私には幼い頃、両親にわがままを言った記憶がありません
満たされていたわけではなく
自己主張するという選択肢が私にはなかったのです
誰かに強制された訳ではなく
「そういうものだ」と、思い込んでいました
パラダイム(無意識の思い込みの枠)ですね~
ところで わがままを言わない幼児なんているのでしょうか?
自分が親になってみて、そんな幼児は考えられません
もしかしたら、私の記憶違いかも?と、思い、実家の母に電話をしました
私には二人の母がいます
私を産んでくれてた母は
公立中学校の教師をしていたため
私は生後3カ月で、おもりさんに預けられました
おもりさんとは 今でいうベビーシッターさんです
忙しく母が働いている間 私はおもりさんに育てられました
おもりさんは、いわば、もう一人の母
おもりさんは とても愛しんで私の事を育ててくれ
育児日誌をまで書いていたそうです
生後2カ月から2~3歳までの40年以上前の記憶なのですが
春の陽だまりの中
おもりさんとお弁当を持って花見に出かけ
おもりさんがつくってくれたお弁当の黄色い卵焼きを食べようとしたら
実は、それがたくあんで
「黄色いからまちがえた~」
と、言う私の横で
おもりさんが笑っていて
その笑っているおもりさんと一緒に私も大笑いしたのを
今でも覚えています
おもりさんは いつも 自宅まで私を送ってくれていたのですが
「おもりさんと一緒にいる~!!!」
と玄関先で私は泣きわめいて
母を困らせたそうです
(実の母としては、かなり複雑な心境だったのでしょう
母はこの時のことをはっきり覚えていました)
母が覚えていた幼い私が母を困らせたことは
これだけでした
わがままの言えない私がわがままを言えるぐらい
愛されていたのだなぁということに安堵
まるで本当の親子のように血の繋がっていない他人から
愛されて今の私がいることが嬉しかった
よかった、
幼い私は
わがままが言えない位 孤独で 愛情が不足していたのかと
思いましたが
わがままを言わなくていい位 愛されていて
唯一わがままを言ったのが その人との別れを惜しんでだったので
本当に愛されていたのだと実感でき あったかい気持ちになりました
孤独を感じやすい自分のルーツを探究しようと電話したのですが
逆に、自分の愛のルーツを改めて感じました
神様がいるとしたら
忙しく 愛情を表現することが苦手な母をサポートしてくれるような人とのご縁を
ちゃんと繋げてくださっていて 今の私に繋がっている
実の母には 自分を語ることは殆どなく
相談することも無く
成人しましたが
母もやはりそうだったようです
母の言葉をかりると
「成育歴は連鎖する」ということなのでしょうが
折々に出会う人や経験や持って生れた感性や資質が違うので
人は変化していくのでしょう
その変化した自分で母に接することで
また、新たな関係性を築くことができます
愛情はめぐるのですね