「理想の自分はすでに在る。心を解き放ち真実に目覚める」 -22ページ目

「理想の自分はすでに在る。心を解き放ち真実に目覚める」

リアルハートコーチングのブログです。

60歳以上の方対象


同じテーマ・同じ地域で5か所


地元行政主催の3点で、今回、初チャレンジでした


中学生の娘ちゃんを誘って


ワッフル屋さんで勝手に打ち上げをしました


(娘ちゃんはワッフル目当てについてきただけ)



あたしでOK!スマイル母さん

(上の方に写っている指は娘ちゃんのいたずら)


毎回、少しずつ修正して


回を重ねるごとに 準備をする時間が減りました


疲労度も軽減され


講座=しんどい


という私のパラダイム(思い込み)も


緩みました~


人数ものべ170人ぐらい来てくださりました


何より、この講座で初対面同士の方が仲良くなったり


ご自分のコミュニケーションの癖に気づかれて


「本当に来てよかった」


と、言って頂け


「ふれあい学級」という名のごとく


互いにふれあえる場になりました


そして、みなさんが更に生き生きとされることで


地元がより元気になることに繋がれば


こんな嬉しいことはありません


60歳も80歳も、まだまだ若いわぁ~


追記


主催の教育委員会の担当の方に


「yukoさんは、心がまるく、話がしやすかった」


とも、言って頂けました


ありがとうございます^^


次回の行政でのお仕事は


保育所での子育て講座です

今日も、岩出市のふれあい学級の講師をしました~


元気なold age(60歳以上)のみなさんが20人位来てくださいました


(これまでに4か所の公民館でのべ140人以上の方がお見えになっています)


いつも、同じ自己紹介をするのですが


みなさん ノリがよくって


「愛媛から結婚を機に和歌山へ引っ越してまいりました


 愛媛といえば『みかん』和歌山といえば『みかん』


 『みかん』から『みかん』へ


 『ポンジュース』から『ジョインジュース』の地へ 嫁いでまいりました)」


という自己紹介をするのですが


いつも『みかん』をみなさん唱和してくださいます


打ち合わせなんて もちろん していません!


で、いつも、最後、笑ってくださいます


…というのが、常でしたが


今回はなんと!自己紹介が終わって時点で

拍手が沸き起こりました!!


講座が始まって数分で

こんなに拍手をもらえたのは、産まれて初めてです(笑)


ありがとうございます(-^□^-)


しかも、終了後も残って色々と話しかけてくださった参加者さんもいて


「昨年からふれあい学級に参加しているけど

 参加者同士、こんなに話をしたのは初めてです

 今日は 参加して本当によかった」


と言っていただけました


私も楽しく講師をさせていただけました


ありがとうございました





岩出市のふれあい学級 の講師を


今月は五か所の公民館ですることになりました


ふれあい学級は60歳以上のシルバー世代対象です


最高齢は88歳!!


11日が初日だったのですが、あいにくの雨


風も強く、荒れた天気で


参加者も少ないだろうなぁと、思っていたら


44人の参加者でした


しかも、殆どのみなさんが足元の悪い中


歩きで、来られていました


「コミュニケーション能力を身につける」というテーマで


主に「聴く」についてレクチャーしました


途中、みなさんにシェアしてもらったのですが


流石、そのシェアの深いこと!


年輪を重ねられた方のおっしゃる事は違いました


そして、みなさん、お元気!


ワークの最中も沸いていて 盛り上がり


とてもパワフルでした!!


ワークを通して、親しくなられた方や


「(ワークを通して自分のコミュニケーションの癖に気づけて)

 この講座に来て本当によかった」


と、おしゃって頂けた方もいらっしゃいました


60歳を過ぎて、なんて、柔軟な感性をお持ちなんだろう


と、感動しました


初めての試みでしたが


やって良かったと、思いました


初めてお逢いした担当の教育委員会の方も素晴らしい方で


今回の講座で機能しなかった点を


協力し合って機能させるべく、


色々なアイデアを提案して頂けただけでなく


次回に向けて小道具も用意してくださるとのこと


お仕事を通して、こんなステキな方とご一緒させて頂ける事嬉しく思います


(今まで、講師のお仕事を依頼して下さった方は


みなさん、素晴らしい方ばかりで…


ほんと、恵まれています)


普段、大学で学生相手にしていて感じるのは


学生が社会に出る事、歳をとることに


マイナスのイメージを持っていたり


今をうれいていたり


就活に疲れて凹んでいる学生が多いのですが


このふれあい学級に来ている高齢者と呼ばれる


パワフルなみなさんに会って


歳をとるのは悪くない、むしろ素晴らしいことなんだということに


気づいてほしいなぁとつくづく思いました


いや~、私がその場では、一番若年者でしたが


めちゃパワーもらえました








今日は、朝からスカイプで個人セッションをしました


彼女は リピーターのお客さまなので


再会できたことを嬉しく感じました


午後からは


主人と娘とおいしいカレー屋さんでカレーを食べ




あたしでOK!スマイル母さん-ML_TS3V00100001.jpg

三人で、カラオケに行きました~


娘とアンジェラ・アキの「手紙~15の君へ」を

なんだか うるうるしながら歌っていたら

さびの部分の冒頭で

おもいっきり

はずしました( ̄□ ̄;)!!


楽しかった~



私には幼い頃、両親にわがままを言った記憶がありません


満たされていたわけではなく


自己主張するという選択肢が私にはなかったのです


誰かに強制された訳ではなく


「そういうものだ」と、思い込んでいました


パラダイム(無意識の思い込みの枠)ですね~


ところで わがままを言わない幼児なんているのでしょうか?


自分が親になってみて、そんな幼児は考えられません


もしかしたら、私の記憶違いかも?と、思い、実家の母に電話をしました


私には二人の母がいます


私を産んでくれてた母は


公立中学校の教師をしていたため


私は生後3カ月で、おもりさんに預けられました


おもりさんとは 今でいうベビーシッターさんです


忙しく母が働いている間 私はおもりさんに育てられました


おもりさんは、いわば、もう一人の母


おもりさんは とても愛しんで私の事を育ててくれ


育児日誌をまで書いていたそうです


生後2カ月から2~3歳までの40年以上前の記憶なのですが


春の陽だまりの中


おもりさんとお弁当を持って花見に出かけ


おもりさんがつくってくれたお弁当の黄色い卵焼きを食べようとしたら


実は、それがたくあんで 


「黄色いからまちがえた~」


と、言う私の横で


おもりさんが笑っていて


その笑っているおもりさんと一緒に私も大笑いしたのを


今でも覚えています


おもりさんは いつも 自宅まで私を送ってくれていたのですが


「おもりさんと一緒にいる~!!!」


と玄関先で私は泣きわめいて


母を困らせたそうです


(実の母としては、かなり複雑な心境だったのでしょう

 母はこの時のことをはっきり覚えていました)


母が覚えていた幼い私が母を困らせたことは

これだけでした

わがままの言えない私がわがままを言えるぐらい

愛されていたのだなぁということに安堵


まるで本当の親子のように血の繋がっていない他人から

愛されて今の私がいることが嬉しかった


よかった、

幼い私は

わがままが言えない位 孤独で 愛情が不足していたのかと

思いましたが

わがままを言わなくていい位 愛されていて

唯一わがままを言ったのが その人との別れを惜しんでだったので

本当に愛されていたのだと実感でき あったかい気持ちになりました


孤独を感じやすい自分のルーツを探究しようと電話したのですが

逆に、自分の愛のルーツを改めて感じました


神様がいるとしたら

忙しく 愛情を表現することが苦手な母をサポートしてくれるような人とのご縁を

ちゃんと繋げてくださっていて 今の私に繋がっている


実の母には 自分を語ることは殆どなく

相談することも無く

成人しましたが

母もやはりそうだったようです


母の言葉をかりると

「成育歴は連鎖する」ということなのでしょうが

折々に出会う人や経験や持って生れた感性や資質が違うので

人は変化していくのでしょう


その変化した自分で母に接することで

また、新たな関係性を築くことができます


愛情はめぐるのですね




改めて、愛の探究をしたのでつぶやかせてください


愛は「かけがえのないものとして、大事に扱うという」こと


 「かけがえのないもの」とは、
   大切なもの


 「大切」とは、
   使いすぎたり、粗末に扱ったりしないように気をつける様子。
   大事。
   それが一番必要で、重んずべき様子。


 「大事」とは、
   (かけがえのないものなので)壊さないように気をつける様子。
    忘れたり、間違えたりすると大変なことになる様子

 「壊す」とは、
    使い方が悪かったり、使いすぎたりして、
    正常な働きを失わさせること


 「扱う」とは
    特定の態度で待遇すること。


 「待遇」とは

    人をもてなすこと


 「愛」って、その人がその人として 存在できるよう

心をこめてできる限りのことをし続けるのが愛なのだろう


私はその人がその人として 存在できるよう

こころを込めてセッションをしている


そうか


私の仕事は「愛」なんだ


私は私として生きたい


その道のりは


楽なことばかりじゃないけれど


私は、私を愛しているんだ


ということにも気がついた


な~んだ、自己肯定が低くても


私は私を愛しているのならOKやん!


子どもたちが子どもたちとして存在できる

私の出来る限りは何だろう?


それを私は 心をこめてやっているだろうか?


どんな時も「大丈夫。あなたは素晴らしいのだから」と言えるだろうか?


それは、自分に対して、そう言えてるかどうか?


かもしれない…



4月24日の心を映す鏡 で パラダイムシフトという言葉が出てきました


パラダイムとは

(決めたつもりも、きめられたつもりもないが、無意識に持っている)考え方、認識の枠


シフトとは

移動 変えること


本来、私たちは、自由です

何者になっていもいい


過去の様ざまな体験や学びから

無意識に「~であるべきだ」という価値観の枠が出来て

実は、その枠の中で生きています


例えば

3年位前まで私は

「私の能力、体力では、パートしかできない」

というパラダイムがありました


思ったような就職先が見つからなかったり

就職しても大変だったり 失敗したり

子どもを産み

うつを体験することで

更に自分に対する信頼をなくし 

そのパラダイムは 自分の中では、あたかも真実のようになり

それが、私にとっては、当たり前の価値観になっていました


そのため

新たに仕事を探す時には

「パートタイムで 近場で 

 自分らしい仕事ではなく

 誰がやっても出来そうな仕事」

という条件で探していました


それは、根底に 先ほど述べたような

「私の能力、体力は、劣っていて、それ以上の仕事はできない」

というパラダイムがあったからです 


3年後の現在

私は

フルタイムで働き

その合間に個人セッションをし

その合間に講師として

1時間~6時間の講座をこなしています


仕事も

キャリアカウンセラーとして

コーチとして

講師として


対象者も

子育て中のお母さんだったり

学生だったり

転職を目指して求職中の方だったり

10歳前後のお子さんからご年配の方まで

幅広くお仕事をしています


3年前と今と何が違うのか?


パラダイムが違います

「私は私らしい仕事をしていい。

 パート以外の仕事もしていい。

 私には可能性があり

 これから 新しい仕事には どんどんチャレンジしていい」

と、パラダイムが変わったのです


つまり、小さな枠から大きな枠へシフト(移動)したのです


不思議なもので、自分の中の無意識の価値観(パラダイム)が変化すると

そのパラダイムに私たちは従って生きていますから

行動が変わり

行動が変わることで

現実が変わり

現実が変わることで

全ての枠組みが変わっていきます


あたかも別世界に行くような変化が

思考(パラダイム)が変わることによって

起こってきます


これが、パラダイムシフトです


例えとして、個人規模でのパラダイムシフトを書きましたが

同じように

国やその時代だったり、地球規模でのパラダイムシフトもあります


国のために死ぬのが当たり前という価値観から 一人の命は地球よりも重いとシフトしたように

地動説が当たり前の時代から天動説が当たり前の価値観にシフトしたように


あなたが思っている当たり前の価値観(パラダイム)は

それに気づくことで、新しい次元(もっと大きな枠)にシフトする可能性を秘めています


何も出来ないと思っていた私が可能性の宝庫だったみたいに…

そして、それは、私が特別なのではなく

全ての人にいえることなのです

始めての方はこちら からどうぞニコ


オープンで笑顔のすてきな学生さん


就活の選考で自分史のプレゼンをするというので

一緒に考えていました


まずは、ネタ出しで

彼女の人生で印象に残っていることを話してもらいました


今まで出会った この人すてきやなぁ とか すばらしいなぁ と感じる人で

過去 失敗したり、辛かった体験や壁の前で苦しんだりという体験の無い人は

一人もいませんでした


同様に彼女も辛い時期を乗り越えて

今の笑顔がある


その日は、ネタ出しだけで終わってしまいましたが


「人にこうやって話を聴いてもらえるって いいですね

 長時間、ありがとうございました」

と、元気に帰っていきました


こちらこそ 人に傷ついても 人を受け入れ 人を愛するあなたに

元気をもらいました


ありがと~


始めての方はこちら からどうぞニコ


自分の心が深く 静かに動いた時

自分の心が深く 変化した時


心の変化と共に現実が変化し

私の心がパラダイムシフトを起こすと

現実にもパラダイムシフトが起こる


そのスピードが早くなっている気がします


それだけ、自分の本質的な所での心の変化や

パラダイムシフトが起こっているのかもしれません


ほんまもんの自分に近づいていると

なんとなく感じます


今まで 自分の心に蓋をするために使っていたエネルギー

インナーチャイルドや潜在意識によって反応する感情のエネルギー

これらを手放して

本当に大切の事、人、もののために

これらのエネルギーを注ぎたい


今朝、クライアントさまがお一人

嫌っていた自分を受け入れ 許し

本当に大切なものに気づき

一旦、卒業されました(クライアントさまも鏡ですね^^)


そのクライアントさまからのいいエネルギーを受け取って

新しい自分で

更に更にいいエネルギーを与えられる人になっていきます

過去のことだから 今更 言ってもしょうがない


とは、思うのですが


長年、しかも積もり積もった主人に対する感情(おもに怒り)が

あふれ出して 何度も何度も言いたくなって

とても困っていました


きっと、たまり過ぎたのでしょうね^^;

蓋をしきれなくなってしまったのだと思います


思い切って先週、想いのたけを言ってみました

なのに

それでも、収まらない


もう、言ったからいいやろ


と、何度、自分に言い聞かせても

怒りは収まらない


クッションを何度たたいても

言いたくなる感情は

収拾がつかない


昨日、そんな自分がしつこくて嫌だなぁと感じていたのですが

思い切って言ってみました


切れかかった時もあったのですが

辛抱強く聴く主人

(明らかに数年前とは違う)


そして、今日、帰宅するなり

「昨日は、ごめんな」

と 謝る主人がいました


こんなことは、今までありませんでした


なので、昨日、言えずじまいだったことを更に言いました

(昨日よりは、かなり、冷静に 論理だてて)

途中、仕事先から電話がかかり

私が「出てもいいよ」

と、言ってから電話に出

話し終わるとすぐ帰ってきて、穏やかに聴いていました


仕事中毒ではないか?と言うぐらい

仕事中心だった主人


口げんかが上手く

自分中心だった主人


少しずつやわらかくはなってきていたけど

今までになく優しく、穏やか


散々言った後に

「どう思ってるん?」

と、主人に訊くと

「いや、もっともやと思う」

とのこと


「どう感じてるん?」

「いや…自然に…」


「今日は、何で(そんなに)聴いてくれるん?」

「歳かな…?」


以前、両親とも越えられない壁だと感じていたのですが

今は、良好な関係で

年老いてもなお、人は成長するのだなと

今では両親に感謝しており


以前の上司とは、合わなくて、やはり越えられない壁と感じていたのですが

現在の職場の上司には感謝ばかりで


今回、主人ともそんな感じです


私の周りの世界の人がことごとく

私を傷付ける越えられない壁だったのが

それぞれすばらしいなぁ

歳を追うごとに成長しているな

感謝だなと感じるということは

この世界の中心にいる

私が変わった

ということを

自分の心を映す鏡である現実が教えてくれているに違いない


「世界は自分を映す鏡で

 自分が変わると世界が変わる」


大切な人との関係性が

穏やかで

感謝に満ちて

歳とともに成長を感じる


自分が求めている豊かな世界に近づいているのを感じます