2024年7月11日 DIAMOND online
“繁殖犬”をご存じだろうか。ペットショップに並ぶ可愛い子犬たちの母親の中には、劣悪な環境で、子犬を産むだけの道具として扱われている繁殖犬がいる。そんな状況を改善して、悪徳ブリーダーを排除するための法律改正で、新たに“引退繁殖犬”に関する問題が生まれている。連載『ウェルビーイングの新潮流』第8回では、今の日本にもっと必要な「アニマルウェルフェア(動物福祉)」について考える。
写真はイメージです Photo:PIXTA((c)diamond)
● 悪徳ブリーダーを排除するため 繁殖犬の生涯出産回数は6回に
2021年6月1日に施行された改正動物愛護管理法(以降、動物愛護法)が、今年6月に3年間の経過措置を経て完全施行されました。
動物愛護法とは、動物の健康、安全の保持のために適切な取り扱い方法を定めた法律です。20年7月に示された改正案では、ブリーダーやペットショップが飼養できる頭数、1頭が繁殖回数や交配できる年齢の上限、飼養用のケージの大きさの下限が変更されました。
今回の法律改正の主な目的は、一部業者の劣悪な飼育状況を改善し、悪質なブリーダーを排除することです。狭いケージに犬を閉じ込めて十分な世話をせず、劣悪な環境で繁殖を行う事業者が相次いで摘発されてきました。声帯を切ったり、麻酔なしで帝王切開して子犬を取り出すなどの卑劣な行為も報告されています。
しかし、21年の施行に当たり、ペット業界から「多くのペットが行き場を失う」「犬猫の殺処分が増える」「業者が廃業に追い込まれる」などの反対の声が広がったため、飼育頭数の上限の改正は約3年間延期され、24年6月から完全施行されることとなりました。
結果、経過措置として、スタッフ一人当たりの繁殖犬の数は、22年6月からは25頭まで、23年6月からは20頭まで、24年6月からは15頭までと、段階的に制限していきました。
今回の改正では、犬の生涯出産回数は6回まで、交配できる年齢は原則6歳までと定められています。動物愛護の世論の高まりから決められた繁殖制限ですが、実はこれが今問題となっている相次ぐ犬の遺棄の原因の一つになっているといわれています。
ブリーダーは、法改正以前であれば繁殖犬として飼養していた犬を、数値規制によって引退させなければならなくなり、その結果「繁殖引退犬」がどんどん増えている状況なのです。
現在、この繁殖引退犬は10万頭以上いるともいわれています。
● 小型犬3匹をビニール袋で窒息死 81歳の元ブリーダーの身勝手な言い分
繁殖の期間を終えた犬にも、エサ代や光熱費がかかります。これまでは役目を終えた繁殖犬の面倒を最後まで見てきたブリーダーでも、飼育できる頭数に制限ができたことによって経営が悪化し、手放さざるを得なくなるというケースが増えています。
手放された繁殖引退犬の受け皿は、動物愛護団体やシェルター頼みなのが現状です。
この法律が施行された21年には13万頭以上の繁殖引退の犬や猫が出ると試算されていたのですから、この猶予期間にペット業界も行政もそれに対するセーフティーネットとなる対策を十分に検討する必要があったのではないでしょうか。
実際にブリーダーから手放され、行き場を失った繁殖引退犬が、山に捨てられたとみられるケースが全国各地で報告されています。
もっと痛ましい事例としては、今年6月に埼玉県でポメラニアンやトイプードルなど小型犬3匹を生きたままビニール袋に入れて窒息させ、殺したとして、埼玉県の81歳の元ブリーダーの男が逮捕されたという事件も報道されています。理由は「(犬たちが)生きていると経費がかかる。責任を取るつもりだった」という、なんとも身勝手な言い分です。
今回の一連の法改正に関わる全ての当事者に求められるのが、「アニマルウェルフェア(動物福祉)」という考え方です。動物が肉体的・精神的に十分に健康で環境に調和していること、というペットのウェルビーイングを重視するこの考え方は、海外ではすでに当たり前のこととなっています。
例えば、ドイツでは飼育環境に厳しい基準を設けることで、ペットショップでの犬の販売が抑制されています。また、フランスでは24年から、保護されたものを除く犬・猫 のペットショップでの販売が禁止されました。
前述した繁殖引退犬についても、その後の幸せな生活まで考えていかなければなりません。譲渡会などで新しい飼い主が見つかったとしても、重要なのはその後の飼い主との長きにわたる共同生活です。
● ケージで飼育されてきた繁殖犬が 人間と新たな生活に馴染むために
小型犬なら6歳で引退したとして、引き取られた後平均すると7~8年は生きることになります。多くの繁殖犬はずっとケージの中で飼育され、首輪を着けて散歩をしたこともありません。部屋でのトイレを訓練をする必要もあります。環境ががらっと変わり、新たな生活になじむ必要があるのです。
こういったことを踏まえると、人間とのコミュニケーションに慣れていないペットたちのウェルビーイングを改めて考えてみることが重要です。これは何も繁殖引退犬やシェルターから来たペットだけの話ではありません。
前回のコラムで述べたように、そもそも子犬のときから一緒に暮らしていても、ペットと人間とは別の生き物です。違う動物同士が一緒に生活しているということを理解してあげる必要があるのです。しかし、言葉を話さない犬や猫の気持ちを知るのは簡単ではありません。
「動物の言葉を理解できたらどんなにいいだろう」と多くの飼い主たちは思っているはずです。
ペット用品を販売する大王製紙が20~70代の全国のペット(犬・猫)オーナー600名を対象に今年2月に実施した「ペットとの向き合い方・共生に関する意識調査」によると、ペットの気持ちや想いについて、全体の約9割は「今よりも知りたい、分かってあげたい」と思っていることが明らかになりました。
その中でも、ペットの気持ちや想いを知るために行った方がいいと思う項目は、「表情や行動(鳴き声・ボディランゲージなど)をよく観察し、メッセージを読み取る」(63.2%)、「動物の行動や習性が示す意味を理解する」(60.0%)が続きました。動物行動学に基づいたペットの理解が必要だと、多くのオーナーが感じている様子がうかがえます。
● 「ペットの気持ちを知りたい」 願いを実現するデバイスが開発
一方で、ペットの気持ちや想いを知るために行った方がいいと思うことを、オーナー自身がどの程度実践できているか尋ねたところ、「表情や行動(鳴き声・ボディランゲージなど)をよく観察し、メッセージを読み取る」、「動物の行動や習性が示す意味を理解する」については、4割以上のオーナーが「実践できているとは言い切れない」と回答していて、いかに行動に移すことが難しいかが浮き彫りになりました。
そんな飼い主たちの想いを実現するために、さまざまなITテクノロジーの開発が世界中で進んでいます。
日本のスタートアップであるラングレスが開発した「イヌパシー」は、犬の心拍の情報からペットの感情を5つのパターンで教えてくれる、世界初のハーネス型デバイスです。装着すると、背中部分の色と光り方で犬の発する「リラックス」「ドキドキ」「ハッピー」「興味」「ストレス」 の5パターンのメッセージが見てとれます。
ラングレスは、噛むおやつのブランド「DINGO」を販売するペットフードメーカーのスペクトラム ブランズ ジャパンと共同で、今年5月に飼い主と愛犬のペアを対象に実施した、「噛む行動に関する調査結果」を発表しました。具体的には、牛皮ガムを愛犬とその飼い主に提供して、その際の心拍反応を「イヌパシー」で読み取ることで、ストレス度や幸福度を測定するというものです。
調査結果によると、一般的にしつけの対象とされがちな噛む行為は、実際にはイヌの本能的な欲求を満たすものであり、適切な噛むおやつを提供することで幸福度が大幅に向上することが分かりました。
また、噛むおやつに対する集中度は非常に高く、これがイヌの精神的な充足感に寄与していることが明らかになりました。ストレスを回避するには、ストレスの対象となるものに意識を向けず、何かに集中していることも大切です。
さらに、信頼する飼い主さんと慣れ親しんだ「おもちゃ」で遊んでいる状態でのストレスの値が低いという結果もあり、飼い主との遊びが愛犬のストレス軽減に効果的であることが示されました。
ペットの心を理解することが当たり前になれば、ペットとの共生がより豊かで意味のあるものになる新しい「ウェルビーイングな世界」を創り出します。動物と人間が共にストレスなく暮らす幸せな社会を実現するためには、「アニマルウェルフェア」という考えが日本でも広がることが欠かせないと、私は考えています。
(インテグレート代表取締役CEO 藤田康人)