潤に続いて部屋に入ろうとしたら、
「社長さんがいらしたのだから、マネージャーはここで待っていてください」と、
スタッフに言われた。
「良いんだよ。俺が頼んだんだから」
「でも大野さんは情が入りすぎるんです。もっと厳しくやってくれないと進みません。
その点、歌手経験のある松本さんならこちらの事情も理解してくれると思うので…」
「智も元歌手だよ。俺の尊敬する先輩歌手だったんだよ」
「え?」
スタッフが一斉に俺を見る。
ここは若いスタッフばかりだから知らなくても当然。
「昔の話だよ」
「だけど智の考えと俺の考えは殆ど変わらないよ。
とにかく会議を始めよう」
結局、俺も加わって話し合いが進んでいく。
「さっきも言ったように、あのデビュー曲は却下してくれ」
「だったらどうするんですか?このままではデビューの予定日に間に合いませんよ」
「デビュー日は変更しよう。納得の出来ないものを出すことは出来ないだろう」
「そんな簡単に言わないで下さいよ。デビュー日は決まっていたんです。
こっちの都合もあるんです。勝手に代えられても困ります」
確かにレコード会社としては困るだろうけど、
俺も今の状態のままデビューするのは無理だと思う。
「それでしたら、この話は白紙に戻させてください」
レコード会社のディレクターが言い出した。
俺達にはもう付き合っていられないと言う事だろう。
「わかりました。そうなると他のレコード会社と契約することになりますが構いませんね」
「でしたら、田中との契約も解除させて頂きます」
潤が樹の顔を見る。
「構いません。俺はこの3人でやりたいんです」
樹がはっきりと答えた。
これで話は終わった。
喧嘩別れのような感じになったけど、こういう事は珍しい事ではない。
むしろデビュー前で良かったのだと思う。
レコード会社を出て事務所へ向かう。
潤は自分の車、俺は3人を乗せて向かう。
こんな形で長年お世話になったレコード会社を辞める事になった樹が気の毒だ。
「樹。ごめんな、こんな事になって…」
「いえ、大丈夫です。ソロになってから俺も居づらくなっていたんです」
そう言う話は俺も聞いていた。
あのレコード会社はユニットに力を入れていると聞いた事がある。
車の中では3人共殆ど喋らないし少し重い雰囲気になっている。
レコード会社を辞めてこれからどうなるのか、ますます先が見えなくなった。
この状況では誰かがやめたいと言っても不思議はない。
「あのう、社長の話って歌の事ですか?」
沈黙に耐え切れなくなったのか風磨が口を開いた。
元々そんなに大人しい奴ではないのに、今日は口数が少ない。
「歌の話も出るだろうけど、元々の理由は違うよ」
「なに?」
隼人が不安そうに聞いてくる。
本当は社長から直接話すことなので俺は何も言わないつもりだったけど、
この状況で何も言わないと却って不安になるだろう。少しだけ話すか。
「もう可なり前に決まっていたんだけど3人での仕事の話。
具体的な内容が決まったらしい」
「3人での仕事?」
「俺達だけで番組が持てるんですか?」
「いきなり番組は無理だろう。バラエティーか何かのコーナーの一つですか?」
さすがに驚いたのか3人が立て続けに聞いてくる。
「これ以上は社長から聞いて」
「今、その話があると言う事は開始は秋ですよね。
歌手デビューの方が後になる可能性もありますね」
バラエティーの話になると饒舌になる風磨。
他の二人もバラエティー経験はあるけどMCの経験はない。
風磨は現在二つの番組でMCをやっている。
「俺としては先にデビューさせたいとは思っている。
その方がこの3人で仕事をやる意味が違ってくるからね」
それぞれ個々に応援してもらうより、3人でユニットを組んだ後の方が
応援はして貰いやすい。
事務所に着くと翔くんも来ていた。
俺達3人と隼人達3人で話し合いに入る。
最初に隼人が、
「俺の我儘で色々とご迷惑をおかけしてすみませんでした」と、頭を下げる。
他の二人も揃って頭を下げる。
そんな3人に翔くんが明るく声をかける。
「大丈夫だよ。新しいレコード会社も決まったから」
「え!?」
驚く3人よりも俺の方を見て、
「智くん、例の所に決まったよ。大橋さんが引き受けてくれた」
大橋さんと言うのは少し古い歌手なら誰でも知っている名物プロデューサー。
昔、俺もお世話になったし、翼もお世話になっている。
以前はレコード会社に所属していたけど現在は独立している。
隼人と風磨は知らないだろうけど、樹は名前だけは知っているという。
「大橋さんが担当してくれるなら大丈夫だよ」
俺も正直ホッとした。これで先に進める。
「明日、さっそく打ち合わせに入る事になっているから、明日だけは俺も同行する」
潤が3人に話す。
「大橋さんは慣れないと少し厳しい人に見えるだろうけど、根っからの音楽好きだから
信用して大丈夫。それから3人組だとは言ってあるけど名前までは教えていない。
大野が担当していると言ったら即OKしてくれたから」
「それじゃあ、直ぐに断られるよ」
隼人が心配そうに言うけど、それは大丈夫だよ。
偏見はない人だから…。