2025年1月30日 MEN'S CLUB
犬と猫、ウサギ、ニワトリ、さらには馬まで。ロンドンの隣ケント州のレイボーンにあるRSPCA(英国王立動物虐待防止協会)のアニマル・センターには合わせておよそ150の保護された動物たちが暮らしている。猫は屋内と屋外にスペースを持つゆったりとしたケージで暮らし、犬たちはしつけとトレーニング用の2つの大きなフィールドを持つ。豪華さとは無縁だが、動物たちがのびのびと暮らしながら、新たな暮らしの準備をするには十分すぎるほどの設備が整っている。

レイボーンのアニマル・センターで暮らす子猫たち。幼い頃はスペースを数匹でシェアすることも。室内から小さなドアを抜けて、庭に張り出したエリアに出ることができる。
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彼らがここにやってきた理由はさまざまだ。野良や劣悪な暮らし、前の飼い主の生活環境の変化など。いかなる理由であれ保護し、再スタートの基盤作りを手助けするのがアニマル・センターの役割だ。
現在RSPCAは英国全土の17カ所に同様の施設を持っている。保護された動物たちが専属の病院での健康チェックや避妊、予防接種、マイクロチップの設置を終えて、譲渡先に迎え入れてもらうための架け橋となっている。
動物の譲渡の希望者はサイトで候補のペットを見つけ、フォームで申し込みをして審査を受ける。その後はセンター訪問の予約を取って動物との対面となるが、譲渡が許可されるまでのチェックはとても厳しい。動物と暮らす住環境は整っているか、物理的、経済的に何十年にもわたっての世話ができるかなど。動物の快適な暮らしと共に、譲渡者と動物がぴたりとマッチすることもとても大切にしている。
レイボーンのアニマル・センターの運営は70%はボランティアたちによるものだ。RSPCAは慈善団体であり、公開している2023年の年間報告を見ると、全体の収入は1億4230万ポンド(約256億1400万円)。半分以上の8390万ポンドは遺産からの収入で、その次に多いのが寄付による4630万ポンド。それほどの寄付額を支える活動はさまざまだ。バザーなどのよく知られている方法以外にも、フルマラソンなどに参加し、そのチャレンジへの応援として周辺の人々に寄付をしてもらうのも英国では一般的。
RSPCAのサイトには、そのアイデアをまとめた情報ページも備えられている。2023年の支出を見ると動物の施設運営費の9870万ポンドに次いで、寄付を募るファンドレイジングには2670万ポンド、キャンペーンや印刷物に800万ポンドをかけているのがわかる。寄付やそのためのキャンペーンを重要視しているのだ。そして実際にそれだけの支援やボランティアを集めることが可能なのは、歴史と実績、信頼の大きさよるものだという。
動物たちを守るために。 200年間の地道な活動の軌跡
RSPCA設立のきっかけは1822年に遡る。人道的な行動によって時の王ジョージ4世から“ヒューマニティ ディック”と称された国会議員リチャード・マーティンによって、農場の牛や羊たちへの残酷な扱いを禁じる家畜虐待法、通称マーティン法が世界で初めての動物保護に特化した法律として英国議会で成立する。
©RSPCA
マーティン法を足がかりに、社会改革を目指す人々の間に動物保護への意識が徐々に芽生え、2年後の1824年、牧師アーサー・ブルームによって、家畜だけではなく全ての動物の虐待防止のための協会設立を目指した集会が開かれる。これによりRSPCAの母体である動物虐待防止協会(以下SPCA)が誕生する。
1825年にはSPCAが行ったキャンペーンによって動物虐待法が制定される。これはマーティン法の改正で、家畜だけではなく野生を含む全ての動物の餌付けを目的とした施設の設置や、闘犬や闘鶏を禁止したものだった。現在に至るまでの200年間に、1911年の全動物へのあらゆる虐待を禁じる動物保護法や、2021年の動物虐待者への刑期を上限6カ月から5年へと引き上げた法を筆頭に、RSPCAは大小含めて400の動物保護に関わる法の成立を後押ししてきた。
近年はさらに動物たちの生活改善のための飼育動物法案の実現を政府に求め続けている。また1994年には畜産動物や養殖魚を適切な飼育環境で行う啓発のため、RSPCAアショードを設立、畜産動物を健康かつ倫理的に扱うべくスタンダードを定め、広める活動も行う。2030年には全ての農家がそれを守り、工業的畜産の終焉を目指す。
英国における人々と動物の直接的な関係の歴史にもRSPCAは大きな役目を担っている。現在一般家庭の60%にはペットがいるとされており、その数は3800万に達するという。しかし19世紀まではペットを飼っていたのは経済的にゆとりがあるごく一部の貴族階級のみ。ほとんどの家庭の犬は番犬や猟犬であり、猫はねずみ対策もしくは毛皮用として飼育されていた。
SPCAの結成当初からの支援者であり、1840年にRSPCAとなるべくロイヤルの称号を授与したヴィクトリア女王は、特に猫に対するひどい扱いに耐えかねて、その残忍な行為の告発と動物保護の必要性を強く訴求。これをきっかけに国民の間に犬や猫への新しい視線が生まれ、ペットとしていくことへの関心が高まっていった。
同時にこれまでに多くの人々が持っていなかったペットへの愛情の啓発活動も重要な課題となっていく。1875年には反奴隷制活動家のキャサリン・スミシーズが「バンド オブ マーシー(慈愛の一団)」を創立し、子どもたちが動物を愛することを奨励。その活動は1879年にRSPCAが創刊した子ども向けの同名の冊子への出版につながり、今も「アニマル アクション」と名前を変えて刊行が続いている。
現在はさらに幅広い世代に動物たちの健康で幸せな暮らしのための知識を与えるだけではなく、違法なパピーファームや“デザイナードッグ”(特定の特徴や外見、性格を得るために、異なる純血種の犬同士を交配させて作る混血犬)などのブリーダーからの迎え入れへの警告と禁止、飼い猫、飼い犬の避妊やマイクロチップの必要性を訴え続けている。
災害時の動物救済にも積極的だ。第一次世界大戦時に13のアニマルホスピタルを設立し、軍に従事し負傷した馬の看護に充てていた。また第二次世界大戦時は戦地で空襲などで負傷した25万6000匹の動物を保護し、戦地に医薬品を送っている。1953年の東部水害ではレスキューボートでペットの犬猫から家畜の牛や馬、さらには野生動物まで1万以上を救出した実績を持つ。
ここ数年はインフレを受けて生活困難な状況下の飼い主とペットのためにペット・フード・バンクを設立。国内150カ所のフード・バンクと35のRSPCAのセンターでペットの餌や必要品を配布し、2023年だけで100万人のペットオーナーを支援している。
RSPCAのヘルプライン、アニマル・レスキュー・ラインは年間で、なんと100万回の電話連絡があるという。6秒に1回という脅威的な数字だ。動物たちの困難がまだまだ続いているのだが、RSPCAの200年にわたる活動が英国の人々の動物への意識を大きく変えた、かけがえのないものということは疑う余地はないだろう。
2024年はRSPCAが設立して200年目となる記念の年。200年前にそのきっかけとなった動物虐待防止の集会が開かれた6月15日には、全国の関連施設でさまざまなイベントが行われた。今後は動物を知るための情報ネットワークのさらなる充実に向け、ニュースレター登録者100万人達成を目指している。