翼の今撮影中のドラマは父親役。
この年になってくれば父親役なんて珍しくはない。翼も経験はある。
でも今回は赤ちゃんが生まれたばかりと言う設定で、まさに現実と同じ。
そんな中で母親の育児ノイローゼや虐待など少し辛い描写も出てくる。
相葉くんの話だと最初は新米の父親同士だから気持ちはわかると張り切って臨んだけど、
段々と話しが進むうちに最近は少し憂鬱になっているらしい。
話の内容が重たくなってくるから、つい現実とリンクしてしまうのだろう。
話せる限りの事を話した後に翼が言った言葉に驚いた。
「だから1歳くらいまでは別居したいんだ。1歳くらいになれば少しは落ち着くだろうし、
君もご両親が傍にいてくれた方が安心だろう」
「ねえ翼くん。あの子の父親はだれ?」
「勿論、たまに顔も見に行くし、3人で遊びに行っても良い。
でも住むのはもう少し大きくなってからが良いんだ」
「たまに会いに来たり遊びに行くだけなら、親戚のおじさんと変わらないよ。
翼くんはお父さんなんでしょう。もっと自信を持ってよ」
結局、話し合いは平行線のまま由夏ちゃんは帰って行った。
「翼、一つだけ思い違いをしてるよ。
由夏ちゃんは実家にいた方がご両親もいるから助けて貰えると考えているかもしれないけど、
彼女には却ってそれが重荷になっている気がする。
ご両親だってもう若くはないよ。そんなに甘えられないのは彼女が一番わかっている。
もし翼と別居するなら実家を出て子供と二人で暮らす覚悟だろうね」
「やっぱりそう思う?」
「翼もわかっているんだろう」
「彼女の性格ならそうなるだろうなとは思ってる。
だけど俺は仕事でいない事が多い。ドラマのロケとかあったら何日も家をあける事になる。
誰か雇った方が良いかな」
「そう言う事は夫婦で相談する。まずは早く二人をこの家に引き取らないとね。
由夏ちゃんも意外と短気だからね、下手すると離婚なんて事になるよ」
最後の言葉も脅しではない。
これだけ優柔不断な父親では一人で育てた方が良いと思っても不思議はない。
子供が生まれる前はあんなに楽しみにしていたのに、
ドラマの話をきっかけに色々と考えてしまったのかな。
でも夫婦なのだから一人で考えないで二人で考えないとダメなのになぁ。
俺が傍にいすぎたのも悪いのかな。俺の出番ももう終わりだ。
少し寂しいけど俺がここを出て行かない限り親子3人の生活は始まらない。
それから2週間後、漸く由夏ちゃんが赤ちゃんを連れて帰って来た。
この間、翼も時間を見つけて何度か由夏ちゃんと会い、色々と話し合って決めたようだ。
後から由夏ちゃんから聞いた話だと翼は、
「僕、仕事を変えようか?普通の会社員の方が手伝える事は多いと思う」と言ったらしい。
でも由夏ちゃんが「私はタレントの翼くんと結婚したんだよ。今のままで良い」と言ってくれたらしい。
翼に会社員なんて想像もつかないけど、奥さんと子供の為ならそこまで覚悟していたんだな。
由夏ちゃん達が子供を連れて戻って来るまでの間、時々二人と慎吾も加えて何か相談していたと思ったら、ある日突然3人と圭吾も揃っている所で翼に言われた。
「智さん、由夏が帰ってきたら慎吾さんと一緒に暮らして欲しいんだ。
本当は俺のマンションで探したんだけど空いていなくて、そうしたら慎吾さんが俺の家が一軒
空いているというから……。勝手に決めてゴメン。だけどこのまま智さんと遠くなるのが
俺はやっぱり寂しいんだ。由夏たちを呼べなかったのはそれもある」
「ちょっと待って。1件空いてるってどういう意味?」
「最近来ていないから知らないだろうけど、数年前に隣の家が空いたので買ったんだ。
中で行き来できるように少しぶち抜いてある。
圭吾も出て行ったから正直一人では寂しいんだ。お前が来てくれると有難い」
「だけど良いのかな……そんなこと」
「智は俺のマネージャーではないし問題はない。友達と一緒に住むだけの事だ。
それに翼にとっては兄代わりでもあるんだろう。なるべく近くにいてやれよ。
智が引っ越して来れば翼の生活も安定する筈だ」
「だけど圭吾は良いの?俺が住んじゃっても…」
「うん。たまに遊びに行った時に料理作ってくれれば良い(笑)」
圭吾にも彼女がいると言う話もある。結婚はまだだろうけど、もう慎吾と暮らすこともないだろう。
翼や隼人と暮らすとなると少し抵抗があるけど、慎吾なら同じ年だし年寄同士、周りの目も気にならない。それに俺も翼の事は気になる。完全には離れられないのは俺も同じだ。
一応、慎吾の家を見せて貰う。
確かに二件をぶち抜いただけに、キッチンもお風呂も二つずつある。
これならお互いに気を遣わないで済む。
それに片方の部屋は2LDKで調度良い大きさだ。
隣の家との境も壁を全部ぶち抜いている訳ではなくて、扉一つ分空いている程度。
ここから行き来が出来るようになっている。
本当は圭吾と住む為に買ったんだろうなと思う。
「本当に俺が住んでも良いの?」
圭吾に確かめるように聞く。
「大野さんだからだよ。他の人だったら反対してる」
圭吾のこんな優しそうな顔を久しぶりに見る。
この笑顔に後押しされて、ここに移ってくることを決めた。