連絡したのです。

それは、快諾してくださったのですが、その時に息子君と初めて石川コーチの講座に行った話も出て、そんな石川コーチへの感謝とお父さんやお母さん方にはぜひ、お子さんにもコーチング講座を受けさせてあげてほしいなぁと、改めて感じ書かせて頂きました


難しい言葉が出てきても、大人向けの講座であっても、息子君のように子どもは本質を聴くので、伝わるものが大きいということを実感したからです


親が変わると子どもも変わりますが、親子間に同時に機能するコミュニケーションの道具(コーチング)が手に入ったら、変化のスピードや深さは確実に違ってきます


まだまだ、私も使いこなせてはいませんが、同じ道具を親子で使えることで可能性は広がります


久々に、当時を振り返ってみて、きっかけは「1000円あげるから、ついておいで~」だったのに その広がりはとんでもなく広がっていったなぁと改めて感じました